第10話 【怪談】轢死死体

私にはMさんという友人がいる。

これはMさんがその母Kさんから聞いたという体験談。




太平洋戦争が終わったばかりで、

復興を目指しつつも、

国民の生活は不安定な時代。



そんなある年の冬。



その日、中学生だったKさんは、

早朝当番のため、

朝早くに学校へ行く必要があった。



冬の早朝はまだ暗く、

今のような明るい街灯もない。

道端で危険な人に出会うかもしれない。

女の子が1人で歩くのは危険だった。




「危ないから一人で行っちゃだめよ」

Kさんは両親からもそう言いつけられていた。




早朝当番のときは、

近所に住む友達のIさんと待ち合わせて、

一緒に登校するのがいつもの決まりだ。




この日もKさんは早朝の暗がりの中、

Iさんと共に2人で学校へと向かう。




まだ暗い夜道のような道を歩いて、

踏切に差し掛かったときだった。




鉄道の線路の上に、

何か柔らかそうで大きな”ごろん”としたものが

置かれているのが見えた。




暗くてそれが何なのかは、わからない。




そして、その何かに向かって、

電車が猛スピードで近づいてくる。




大丈夫なのかな……?

そう頭によぎった瞬間、



―――ドン!!



電車が線路の上でその”何か”と衝突し、

同時にそれがヒュンと弾け飛んだように見えた。



「何だ?」




ドサ!ゴロ…





Kさんの足元にまで飛んできた。





KさんとIさんは同時に、

電車が線路から走り去った後、

無意識でその”何か”を目で追った。




―――中年男性の頭だった。




「え!?」




Kさんは、周囲を見渡すと、

腕や脚、胴体のようなものが

あちらこちらへ転がっているのが目に入った。



周りには血しぶきや黄色い汁や内臓や脳みその一部が

どろどろととカラスに荒らされた後のごみが

飛び散るように散乱していた。




Kさんは、

激しい吐き気と立ち眩みに襲われた。




電車の線路の上にあった”何か”は、

倒れた人間だったのだ。




なぜそこに倒れていたのか?

倒れていたのではなく転んでいたのか?

まだ生きていたのか?

すでに亡くなっていたのか?

それはわからない。




確かなことはKさんの足元で、

頭が割れ脳みその一部がごろりと出ている

中年男性の頭が転がり、

そして舌がだらりと垂れ、

見開いた目がこちらを見ていることだった。




「またか。人がバラバラになってるぞ!」




周囲に人だかりができていた。




戦後の日本では、

電車による事故が日常茶飯事で、

事故後、切断された四肢や頭は

しばらく放置されていることも当たり前だった。




朝の通勤中にこうした事故を目撃するのは

珍しいことではなかったらしい。




周囲にいた大人たちは、

血だまりや血しぶき、内臓の広がる線路の上を




軽く手を合わせて合掌のポーズをとってから

踏切を渡っていて、




何事もなかったかのように

すぐにいつもの日常に戻っていた。




「怖かった……」

KさんとIさんがその場でへたり込む。




二人とも

鉄道事故の話は聞いたことがあった。




しかし、

そのような光景を目の当たりにすることは

初めての出来事で、

二人ともしばらくショックで動けなかった。




何とか近くにいた大人に支えられながら、

その場から離れ、二人は学校へと向かった。




その日の夜だった。

Kさんは夜更けに目を覚ました。




「今、何時だろう?」




布団の中で、

もぞもぞとKさんが顔だけ動かす。




部屋の木造の柱に掛けられている時計を確認する。




まだ暗いので、時間がわからない。




よくよく目をこらしてじっと見つめると、

徐々に視界が開けてきた。




木造の柱の時計を見ていると、

じんわりと見えてくる。




じんわりと見えてきたのは、

部屋の柱に掛かっている時計の時計盤ではなく、

中年男性の顔であった。



だらりと舌がぶらぶらと垂れさがりながら、

欠けた頭からぼと…ぼと…と脳みそが畳の上に落ちて来る。




今朝の電車事故で目撃した、

足元に転がっていた男の顔だった。




「ギャッ!」



咄嗟に男から目を逸らし、

また恐る恐る見てみる。




と、今度は枕のすぐ隣に男の顔が転がっていた。




Kさんの耳元で、

「痛い……痛い……」

男がそう言いだすと、

Kさんは体中が千切れるような感覚に襲われた。




「痛い痛い痛い痛い痛い!!」




必死に体を動かそうとするも、

手も足も動かない。




「ごめんなさいごめんなさい。何にも出来ないでごめんなさい。私がもっと早く気付いていたら、体がばらばらになることはなかったよね。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」




Kさんは自分が何も出来なかったことを

男に恨まれてるのだと思い、

精一杯男の顔に対して謝罪した。




「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」




男にKさんの謝罪が届くかわからない。




しかし、

自分が気付いていたらどうにか出来ていたのではないかという

気持ちでどうにかなりそうであったし、

体が千切れそうで気絶しそうだったため、




せめて意識だけでも確かに保っていないと

「この男に殺されるのでは?」とKさんは頭によぎり

その日は眠りにつけなかった。




朝になり、Kさんは飛び起きる。

部屋の柱の時計と布団の上を確認する。

異常はない。

いつもの綺麗な部屋だった。




Kさんは急いで、

家族に昨夜の件を言いに行ったが、

父も母も忙しく「寝ぼけてたんだろ」と

話をまともに聞いてくれない。




Kさんは自分一人ではどうしようもなく、

この事実を一人で受け入れれるしかなかった。




「本当にいたはずなのに……」




だからKさんは自分一人でどうにかしようとして、

男がばらばらになっていた事故現場へ行き、

空き地で花を取って来た花を供えることにした。




中学生の子どものKさんが、

一人で出来る精一杯のことだった。




しかし、Kさんの思い虚しく

頻繁に男の顔は現れるようになった。




友人とボール遊びをしていて、

どろりとした手の感覚に気付いて

ふとボールを見た一瞬に、

ボールが血だらけのあの顔になっている。




便所で用をたしているとき、

灯りがチカチカと切れそうで、

電球を確認しようと見上げると、

電球のところに、あの顔がある。



料理をしているとき、

煮込んでいたお鍋の中を確認しようと

蓋を開けた時、

お鍋の中に、あの顔がある。




男性の顔が現れるたびに、

体が千切れて気絶しそうな感覚に陥る。




その度にKさんは、

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」




と目を閉じて落ち着くまで

念仏のように唱えたという。




しばらく男の顔は、

何も言うこともなくただKさんの前に

現れ続けたという。




私の友人Mさんは、

母親であるKさんからその話を聞いた時、




「それで顔はどうなったの?」

と聞いたことがあるそうだが、




男の顔が出てくる現象は続いているらしかった。




そしてKさんと一緒に目撃したIさんも、

事故を目撃したあの日以降、

Kさんと同じ現象に悩まされている。



Kさんが成人し結婚し、

娘のMさんや孫をもうけたあとも。

それはもう何十年にもなる期間だ。




二人は高齢となった今も、

男の顔に耐え続けている。



(おわり)

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