第5話 『旅立ち』

決意を固めたエイジの傍らで少女は言った。


「まだ、話しておかないといけないことがあります」


「……さっき言ってた世界に起きたことか ?」


彼の問いかけに対し少女はこくりと頷き、話し始めた。


「貴方が事実上死亡した4月2日から1週間後の4月9日、世界は突如謎の光に包まれました。」


少女はまたしてもプロジェクターを使い、当時の映像をエイジに見せた。


「なんだ…これは……」


街中の定点カメラの映像だった。人々が行き交い、道路には車が走っている。その頭上には輸送用の小型ドローンが飛び回っていた。見慣れたいつも通りの風景だ。

すると、何気ない風景から一転、急に画面が真っ白になった。

直後轟音と共に道路が割れ、裂け目からガスのようなものがフシューと音を立て吹き出し始める。

悲鳴を上げ混乱する人々だったが、ひとり、またひとりと次々に倒れてゆき、ピクリとも動かなくなった。


その様子を見るエイジは戦慄した。


「このガスはいったいなんなんだ」


「未知の猛毒ウイルスとのことで、物を透過する特性があると記されています。したがって、建物への避難は有効打にはなりません。この場所だけではありません、世界中で都市部を中心にこれと全く同じ現象が報告されています。ただ、奇跡的に逃れた地域も存在するようです。おそらく、今いるこの場所もウイルスの驚異から逃れたそのひとつです」


「……誰がこんなことを…」


「わかりません…この災害により地球上の人類の約96%が死滅し、かろうじて生き延びた人々たちも深刻な食糧難や後遺症でもう長くはないとのことです……おそらくこの文献も残された者たちがなんとかアップロードしたものでしょう。」


「…俺が眠っていた間にそんなことが…」


「話は以上です」


4年間で世界は大きく変わっていた。大半の人々は死に、残った者達も数少ない。仇を探すにはあまりに厳しい現状だった。


「あなたの仇も既に死んでいるかもしれません…それでも、貴方は探しに行くのですか?」


「ああ、奴らを探す旅に出る。もう決めたことだ。それに、俺とカレンを撃ったやつは多分生きてる。地面にヒビが入るほど高いところから落ちても無傷だった…おそらく、アンドロイドの類いだ。ガスは効かない。君主とやらはどっちか分からないが…」




「分かりました……では、私もついていきます」


少女はいきなりそう言った。


「……何故だ ? 俺につかえるよう設定されているからか ? 」


「それも有りますがこれは私の意志です。私は…自分が何処から来たのか…何故ここで目覚めたのか…何のために生まれたのかを知りたいのです」



「『私の意志』だと ?  しかも自分を知りたいって…アンドロイドの口からそんな言葉を聞くとは思わなかったな…なあお前……本当にアンドロイドか ?」


内心、エイジは驚いていた。普通アンドロイドは命令に従順で意志を持たない。その道の最前線で活動していた彼でも今のは初めての体験だった。

一瞬本当にアンドロイドかと疑ったが、彼女のさっきからの無機質な表情や立ち振る舞いを思いだし、気のせいだろうと自分に言い聞かせ疑うのをやめた。




「まあいい…わかった…一緒にいこう。お前がいれば色々と助かることもあるだろうし」



自分なら修理もできるし、彼女の装備はきっと役に立つ。そう思い、エイジは彼女を旅に同伴させることにした。



「ありがとうございます」


「…ところで、なんて呼べばいい ? 名前はないだろうし…」


少女はしばらく考えたあと、


「では、"WB-461-104"とお呼びください」


と型式番号をそのまま答えた。


「…いざというときに呼びにくい。それに、あまりに味気なさ過ぎる」


「では、ご主人様が名前を着けてください」


そう言われ、頭に手を当てうーんと悩むエイジ。


「センスが問われます」


「変なプレッシャーをかけるな」


無表情で軽口を叩くアンドロイドなど彼は見たことがなく、またもや少し驚きつつも悩む。

彼女の姿を見ながら考えているとひとつ、思い浮かんだ。


「じゃあ…アイビス」


「…どういう意味ですか ? 」


「…昔東洋辺りに生息していた鳥の名前だ…もう何十年も前に絶滅してしまったけどな……文献でしか見たことがないが、真っ白でとても美しい鳥だった…お前のその白い髪を見てその名が浮かんだ」


