11. ハルの〇
「大層なことやないよ。うちの家ってなんていうか、昔から続く術師の家系みたいな? ほら、占い師とか祈祷師とかそういう
どこかふざけたように話す蘆屋を信用しきれない。そう思ったのは陽平だけではないだろう。
「そんな疑いの目向けんといてよ。世の中にはいるんやって、そういう仕事してる人らが。怨霊とか化け物とか、そんなんは知らんけど俺の家はずっと鬼と関わってきた。今じゃ鬼を駆逐する以前に産まんようにする術も確立されてるから、俺らは監視するだけって感じ。まあ、一部の人しかもう知らん事やな」
「ご両親も鬼に関わってきたってこと?」
美陽がたずねると「そやで」と蘆屋が軽く返す。どうやらひとまず信じるしかなさそうな状況に美陽が話を戻す。
「それで、クダショウがなんて?」
「せやったね。正しくは『クダショウの儀』っていう儀式があんねん。陽平くんと美陽くんが猫を置いてった祠やけど、あれはむかーし昔に建てられてね。鬼が産まれるのを制御するためでもあるし、産む為でもある。あ、詳しいことは聞かんといてや。俺もまだあんま教えられてない。あっこに鬼が鎮まるように神体祀って加持する。鬼っちゅうんは祀られる代わりに大人しくなったりする。契約みたいなもんやと思ってくれたらええよ。祀る代わりにやたらに人には宿りません、その代わりあることをすれば人に鬼を孕ませる。一方的な契約はウィンウィンじゃないやろ? 鬼が産まれる道も残しといて初めて縛りが有効になる。要は使い道ってやつかな。で、猫を祠に預けた行為は
「生贄……」と陽平が唾をのむ混む。
「あの祠が制御基板みたいなもんなんか」
「さすが美陽くん」と蘆屋がにっこり微笑みかける。
「いや、気になってるんやけど、孕むってなんなん? ハルが鬼のあかちゃん産むん!?」
陽平の素っ頓狂な問いに蘆屋がケラケラと笑う。
「おい、俺は真剣に聞いてるんやけど!」
「ごめんごめん。ほんま陽平くんて面白いね。確かに孕むなんて言い方したらそう思うやんね」
笑われた陽平は面白くなさそうにむすっとする。
「でも実際女性が孕めば鬼の子を産む事もある。相手が人であろうと鬼であろうとね。男性の場合妊娠できんから出産することはないけど、腹ん中では鬼が産まれ育つ。これは男女共通やけど、だんだん母体を蝕みやがてその人自体が鬼になる」
美陽の目がこわばる。自分の中にいるモノを確かめるように腹をさすった。
「ハルが、ハルは鬼になるん?」
あまりにも直球な言葉に美陽がはっと陽平に振り向く。美陽と違い陽平は感情が表に出やすい。人より不安や心配などの気持ちは体とリンクしやすい。上がる息やそわついた瞳から動揺が伝わる。
「ヨウ、落ち着いて」
なぜか当事者の美陽が陽平をなだめる。陽平の腕を掴むと乗り出した体を座らせた。「ヨウ」ともう一度名前を呼ぶと、上がった息が鎮まっていく。そんな二人に向けられた蘆屋の目は冷静で、冷静過ぎるが故に冷徹にも見えた。
「鬼になったら、どうなるん」
落ち着きを取り戻すように座り直すと、陽平が問う。蘆屋はそれは淡々と、ただ説明をするだけのように答える。
「別に、見た目は変わらん。でもだんだん人としての主体は失われていく。隣の人が友達やったなんて、分からんようになる。災害を起こす。人を巻き込む。鬼として人を駆逐しだす。その頃には正気もなくなっとる」
陽平が美陽に向くと、同時にこちらを見た美陽と目が合う。そんな二人を前に蘆屋は話を続ける。
「よう聞く話やけど、鬼は人の
「じゃあ、俺の中に生まれた鬼が翔也を……。もしかしたら山下さんも」
自分の中に存在するものを自覚していく。その異物感に美陽が大きく嘔吐いた。慌てて美陽の背中を陽平がさすってやる。
「それってさ、ハルの意思じゃないよな!? 鬼が勝手にやってることやんな?」
美陽のせいではないと確かめたいのだろう。陽平がぎゅっと美陽の背中を抱いた。
「酷な事を言うと、ちょっとビミョウ。たぶんだんだんと美陽くんと鬼の癒着が始まっとる。美陽くんが恨み、僻みを持った相手なら鬼と思考がリンクする可能性はある」
くいっと美陽の眉間のしわが寄る。苦い顔をした美陽とは反対に顔を赤らめ逆上したのは陽平だった。
「ハルがそんな感情持つわけないやろ! そんなヤツじゃない!」
陽平の大きな声に一瞬蘆屋がキョトンとしたが、すぐにクスクスと笑いだす。
「まあまあ、そんな興奮せんでよ。ほんま君たちおもしろいね。鬼の存在はさっきも言うたように儀式、術が関係してくる。真偽が確立されてない伝承も多いけど、一つ確かなマーキング方法がある。鬼の災いに触れてしまう方法や。それはこの辺りで『ヒ ヲ ワカツ』という言葉で伝えられとる」
「ひをわかつ?」
「そ。ヒは焚火の『火』って字を書くとされとるけど、忌み事の忌、穢れの意味があるとも言われとる。確かな伝承は文字では残ってない。やから本来どうやって生まれた言葉かは分からへん。でも確かにここにはヒヲワカツと言う言葉が使われとった。まあ、簡単に言うと懐胎したもんはヒを持つ。ヒを持つ者と飯食うんは禁忌やったって意味や」
深刻な顔で話を聞いていた陽平が、腑に落ちないと蘆屋に問いかける。
「身ごもることが、穢れ?」
「まあまあ、今の時代そんな考えアホくさいやんね。でも昔は
それを聞いても納得できていないところに陽平の純粋さを感じる。人の生命が汚れなど、陽平にはとても理解できない考えだった。
そんな陽平の傍にいれば、自分の不純さを感じる。それと同時に日の当たる場所にいるような心地よさを感じる。綺麗なものを汚してしまう背徳感がある。徳に背く快楽を感じてしまう。そんな自分にまた不純を感じる。美陽は分かっていてもこのループから抜け出せない。
「それで? 鬼を孕んだヤツと食を共にすることが本当に儀式になるのか?」
「せやで。妊娠した嫁さんと飯食った後に自分から山に入って熊に襲われて死んだなんて話、ごろごろあるで。その女性が孕んどったんが鬼やったって話しな。でも『食を共にする』はちょっと違う。『食を分け与える』が正しいかな。ビミョーな違いやけど」
美陽は話を聞きながら翔也と過ごした時の事を考えていた。そして心当たりはすぐに思いついた。
「ケーキ。もしかして、一緒にケーキ食べたとき」
陽平もすぐに反応し、「ああ!」と声を上げた。
たしかに一度口を付けたケーキを翔也に与えた。きっと翔也は両方のケーキが食べたいだろうと思い、交換という名目で一度口にしたケーキをあげた。その事実を思い出した瞬間、美陽の顔が曇る。翔也を巻き込んだのは自分だという証拠が明確となってしまった。
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