第6話 『ファーストコンタクト』

始まりの地から25km地点




辺りは一面の砂漠。煌々と照り付ける日差しのなか、足で砂を分け進む2人の姿があった。


「……暑い…暑すぎる……」



「そうですか ? なにも感じません」


アンドロイドであるアイビスは、気温を感じない。そのことを当たり前だがエイジは知っている。


「……喧嘩売ってるのか?」


「冗談です。すこし、休みますか ? 」


「…ああ、そうする。このままじゃ干上がってしまう。……それにしても、研究所の外がまさか砂漠だったなんて……一体なぜあんな場所に作ったんだ…」


エイジは猛暑のなか、25kmの道のりを休まずに歩いていた。おまけに、足場の悪い砂地や小さな丘のアップダウンで体力を奪われ、少し疲れが見えていた。


「少し、お待ちください。望遠機能を使って日除けになりそうな場所を探します」


「ああ、頼む」


2人は周りよりも少し高い丘の上で立ちどまった。



アイビスの瞳は緑色に薄く光り、辺りを見回し始めた。


砂漠での肉眼の遠視はご法度である。蜃気楼によりありもしないものが見えることがあるからだ。したがって、砂漠での行動において彼女の望遠機能は非常に有用なものだった。


「…ありました。1時の方向に3km程進んだ場所に廃墟のようなものが見えます。いけますか ?」


「ああ、問題ない。でかした、アイビス」


「いえ」


さっき冗談を言ったかと思えば、今度は素っ気ない相づち。本当に分からないやつだ、とエイジは心のなかで呟いた。


そして、そのまま2人は丘を降り、例の廃墟のある方角へと進みだした。


20分ほど進むと、アイビスの見つけた廃墟が見えてきた。


砂漠の真ん中にポツリと建っている2階建ての家屋だった。


1階の壁から屋根にかけて大きな穴が開いており、文字通り半壊している。


当たり前に人がすんでいる気配もなく、今にも崩れそうなものだった。

しかし、日差しを防ぎ少し休憩するには十分のものだ。


2人は建物まであと20m程の距離まで来た。



「着いたな…日除けには十分だ。中へ入ろう」


「はい」


歩みを進める2人。


その様子を2階部分の物陰から狙撃銃のスコープ越しに覗くものがいた。

日差しに照らされたスコープの反射光が一瞬光る。


それにいち早く気付いたのはアイビスだった。


「待ってくださいッ ! 」


「どうした ?」


そう訪ねた彼の足元のすぐ横に突如銃弾が撃ち込まれた。弾は砂のなかにめり込み、地面に空いた穴からは煙が昇っている。


「ッな ! 誰だッ! ?」


銃声がした方向に叫ぶエイジ。その横のアイビスは戦闘態勢に入っていた。

彼が問い掛けたものの、返事は返ってこない。

呼吸を忘れるほどの緊張感が漂うなか、彼はもう一度叫ぶ。


「そこにいるのは分かってるッ ! 出てこいッ !」


相変わらず反応はない。

すると、2階の空いた壁の穴からボロボロのローブを纏った者が姿を見せた。背中にはその者の身の丈ほどの大きな狙撃銃を背負っている。フードを被っていて顔はよく見えない。


その者は軽快に穴から飛び降り着地すると、ザスザスとブーツが砂を踏む音を立てて2人に近づいてくる。


「ご主人様、お気をつけください」


警戒したアイビスがエイジにそう言う。


その者は尚も近づいてきて、2人の前で止まった。

そして、おもむろにフードを外しドスの効いた声で言った。


「アタシの隠れ家になんか用 ?」


その者は女だった。


背は高め、髪は暗い青色で少し癖っ毛。


目付きは鋭く、声色からも強気な性格だと推測できた。


対話が出来そうだと思ったエイジは少し警戒を緩め、尋ねた。アイビスはというと、依然警戒体勢のままだ。


「…ここに住んでるのか?」


「質問をしてるのはアタシよ」



そう言われたエイジは、ここに来た訳と仇を追って旅をしていることを赤裸々に話した。


彼の説明を聞いた女は2人の風貌をじっくりと確認し、問題がないと判断したのかこう言った。





「なるほどね……分かった、許可するわ。着いてきて」



そう言うと、女は廃墟の方へと歩き出した。2人は顔を見合せたあと、その女のあとをついていった。


「入っていいわよ」


女はそう言うと、人足先に壁に空いた穴から中へ入っていった。


2人も続けて入る。


中には古くなったテーブルと壁に掛かった額縁以外なにもなく、床には所々外から入った砂が積もっていた。


「好きにくつろいで。ってまあ、なんもないけど」


女はそう言い、背中の銃を外し壁に立て掛けテーブルの上に座った。


「いや、日差しを遮れるだけでかなり助かる、ありがとう」


エイジは荷物を下ろし壁際に行き、腰を落とし壁にもたれ掛かった。アイビスも荷物を下ろしたが立ったままだった。


「それにしても、まさかこんなに早くに人に会えるとは思わなかった」



「そうですね」


撃たれたとき最初はどうなるかと思ったエイジだったが、上手く事が運び安堵の表情を見せた。

テーブルに座っていた女はなにかを思いだし話し始めた。


「そういえば自己紹介が遅れたわね。アタシはカミラ。歳は17。あんた達は ?」


「俺はエイジだ。年は24…28か…どっちかだ。そっちはアンドロイドのアイビスだ」


「アイビスです。年は…4歳 ?   です。以後、お見知りおきを」


アイビスはそう言うと共に丁寧に深々とお辞儀をした。


「…なんか色々つっこみどころがあったけど、まあいいわ」


カミラは半ば呆れ顔でそう言った。


その後、他愛もない会話がしばらく続いた。

その中でエイジは最初の目的を思い出し、彼女に聞こうとした。


「なあ、カミラ。1つ聞きたいことがある」


「なに?」


「この辺りに人が沢山集まる村はないか ? さっき説明した仇に関する情報が無いか聞いて回りたい」


それを聞いた彼女の表情は少し曇った。


「……あるわ。ここから少し進んだところに、アタシの住んでる村がね」


「本当か ? もしよかったら連れていってもらえないか ?  」


「……わかった。ならあと少ししたらここをでるわ。日が落ちる前に着くようにね」


「ああ、ありがとう。それと、色々頼ってばかりですまない」


「いいわよ、このくらい」


そう答えた彼女の表情は、少し悲しそうだった。それを見たエイジだったが、出会ったばかりの相手に対して深入りするのは無粋だと考え、何があったかを聞こうとはしなかった。


十分に休憩を取ったあと、歩く準備を始める3人。

エイジの体力もかなり回復させることができた。

そうして荷物を背負い直し、いよいよ出発する準備が整った。


「先に外に出ておくぞカミラ。アイビス、行くぞ」


「はい、ご主人様」



エイジとアイビスが先に外に出たのを確認すると、カミラは壁にかかった額縁の中の写真に向けて、


「行ってきます、母さん」


とだけ呟き2人の待つ外へ出ていった。


そしてそのまま、3人は隠れ家を後にした。

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