「…アイビス…良い響きです。とても気に入りました」


そう言いつつもアイビスの表情には、変化が見えなかった。アンドロイドらしい、無機質な様子だ。


「じゃあ、よろしく…アイビス…」


エイジはそう言い、義手ではない左手の方を出して握手を求めた。


「はい。よろしくお願いします。ご主人様」


出された手を握りかえしたアイビス。彼の手は温かかった。その温もりに何かを感じた気がしたが、それが何なのかわからなかった彼女は気には留めずゆっくりと手を離したーー













ーーそれから1週間後






「………長いな」


「そうですね」


「この昇降機に乗ってからもう20分は経つ。いったいどれだけ地下深くにこんな施設作ったんだ」


2人は背中に大きめのバックパックを背負い、エイジは左手にアタッシュケースをぶら下げていた。


彼らはこの1週間で色々な事がわかった。

まず、この施設は放置されたロボットの研究所だということ。しかし、設備はまだ生きていて、エイジはそれを使いアイビスの壊れた基盤を修理し、バッテリーも交換した。幸い大きな損傷は無かったため、有り合わせの部品でどうにかなった。

アイビスの直ったGPS機能を使ってみたものの、うまく動作しなかった。恐らく、衛星側の問題のようだ。

そして、この施設が地下にあるということ。

すべての部屋に窓がなく、外に通じていそうな出入口もなかった。そのなかで見つけたのが、今乗っている昇降機だった。おそらく外に通じているはずだと二人は踏んだ。


エイジは長い間の昏睡のせいで筋力が衰え、まともに歩くこともできなかったが、この1週間リハビリに励み問題なく動けるまでに回復することができた。

ちなみに食事の方はは施設内の倉庫に非常食の備蓄が残っていたのでそれで済ませていた。


そして、長旅のための荷造りやエイジのリハビリも終わりいよいよ出発だというところで二人で昇降機に乗り込んだのであった。





ーブゥゥゥゥンー



2人に会話は無く、昇降機の音だけが響いていた。

すると、エイジが喋りだした。



「…久しぶりの外だ」


「私は初めてなので…少しだけ楽しみです…」


「話では聞いたが実際どうなってるかわからない……気を抜くんじゃないぞ…アイビス」



アイビスは話を聞きながらじっと彼を見ている。

それに気付いたエイジは、


「なんだよ、こっちをじっと見て」


と言う。


「なぜ、白衣を着ているのですか ? 着丈の長い白衣は動くのに適していません。しかも、新品があったのにわざわざ汚れているものを選んで…」



「メイド服を着ているやつに言われたくないな。それに、俺にとって白衣はもはや体の一部みたいなものなんだ。それに、白衣の汚れは研究者にとっての勲章だぞ」


「でも、その勲章はあなたのものではないと思うのですが。勲章の横取りでしょうか ? 」


「……うるさい」


何も言い返せなかった。


すると、やっと昇降機が止まった。

どうやら地上に着いたらしい。


「…ようやく着いたか」


目の前の大きな鉄製のゲートがゆっくりと左右に開き始め、隙間からは光が差し込む。



「生き残った者たちの集落がきっとあるはずだ。まずはそれを探す… とりあえず北に進もう」


「分かりました」



「…行くぞ…アイビス」



「はい、ご主人様」


前へ歩き出したが、あと少しで外というところでエイジの足は止まった。


「……どうかしましたか?」


彼の後ろから不思議に思ったアイビスの声が聞こえる。


「…あ、ああ……」


今から始まるのは決して楽しい旅などではない。

荒廃した世界をあてもなく進み続け、素性も規模も知れない仇達を見つけだし、復讐する。

先々にはきっと、今までに味わったことのない苦難が待っているはずだ。

それらを乗り越え、たどり着く終着点はただ殺すこと。

その全てを成し遂げたとき、本当に自分は救われるのか。

殺すためだけに始めるこの旅には意味があるのか。

固く誓ったはずの心に一瞬生じたその綻びが、彼の一歩を止めた。


その様子を見て何かを悟ったのか、後ろにいたアイビスは彼の前に回り込み、手を差し出した。


「大丈夫です。貴方はきっと、成し遂げる。たとえどれ程の苦難が貴方に降りかかり、挫けそうになる時があろうと、その時は必ず私がそばで支えます。さあ、あとはこの手を取るだけです」


手を差しのべたアイビスの背後からは外の光と暖かい風が差し込んだ。逆光に照らされ彼女の真っ白な髪は輝き、風にふわりとなびく。


その美しい光景に、エイジは希望を見いだした。

何故かは分からない。ただ、彼女とならきっと成し遂げられると思った。

彼は心のなかで再び誓った。今度は決して綻ばないよう、更に固く。


差し出された目の前の手を強く握る。


そして、そのまま2人は光の方へ大きく足を踏み出した。





斯くして、博士とロボットの旅がはじまった。


片方は復讐のため、片方は自分を探すため。


片方は人間、片方は機械。


相反する2人はこれから様々な人々に出会い、葛藤し、お互いに変化していく。


その先に見えるものは希望か、はたまた絶望か。


今は知る由もない。






これは、この時代を生きた全ての人々が『繋ぐ』物語である。

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