22. 関係性
「世の中にはね、希少となったからこそ喉から手が出るほど手に入れたいと思う輩がいるってこと」
そこまで話すと
社務所の前で足立と別れた美陽と陽平は青葉台ではなく商店街の方へ向かう。小難しい話に疲れたと、陽平がアイスクリームを所望した。境内を歩いていると、鳥居の向こう側から誰かが歩いて来る。その背丈、顔、歩き方、そして二人を見てにこりと綻んだ顔を知っている。陽平が美陽の手を握った。
丁度鳥居をくぐる辺りで歩いて来た人物とすれ違う。陽平が美陽をぐいっと引っ張って速足に通り過ぎようとした。
「え、スルー!? 嘘やろ」
相変わらず
「お前に用ないから」
冷たく言い放たれた陽平の言葉に目を丸くする。まるでそんな対応をされるとは思ってもみなかったと言わんばかりだった。
「いきなりどしたん。なあ、美陽くん?」
気まずそうに顔をそむけた美陽がそのまま歩き出す。
「なんや二人ともご機嫌ナナメやん。まあ、しゃあないか」
どうやら事前に墨馬から話が伝わっているらしかった。振り返ることなく去っていく二人を呼び止める素振りはない。
「あーあ、思ったよりバレるん早かったな」
残念と蘆屋が向かったのは拝殿に繋がる階段。そこを登りきったところに建っている社務所だった。
「いきなり呼び出してくれるなんて、どうしたん」
慣れた様子で蘆屋がリビングの椅子に座る。テーブルを挟んで座った墨馬が冷たいお茶を差し出した。両肘で頬杖を突いた蘆屋が嬉しそうに目の前の墨馬を見つめる。
「ねえ、ここの前で美陽くんと陽平くんに会ったんやけど、何話してたん?」
「二人に嘘を教えてたでしょ」
「何の事?」
しらばっくれる蘆屋に怒ったような墨馬の顔。そんな墨馬にますます上機嫌になる。まるで気を引いて怒らせて、それを構ってくれたと喜ぶ子供のよう。そんな蘆屋にしかめっ面で叱るように墨馬が問う。
「鬼を産むようにしむけたのは、誰に言われて?」
「だって、俺はオニモチの家のもんやで? なんでそんな責める言い方するん」
「本当に美陽君を鬼にして、累はそれでいいの?」
「いいも何も、鬼を産むのも殺すのも、指示されてやるのがオニモチやろ? これって悪いことなん? 俺には出来るから、俺しか出来んから。相手が誰だって、やるのが当たり前やろ!?」
「じゃあ、なんでそんなに悲しい顔してるの。そんなに傷ついた顔をするのなら、友達を売るなんて事はやめなさい」
傷ついた顔? そんな顔を誰がしているのだろうか。蘆屋は自分がどんな表情をしているのか気付いていなかった。美陽や陽平に拒否され、突き放されたことがどれだけ心を突き刺しているのかも分かっていなかった。
幼いころから大人に囲まれて育った。「神童だ」などともてはやされ、のぼせ上がった子どもは驕慢を覚える。子供のせいではない。周りの大人がそうさせた。そうであればあるほど、扱いやすいと考えた。
「だって、やらないと、おとんとおかんの立場が」
「そんなこと、子どもが考えることじゃない」
子ども扱いをされることに蘆屋が苛立つ。
「ご両親、帰ってないんでしょ?」
ぴくりと蘆屋の耳が動いた。
「文化・自然省 自然現象研究庁。それは表立っては気象や天体、自然に暮らす生物の調査を行う機関。でもその中には隠された組織が存在する」
蘆屋が睨み上げるような目を墨馬に向ける。
「怪異対策局。累のご両親が所属している政府機関」
「それが何」
「美陽君を鬼の調査対象として累に経過報告させてたのは両親だね?」
チっと小さな舌打ちが聞こえた。
「だから、それが何。仕事なんやからしょうがないやろ、仕事なんやから」
今度悲しそうな顔をしたのは墨馬だった。そんな墨馬をうっとおしそうにする。腰を浮かせ墨馬に迫る。ずずっと近づいた蘆屋の顔からは先ほどまでの幼さが消え、支配欲に飢えた相形が覆っていた。
「
「僕は累のためを思って、手を引いてほしいんだよ」
「じゃあ、なんで? 二人には教えてないやろ。鬼化を食い止める方法。それを俺ならできるって」
テーブルに置いていた墨馬の手首を蘆屋が握る。ぎゅっと力を込められると墨馬が苦しそうに眉間にしわを寄せた。
蘆屋がここに来る前、陽平たちとすれ違ったときに察していた。自分の話も聞かず立ち去ろうとする二人は、まだ聞かされていない。鬼化を止める事が蘆屋なら出来ると知っていれば、完全に突き放すことはしない。いや、出来ない。
手首を握っていた力を弱める。次は優しく墨馬の手に自分の手を添える。
「香住は俺の味方やろ?」
「な?」と問いかけた蘆屋は生ぬるく恍惚とし、墨馬は顔をそむけるしか出来ない。
「なあ、次はいつヤる? 辛いとか、しんどいとかない?」
すっかり子供の顔に戻った蘆屋の手を振り切ると椅子から立ち上がる。
「別に。いつも通りで大丈夫だから」
「そお?」と残念そうにするとテーブルに寝そべる。気まずそうに振り向いた墨馬に笑いかける。その顔だけを見れば、純粋で、純朴で、ただ慕う人に向けたそれそのものだった。
神社からの帰り道、陽平が公園に寄りたいと言い出したので美陽も大人しく付き合うことにした。夏休みももう終わる。いつもなら宿題がとか、始業が億劫だとか、嫌な事を忘れるように遊び倒すとか、そんな風に過ごしていた。それがいかに日常だったのかを思い知る。今はそんなことはどうでもよくなるくらいに憂虞が頭の中を支配していた。公園に来たいと思ったのは、少しでも子供の頃に戻りたかったのかもしれない。なんの心配もなくただ美陽と楽しく遊んでいた、そんな感覚を思い出したかったのかもしれない。錆びれたジャングルジムの横、寂びれたベンチに腰掛ける。すっかり夕方になってしまった。それでも外はまだ明るい。明るいはずなのにどこか寂しい。太陽が低くなり、夜空が覆いかぶさり始めていた。足元に一匹の蝉の死骸が落ちている。夏が過ぎていくのを感じる。
「怖くないん?」
美陽がそう切り出すことを予想していたのか、陽平はベンチに浅く腰掛けたまま一点を見つめ続ける。
「怖いんは俺じゃなくて、ハルやろ?」
「本当に鬼になったらどうする。今もお前を襲うかもしれんのやで」
「襲われることよりも、ハルが俺を忘れる方が怖い」
「なんやそれ」と吐き捨てるも、美陽も気持ちは同じだった。
「俺がカラス襲ってた日さ、その瞬間をヨウは見たんやろ? 俺は、醜くなかったか?」
「あー、あれはビビったなー。正直めっちゃ怖かった。ハルが戻って来んかったらどうしようって。めっちゃ怖かった」
二人の論点はズレている。墨馬がこの会話を聞けばそう思っただろう。鬼に蝕まれ我という存在を失くすことよりも、お互いを失くすことを恐れている。しかし二人の間ではそれが自然な感情だった。
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