15. 嫉妬を誘う
一通り校舎を覗き偵察を終えると、
登り切る手前の階段に座り込む。小学生の頃はこうして学校帰りや放課後に寄り道をした。菓子屋で各々おやつを買い、おしゃべりをした。コロッケもその頃からよく食べていた。
「冷めちゃったかなー」
陽平がビニール袋をのぞきこむ。
「お、まだあったかい!」
袋の中には耐油紙に包まれたコロッケが二つ。そのうちの一つを取り出し美陽に差し出した。コロッケを受け取る美陽の手が一瞬戸惑いをみせる。
「大丈夫やって、俺から美陽にあげるんやから」
そう言われると、大丈夫だと自分に言い聞かせるように美陽がコロッケを受け取った。
ラードで揚げたコロッケは時間がたってもサクサクとした食感を保っている。ほくほくのじゃがいもの中には上質なミンチ肉が混ざり、肉汁が溶け出す。味付けは薄めだが、芋と牛肉のうまみだけで満足感がある。
「こんなおいしいコロッケをおやつにしてたなんて、なかなか贅沢な小学生やったな」
指先についた衣をぺろっと舐めながら美陽に話しかける。しかし陽気な陽平とは反対に、美陽は半分ほど食べたコロッケを持ったままうなだれている。しかめた顔は辛そうに何かを我慢していた。
「ハル? どした!? 具合悪い!?」
慌てて陽平が美陽の背中をさすってやる。ぐっと腹を抱えた美陽がふるふると首を振った。
「いや、平気。なんか気持ち悪くなった」
「平気ちゃうやん。コロッケか? それともいつものやつ?」
「分からんけど、思ったほどひどくはないから」
美陽が手をあげ制するが、陽平はわたわたと狼狽える。
「あー、飲み物ないかな。自販機めっちゃ遠いって!」
どうしようかとキョロキョロ辺りを見渡す。立ち上がろうとした陽平の袖がぎゅっと掴まれた。
「いいから」
そう言うと陽平の腕にもたれかかる。それだけで気持ち悪さが軽減するような気がした。
「大丈夫?」
陽平のとも美陽のとも違う声が背後から聞こえた。振り返ると浅黄色の袴を履いた装束姿の神主が二人を覗き込んでいた。二十代前半くらいだろうか、思ったよりも随分と若く見える。翔也の事故があった日に見た私服姿とは違い、清楚な装束と一つに結った髪。その装いのせいか天使のように見えた。神社で天使とはそぐわない例えかもしれないが、何にせよとても神聖な存在に感じた。
「あ、あの、友達が具合悪くて。水、もらえませんか?」
「ちょっと待って」とすぐに社務所へ駆けていく。戻ってきた神主の手にはペットボトルが握られていた。陽平が受け取ると美陽に手渡す。数口水を飲み込むと、さきほどより美陽の表情も和らぐ。
「あの、ありがとうございます。えっと……」
「積祈神社の神主をしています、
「墨馬さん、助かりました」
礼を言う陽平の人なつっこい笑顔につられて笑う。明るく陽気で、見せる笑顔が相手の警戒心をなくす、そんなイメージを受けた。墨馬がちらりと美陽に目を遣る。視線に気づいた美陽が振り向きぺこりと頭を下げる。こちらは随分と陽平とは対照的だと感じた。
「もう大丈夫? よかったら僕の家そこだから休んでいく?」
「いいんですか!? ハルせっかくやし――」
「いえ、だいぶ楽になりました。お水ありがとうございます」
美陽が良すぎるくらい礼儀正しく頭をさげる。丸くした墨馬の目が、ぎゅっと陽平の服を掴んだままの美陽の手を捕えた。
「そう、ならよかった。気を遣わず座っててくれたらいいからね」
にこりと笑う墨馬の方を美陽は見ようとはしない。
「ヨウ、行こう」
くいくいっと陽平の服をひっぱる。
「いや、でも……」
「だから、ちょっと気持ち悪くなっただけやって。軽い貧血みたいな」
「ほんまに、大丈夫?」
「ヨウ」
「あ、ごめん。信じてないとかじゃなくて、心配で。ごめん」
二人の様子を墨馬が眺める。心配しすぎる友人、とは少し違う風にみえた。他人に向けた愛想のよさと、美陽に向けた優しさの正体に違和感を感じるのは考えすぎだろうか。
美陽が立ち上がると慌てて陽平も腰を上げる。見送る墨馬に振り返り、礼儀正しく頭を下げたのは美陽の方だった。墨馬もたおやかにお辞儀をする。
「あんな若くて、一人で神社を任されてるんか?」
境内から出ると美陽がぽそっと呟く。「確かに」。そう陽平も思ったが、それ以上この話題が続くこともなかった。
梅雨も明けるといよいよ夏休みへと突入する。雨の日は美陽の体調も良いとは言えなかったが、大きな事故も起こっていなかった。もしかすると蘆屋のアドバイスが効いているのかもしれないと、陽平も美陽もどこかで安心した気持ちを感じていた。
夏休みに入ってすぐの日、美陽が家の窓から陽平の姿を見かける。どこかへ出かけるようだった。美陽は知らないふりをして陽平に連絡を入れる。携帯をチェックしていないのか、「今日何してる?」への返事は返ってこなかった。
陽平が駅前のバス停で落ち合ったのは南だった。
「ごめん。急に付き合ってもらって」
くすみがかったブルーのノースリーブワンピースを南が纏う。ふんわりしたスカートと、普段見る事がない二の腕や足首にドキリとする。
「いや、全然。てか、やっぱ私服やとイメージちゃうな」
照れたように自分の頭を搔くと、南もつられて顔を赤らめる。
「陽平は、ぜんぜん変わらへんな、制服ん時と」
「え、それショック受けていい案件!?」
陽平が落ち込むふりをすれば、二人で笑い合う。爽やかな風が吹く。こんな風を感じたのは久しぶりではないか。
南に誘われて、町にあるショッピングモールに赴く。コンビニもない田舎に住んでいればそこはアミューズメントパークのようで、ウィンドウショッピングをしているだけでも心が弾む。南が買いたかったという服や雑貨を見て回る。店員にデートですかと聞かれれば、うやむやにしたのは南だった。その後ろから「いや、友達です」と明るい声が聞こえ、南が残念そうに苦笑した。
買い物をすませ、ファーストフード店でランチを食べる。あてもなくウロウロと歩き、そろそろ夕方になる頃に元のバス停まで戻ってきた。陽平が持っていた紙袋の束を南に渡す。全部南が買ったものだった。
「今日はありがとう。その、わざわざ」
「ええって。俺も楽しかった」
陽平の笑みに「本当!?」とつい大きな声が出た。その声に陽平が丸くした目を瞬かせたが、また優しい顔になると手をあげる。
「じゃあ、またな」
「あ、陽平!」
そのまま去ろうとする陽平を南が呼び止める。「何?」と振り返った陽平の顔は優しいままだった。
「あの、うちな――」
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