第5話 はい。わたしは樋口一葉です

ただし、である。その人物とは断じて今に存在する人物ではない。しかし矢も楯もたまらず今度は私の方から珍妙なる質問を投げかけてみた。

「あの、変なことを聞くようですが…今は何年ですか?その、別に…ちょっと確かめたくて」という問い掛けに「ほほほ、私の気が触れていると…。よござんす。さよう、開化の暦で云えば一八九四年、元号で云えば慶応に続く明示二十七年の二月かと存じますが、違っておりましょうか。ほほほ」と淀みなく答えてみせる。こいつはおどろいた!今は二〇〇五年で、明治から数えて四帝目の平成の御世だ。一体何事が起きたのだろうか。最近では珍しくもないタイムワープ物の、SF映画のごとき事態が出来しているのだろうか。まったくにわかには信じられなかったが、しかし私はあえてこの奇跡の中に没入すべく、急ぎ自らをしつらえたのである。すなわち耐え難い車上生活の果てにとうとう私の頭が狂ってしまったのか、あるいは仮にこれが事実として、では何故、私ごとき悉皆取るに足らぬ者の前にかくもの著名人が現れたのか、などという疑問や付いて離れぬインフェリオリティの呪縛などすべて払い除けて、とにかく私は彼の人との共有を選んだのだ。「そうですかあ…い、いや、そうです、そうです。確かに今は明治二十七年の二月です」とうなずいてみせ、次にいよいよ彼女の名前を呼んでこの奇跡を確かめ…いや、共有しようとこころみる。「それで失礼ですが、あなたはその…樋口一葉さん…ではありませんか?文芸誌‘都の花’に若松賤子さんや、えーっと、その…」記憶を手繰る私に彼女は「小金井喜美子さん、ほほほ」と助け船を出してくれ、なおかつ自らの一葉なりを認めたのである!

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