25. わるだくみ
「この町はね、実験に選ばれたんやと私は思っとる」
「それは、怪異対策局という組織にですか?」
「そう」と足立が頷く。さらに美陽の顔が曇っていく。
「
「お姉さんも、鬼だったんですか?」
「非道やんね。鬼にされて、この地に置かれた。その上で鬼を増やそうとした。
何のためにと思うと同時に、「鬼にさせられた」という言葉に衝撃を受けた。
「人は昔から神という存在により人の信仰を集め、人を統一してきた。それに対抗する大きな力、鬼の力を手に入れたいと馬鹿な考えをしとるもんが怪異対策局のトップに君臨しとる」
「そんなことって。非現実的じゃないですか」
「普通ならば、そう考えるでしょう」
足立がため息を付きながら首を振る。
「あの、それで
足立の悲しみを帯びた目から、良い結末は選択肢から除かれた。
「その時寄こされたオニモチでは抑えられんくてね。怪異対策局に引き取られたまま、どうなったか私には」
「だから普通じゃないんよ」と足立が吐き捨てた。
それはあまりにも倫理に叛いた行為ではないか。そんな事が許されるのか。法律には反しないのか。そもそも鬼に関する法律なんて存在していない。
「そういうのって、許されるんですか?」
「許されとる。許されとるから問題なんよ。ご両親を事故でなくされた香住さん兄弟が引き取られた先が悪かった。そしてそこに現れてしまった累君という逸材。ずっと香住さんを抑えていたのも累君。あれほど普通に生活できるまでに抑えられるなんて、累君の他聞いたことがない」
唖然とするしか出来ない。美陽がクダショウの儀を行ってしまったことは確かに偶然だった。しかしこれほどまでの陰謀があったとは、にわかには信じがたい。
「それで、そんな話どうして俺なんかに。隠さなければいけない話では?」
「そうなんよ。うちもそう思ってたし、うちは祠を守る事以外に口出しするべきではない。でもね、あんたと陽平君が初めてこの家に来たとき、どうしても出来んかった。あんたらの日常を奪ったらあかんって、天啓があった気がしたんよ。ほんまはあんたも香住さんも、累君も救いたい」
「救いたい? 俺を?」
足立が机の上で組んでいた手をもじもじと動かす。言っていいのか悪いのか、迷っているようだった。
「あんたは陽平君に依存してるんとちゃう? あんたがあの子を見る目はまるで心酔しとるようや。太陽を神と崇め、その力を尊ぶような。でもそれは鬼の影響かもしれんと私は思っとる。陽平君は鬼を惹く何かを持ってるんとちゃうかって」
「俺とヨウの関係は変ですか?」
冷たい声が足立を遮る。
「俺を救うというのは、その変な関係から解き放とうとか、そういう意味ですか?」
足立の組んでいた手にぐっと力が入る。刃のように変わってしまった美陽の言葉に、言ってしまった事を後悔する。
「鬼っていうのは、一般的には具現化して伝えられとるけど、そうやない。実際は大地や自然に人の暗いもんが落とされ染み込んでいって、それが人に返ってくる。それが鬼ちゅうもんや。やったことや放った言葉は自分に返ってくるって言うけど、念っちゅうのは一番その力が強い。そして、それぞれの地には大なり小なり鬼が産まれる力をはらんどる。そこらの地には電波や地場がぐるぐる渦巻いとって、住む人の体に巻き付いとる。鬼は狙いを定めた人物をさらに分厚く巻き上げ土地に縛り付ける。それは逃すまいとする念の拘束や」
美陽が以前、県外へ出ずここに残りたい意思を陽平から咎められた事を思い出す。そして昔も今も、陽平の存在を欲している事は自分自身が一番自覚している。しかし――。
「心配して頂いてるのだと思いますけど、違いますから。鬼のせいだとか、違います」
「……そう」と、ただそれだけしか返す言葉が出てこなかった。「余計なお世話やったね」と苦々しく笑うと、美陽も言いすぎたと頭を下げた。
しかし足立が蘆屋や墨馬の事を心配しているというのも本当なのだろう。もし墨馬が国によって鬼にされてしまった存在なら、蘆屋が国に利用されている存在なら、そんなのは美陽でも目をつむりたい運命だった。
「あと、もう一つ」
「なんや」と優しく足立が問う。
「7年前、祠に猫を置いた少年が遭遇したのは貴方ですか?」
「……違うな。私は早朝にあれを見つけて、処分した」
「そうですか」とぶるっと美陽が体を震わせた。
蘆屋から墨馬の正体を打ち明けられる。状況が呑み込めないまま、ブランコに項垂れ考えをまとめようと頭をぐるぐるさせる。蘆屋はキーコキーコとブランコを揺らしながら、どこか遠くを眺めている。その視線の先にはあるのは積祈神社だった。ここから建物は見えていない。しかし確かにその方向をぼうっと眺めていた。
「じゃ、陽平くん。またなんかあったら相談してや」
ぱっと立ち上がった蘆屋を見上げる。蘆屋の背後から差した光のせいで表情が分からなかった。どうしてこのことを陽平に伝えたのだろう。墨馬を信じさせたくないのだろうか。いや、何となく蘆屋の気持ちが分かる気がした。
これ以上香住に近づくな。頼るな。俺の香住に気安く触るな。
蘆屋の気持ちを想像するのは容易だった。
「分かった。蘆屋にも相談する」
そう言ったのは嘘ではなかった。自分がのけ者にされる苦しさを、陽平も知っていた。
蘆屋の住む杉田地区へは小学校の正門が帰り道となる。正門へと手を振り歩いていく蘆屋を見送ると、陽平は反対方向へと歩き出した。北門を出ると積祈神社の鳥居が現れる。蘆屋は会えないと言っていたが、やっぱり気になっていた。境内の階段をのぼっていく。すぐに会えなくても、待てる時間まで待とう。階段の一番上に腰掛ける。
「蘆屋にバレたらめっちゃ怒られそう」
すまん蘆屋と心の中で謝り、墨馬が姿を現すのを待つ。こちらからはアプローチをせず、会えないのであれば諦めようと考えていた。それがせめてもの蘆屋の気持ちへのけじめだ。
しかし思いもよらず墨馬の方から陽平の前に姿を現した。期待していなかっただけに驚いたのは陽平の方だった。
「墨馬さん!」
「あれ、陽平君。今日は一人?」
墨馬があたりをキョロキョロと見回す。美陽を探しているのだろう。
「はい、今日は一人で。ちょっと、いろいろ話したくて」
迷うことなく墨馬が社務所へと陽平を誘う。これが好機だと思っているのは陽平だけではないようだった。
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