第15話 【怪談】ファスナー

「よくいるタイプといえばそうなんですけど―――」

そう前置きをしてから話してくれた。



私の友人に霊能力を活かしながら、

整体業を営んでいる四十代の青田さんという方がいる。



彼女は物心つく前から

不思議な体験から洒落にならない恐怖体験まで経験していたようで、

その数には枚挙にいとまがない。



本人としてはその手の煩わしいことが苦手なので、

普段は霊感スイッチを切っているようだが、

整体の仕事の時にはスイッチを入れるようにしている。



それは主に気功を用いる整体の仕事なので、

お客さんの気の流れを見るのに必要なのだという。



そのため、

普段は体験しないような霊体験を

結構な頻度で遇うというので、

私にその時の話を聞かせてくれた。



青田さんの整体に来るお客さんは、

ほぼ紹介客だ。



というか

青田さんのサロンはドがつくほどの田舎のせいもあってか、

突然の新規客というのは見込めないのだが、

ありがたいことに紹介で生活できているとのことだった。



お店の集客は全部ツテで回している青田さんだったが、

ある日突然、「ホームページを見たので、近くまで来たのでこれから行きたい」という電話があったという。



その日はそろそろ営業終了の片付けをしようと思っていたが、

わざわざ検索して来てくれる人なんて珍しいので会ってみようと思い、

施術を快諾した。



お茶を飲みながらそのお客さんの来店を待っていると、

すぐに呼び鈴がなり、扉が開く。



「中島です。急にすみませんでした」

そう言って青田さんと同年代くらいの女性が入って来る。

小綺麗にしている、物腰の柔らかい腰の低い女性といった感じだ。

どうやら気功を活かした整体を気に入ってもらえて来店されたようだった。



青田さんも腰が低いタイプなので、

謙虚な中島さんとすぐに打ち解けられそうだと安心した。



早速、施術台の上に乗ってもらい施術を開始する。

「背中が凝っていて」というので背中を上から見る。



青田さんが霊視スイッチを入れる。

すると見たこともないものが中島さんについていた。

首の後ろにファスナーらしき突起物がついていたのだ。

ファスナーの周りは薄汚れた膜に包まれていた。



青田さんには体の調子を邪魔する邪気が、

膜のようになって見えるのだが、

ファスナーが見えるのは初めてだった。



青田さんは「凝りの正体だな」と思った。

ジリジリジリジリ。

中島さんの足まで繋がるファスナーを引いていく。



首の後ろから始まるファスナーを足の元へと下げ、

汚れた膜を中島さんから玉ねぎの皮のように剥いでいく。



「なんか温かくなってきましたけど、何してるんですか?」

「中島さん、ファスナーがあるので下げて剥いでるんですよー」

有無を言わさず施術していくのが青田さんのスタイルだ。

ファスナーを下げるときっと透明な膜が出て来るはず、そう見当をつけて作業を続ける青田さん。




しかし、ジリジリと薄汚れた膜を全部剥がし終えると

中島さんは真っ黒な膜で覆われていたという。



おかしい。

膜を剥いで黒くなるはずがない。

最初の膜もこんなに真っ黒なはずではなかったというのに。




「今日はどうしてうちの店へ来られたんですか?」

青田さんは中島さんにお店に来る方には必ず聞く質問をした。



その時、中島さんから舌打ちが聞こえた。

「どうかなさいましたか?」と青田さんが尋ねてみると、

「いえ、別に」と言ってから中島さんが笑い出した。



「あはははははは!」



小さな不敵な笑いが大きな笑いへと

変化していくまで時間はかからなかった。



中島さんが笑うのに伴い、中島さんの体がどんどん弛緩していく。

そして黒の膜がどんどんと濃くなっていく。



普通は施術するほど、

透明の膜に近付いていくというのに。



中島さんは笑いながら、

身の回りのこと、会社のこと、全てを罵倒していった。

施術をしている青田さんのことでさえ。



それでも青田さんは中島さんの黒い膜を

どんどんと剥いでいった。



施術をすると悪いものが出ることはある。

そんな時は悪いものを出し切ってしまうに限る。



しかし、黒い膜は薄くなるばかりか、

青田さんをあざ笑うかのように黒さの濃度を上げていく。



本当にこのまま膜を剥いでいっていいのだろうか。

正直、人の膜をこんなにも剥いだことはない。



そればかりか、

中島さんの罵詈雑言は悪化の一途を辿っていく。



中島さんの真っ黒な膜で包まれた背中を見る。

じんわりと黒い粘液をまとった背中がそこにあり、

青田さんの施術する手さえも黒くなっていく。



青田さんは中島さんの怒りに釣られそうになる。

怒鳴りたくなる衝動に苛まれながら、

中島さんの施術を続けた。



しかしというもの、

背中をマッサージしても、

足をマッサージしても黒い膜からは

黒いべっとりとした粘液が出て来るようになり、

中島さんはずっと笑いながら、

世間への文句や青田さんの施術の仕方などの文句を垂れ続けた。



施術台の周りもファスナーを剥いでとった

黒い膜の淀みだらけになってしまった。



そして、中島さんの体を覆う膜が黒から変わることはなかった。

青田さんはぐったりとなりその日の施術時間を終えた。

中島さんは満足気に帰っていったという。



「それからファスナーを見ても引くのが恐くなってしまったんです。黒い膜が次から次に出て来てしまうのではないかと思って……人を良くするための施術が悪くしてしまうなんていけないことですよね」

私は青田さんには非はないと言ったが、青田さんは責任を感じて気功の施術をやめようかと悩んでいるそうだ。

青田さんの手は施術後の後遺症で未だに黒ずんでいる。

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短い怪談。 POCO @day_by_life

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