第7話 『砂漠の村』

始まりの地から30km地点




カミラの誘導のもと、エイジとアイビスは彼女が住んでいるという集落に向けて歩みを進めていた。


大きな砂の丘を登り頂上についたところで、壁に囲まれた数十件の家屋が建ち並ぶ集落が見えた。中には高さ10mほどのやぐらがあり、遠くまで見渡せるようになっている。

それらを囲む壁は丸太をぎっちりと組んで作ってあり、高さは5mほど。正面にはおそらく唯一の出入り口であろう門が構えてあり、開いていた。


「あそこよ。アタシの住んでるところ」


「立派な壁だな。しかし、何のために ?」


「さ、いくわよ」


カミラはエイジの質問を聞き流し、門に向かって歩き出す。

そのまま着いていく2人。


近づくと見張りと思わしき男が2人、門の左右に立っている。


そして、その片方が歩いてくるカミラに向かい話しかけた。


「…あ、こらカミラ ! お前また外をほっつき歩いてたな ? いったい何度言えば分かるんだ。それに、その2人はなんだ ?」


「そこら辺で出会ったわ。旅してるんだって。それで訳あって村を探してたらしいから連れてきた、通してあげて」


カミラはそう言うと、一足先に門をくぐり中へと入っていった。


「全く…なんて自由なやつなんだ……はじめまして、旅の者達。歓迎するよ。ゆっくりしていってくれ。と言っても、少しタイミングが良くないが…」


見張りの男は意味深な言葉を吐く。

その言葉が引っ掛かったエイジは、聞いてみることにした。



「ありがとうございます。ところで、タイミングとは…?」


「…ああ、すまない。何でもない、忘れてくれ」


エイジの問いかけに男は少し慌ててはぐらかす。

その様子を見て、何か隠し事があるのかと、エイジは頭のなかで考えた。


「はやくー ! 置いてくわよ !」


先に入ったカミラの声が奥の方から届いてきた。


それを聞いたエイジは


「では、失礼します。行こう、アイビス」


と門番に言い残し、待ってくれているカミラをアイビスと共に追い、中へと入っていった。


「やっと来たわね。じゃあ、まずは長の所へ連れてくわ」


カミラはそう言うと歩き出し、2人もそれについて行く。


向かう道中、エイジは町のなかを見渡した。

あちこちに点在する建物は砂を固めたレンガを使って作られていて、居住区の外れにはヤギを飼う牧場や、トウモロコシやスイカを育てている畑もあった。


全てが砂漠での暮らしに適応していて、厳しい環境の割に生活水準は低くなく見える。


それに感心しながら歩いていると、目の前に両腕を組んだ大柄な男が現れ、先頭のカミラの前に立ちふさがった。


「どこへ行っていた、カミラ」


「…別に」


その男の問いかけに素っ気ない反応をするカミラ。一目見ただけであまり仲がよろしくないようにみえた。


「客人を連れてきたわ。宿を用意してあげて」


そう言い残し、彼女はその場を立ち去ろうとする。


「待て ! 前から散々いってるが、勝手に外を出歩くのはやめろ。なにかあったらどうする」


男がそう言うと、カミラは立ち止まり彼の方へ顔を向けずに吐き捨てた。


「心配してるつもり ? いまさら父親ヅラすんな」


カミラはそのままどこかへと行ってしまった。


気まずい空気が漂うなか、男が切り出した。


「…ようこそ2人とも、俺はここの長をやってるジークだ。よろしく」


ジークはそう言い握手を求めて手を差し出す。


「エイジです…そっちはアンドロイドのアイビス。2人で旅をしています。よろしくお願いします」


握手しようと出したエイジの義手に男は一瞬驚きの表情を浮かべたが、何も聞いてこなかった。その横でアイビスは相変わらず丁寧にお辞儀した。


「それでその…さっきは娘が見苦しいところを見せてしまってすまない」


「いえ…かなり手を焼いているようですね」


「…昔はああじゃなかったんだがな…」


「…そうですか」


「…ところで、疲れているだろう…宿を貸そう。荷物を置いて休むといい。それと、腹も減ってるだろ ? 村の皆と一緒に夕食でもどうだ ? 大したもてなしはできんが」


研究所から食糧を持ってきてはいたが、暑さのせいで食欲が分かず食べていなかった。そして、体力が回復してきていたエイジは空腹だった。


