第4話 わたしは神隠しに遭っているのでしょうか?

「はい、今は夜の八時過ぎで、ここは大森駅から遠からぬ公園の中です。逆に…その法真時とは何処の寺ですか?抑々あなたは何処にお住まいですか?」などと、うら若き女性に臆面もなく私は訊き返していた。女っ気ゼロの灰色の人生の中で奇跡のような一時だったが、それが本当に奇跡と知れるのに幾許もかからなかった。女はこう答えたのだ。

「えっ!?大森駅!?…大森駅って…あ、いや、その…わ、わたしは、下谷の龍泉寺町に住む者で、法真寺とは本郷帝大前の、浄土真宗のお寺で…あの、桜の木の下に観音様の座します寺です。先程までその脇の庭石に腰掛けて、物思いにふけっておりましたのに…ふと気が付くと夜になっていて、あなたが目の前に立っていたのです。これはいったい…私は天狗の神隠しにでも会っているのでしょうか。あなたが天狗とも見えませぬが。ほほほ」上品な笑いで誤魔化してはいるが女の不安な様が手に取るように判る。女の云うことがもし本当なら無理もあるまい。憐憫とも同情ともつかぬ思いで改めて女を見た時、一瞬‘何か’が心の中で弾けたような気がした。情動とも何とも云えぬものが胸の辺りから伝わって来て、それが私の記憶の中から今に的確なものを伝えて来たのだった。下谷?龍泉寺町?…閃くものがあった。私は女の顔を確かめるべく身を近づけた。その行為を 誤解して女が怯むのに「いや、お顔を確かめようと思いまして…もしや知り合いかと」と言いわけしつつかまわずにその顔にまじまじと眺め入った。果せるかなある著名人にそっくりで、そして私は以前からその人物に痛く心酔していたのだった。

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