「いいのですか ? …では、お言葉に甘えます。何から何まで…本当にありがとうございます」


ジークの手厚い歓迎に、エイジは深々と頭を下げた。


「そんなにかしこまらなくていいさ。なにせ、こんな世界になっちまったことだ。助け合うべきなのさ、残された俺たちは」


そう言い、ジークは明るく笑った。


そして宿の場所と食堂の場所を教えてくれた。


「あそこの道を左に曲がった突き当たりに空き家がある…そこを使ってくれ。日が落ちきったら村の真ん中にある大きめの建物に来るといい。そこが食堂だ。君たちが来るまでに料理を用意しておくよ」


「分かりました。では、後程」


「ああ、また後で」


そう交わしジークと別れ、彼の言っていた宿に向かって歩き出した。

そして、彼の言っていた曲がり角を左に曲がると、家屋の外壁にもたれ掛かり佇んでいるカミラと目があった。


「…さっきはごめん。急にどっかいっちゃって」


下を向きながらそう言った彼女の顔はどこか悲しげだった。


「いいんだ。そういう時期は誰にだってある。それを乗り越えて、みんな大人になるんだ」


エイジのその言葉に対し、カミラは不服そうに返す。


「…アタシは……大人になんかなりたくない…大人は皆…卑怯で臆病だ…」


それを聞いたエイジはどこか懐かしさを感じた。

彼は若い頃から大人に囲まれる環境で生活していたため、大人の醜さや意地汚さをその時からよく見てきた。

それゆえ、目の前で揺れている若者と過去の自分が重なって見えた。



「…そうか…そうだよな。俺もそうだったよ。周りの大人達が皆汚れて見えてた。それに飲まれたくない気持ち、分かるぞ」


カミラは彼の話を黙って聞いている。


「でも残念なことに、皆いつかは必ず大人にならなくちゃいけないときが来る。必ずだ。だから…それまでに沢山ぶつかって、擦りきれながらもがくんだ。それはお前がまだ若い今にしかできないことさ……そうしていく中できっと、その心のまどろみを解消する"答え"が見つかるはずだ。若さを…今を大切にするんだ」


エイジは昔の自分を見ているようで放っておけなく、つい説教くさくなってしまった。


「さっき会ったばかりなのになによ…偉そうなこと言っちゃって」


「…すまない。その気持ちは俺もよく分かるから、放っておけなくてつい」


「……そ。まあ、分かった。ならアタシはアタシなりの答えを見つけるわ」


「ああ」



話を終えると、カミラはまたどこかへと歩いていった。

空に浮かぶ太陽はあと少しで沈みそうで、夕陽が村全体をオレンジ色に染め上げていた。


2人は宿に入り荷物を置き、夕食の時間までここでの動向について少し話し合うことにした。


「夕食のときに黒衣のアンドロイドに覚えはないか聞こう」


「そうですね。いいと思います」


「それと…ここに入るときに門番の男が気になることを言ってたな」


「はい…タイミングが悪いと、そう仰いました」


「ああ、確かにそう聞いた。この村で何か起きてるのか ? 」


「そうですね…その件についても、夕食のときに重ねて聞いてみましょう」


「ああ、そうしよう」


話をしていると、窓から指していた夕陽は消え、代わりに冷たい夜風が徐々に流れ込み始めた。

そして外は暗闇に包まれ、ジークの言っていた夕食の時間となった。


「日が沈んだな。食堂に行こう、アイビス」


「はい、ご主人様」


2人は宿を出て、村の中心にある食堂に向かって歩き出した。

日中の猛暑が嘘かのように、冷えきった風が吹いている。


「…寒い…寒すぎる……昼間はあんなに暑かったのに…」


「そうですか ? 何もーー」


「…もう分かったからその冗談をやめてくれ」


「…申し訳ありません。そうですね…しばらく砂漠を進むことになると思うので、夜用の防寒着が必要ですね」


「…そうだな。ところで、食堂とやらはこっちであっているのやら」


不安げに角を曲がると、どうやらあっていたようで一般的な教会ほどの大きさの建物が現れた。


「…あってたようだな」


「はい、中へ入りましょう」


建物の目の前まで行き、大きめの扉をゆっくりと開け2人は食堂の中へと入った。

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