第2話 『少女』

「っは!」


目を覚ましたエイジの目前には、見ず知らずの天井があった。


「…ここは…どこだ…さっきまでのは…ああ…いつもの夢か…」


見たところどこかの医務室のようだ。しかし、WRT内のものではない。

身体には無数のチューブが繋がれており、その先々の点滴袋や酸素吸入器がベッドを囲むように置かれている。


「やっと目を覚ましましたね…ご主人様」


聞き馴染みのある声が聞こえた。何度も頭のなかに語りかけてきたあの声だ。しかし、今までとは違いそれは耳から入ってきた。

声が聞こえる方向に顔ごと目線を動かすと、

そこには1人の少女が立っていた。

綺麗な白色の髪、顔立ちは人形のように整っている。背は155cmくらいだろうか、容姿からおそらく10代後半であると推測できる。そしてなぜか、メイド服をモデルに作ったであろう近未来チックな服装をしていた。

少女のあまりの美しさに思わずエイジは息を飲んだ。

その吸い込まれるような綺麗な瞳を見ていると、


「…なんでしょうか?」


と、不思議そうに見つめながら喋った。その表情からは、一切の感情が感じられない。

とても可憐ではあったが少女の雰囲気には何か小さな違和感があり、エイジは職業柄すぐにそれに気づいた。


「お前は…アンドロイドか…」



「はい、ご主人様」


少女は無機質な返事をする。


「教えてくれ…ここはどこなんだ…」


「すみません、詳しくは分かりませんが恐らく何らかの研究施設かと」



あまりに予想外の言葉にエイジは驚きながらもすぐにGPSのことを思い出した。



「標準装備にGPS機能は無いか ? それを使えば現在の位置情報なり施設名なりがわかるんだが…」


「あるのですが…基盤が損傷しており使用不可能です」


そう答えアンドロイドの少女は首を横に振る。



「なんだと ? 定期メンテナンスは受けていないのか ? 」


「…はい。内部履歴によると起動直前の初期メンテナンス以降一度も…」


と、少女は答える。


そう聞いたエイジは憤りを感じた。目の前のアンドロイドにではなく、その製造者に。

自分の仕事に誇りと責任を持っていた彼は、身を削る思いで必死に研究・開発に取り組んできた。

今までに多く人々から天才と謳われてきた彼だが、その裏には絶え間ない努力と多くの失敗があったのだ。

トライアンドエラーは研究者にとって付き物であり、天才と評された彼もまた例外ではない。

そうして紆余曲折を重ねた結果出来上がった製品は、最早我が子同然というまでに大切であった。

だから、産んで終わりでそれっきりというのは愛する我が子を育児放棄することと同義だった。

例えそれがよその子でも、親から棄てられた子どもを見るのは誰だって胸糞悪いはずだ。

もともと責任感が強い性格である彼には、尚更強い嫌悪を抱かせることになった。

釈然としない思いでいっぱいのエイジだったが突如、胸に痛みが走る。


「あぁ…ぐぅッ…」


"痛い"というよりかは"熱い"に近い感覚だった。


「大丈夫ですか ? ご主人様 」


苦しむエイジを心配した少女はすぐそばに寄る。

悶えるエイジだったが、10秒ほどで胸の痛みはすっかり消えていった。


「ハァ…ハァ…もう…収まった…」


落ち着きを取り戻し呼吸を整えたエイジは、さっきからの会話でずっと引っ掛かっていた言葉について聞こうとした。



「なぁ、さっきから気になってたんだが…その"ご主人様"ってなんだ?俺はお前の主人になった覚えはないんだが…」


「管理者欄にはご主人様、貴方のお名前が設定してあります。したがって、私の管理者権限はすべて貴方にございます」



あまりに突拍子もない話に"ご主人様"の頭はショート寸前だった。



「誰がそんなことを……お前、型式番号と個体番号は ? 」


「はい、型式番号"WB-461-104"個体識別番号は"000-001"です」


「…聞いたことがないな…少なくともうちの製品ではないか…」


聞けば聞くほどに謎は深まるばかりである。

分からないことは一旦置いておくことにした。


「…すまない、話が脱線していたな。今はここが何処か知りたいんだった。悪いが誰か呼んできてくれないか ? 手が空いてそうなら誰でもいい。あと、お前の製造者も居たらついでに連れて来てくれ。個人的に説教してやりたい」


エイジがそう言うと、アンドロイドの少女は下を向いてしまった。何か都合の悪いことがあるのだろうか。


少女は少し黙ったあと、決心がついたのかようやく話し始めた。


「誰もいません……」


「……え?」


「寝たきりだったご主人様を看病する医療スタッフも、壊れたGPSの基盤を直せるメカニックも、私を作ったはずの誰かも、ここには誰ひとりとしていません」


「…何を言ってるんだ ? 冗談はよしてくれよ」


少女の様子を見るに嘘ではないことは分かっていたが、状況の整理がまったくつかない不安からエイジは少女にそう言った。彼の頭はひどく混乱していた。


「…じゃあ、お前は何でここにいるんだ、何処から来たっていうんだ ? 」


「…わかりません。意識が宿ったときから既にここにいました。それ以前の記憶はございません。誰か居ないかと施設内を歩き回った結果、医務室のベッドで昏睡状態の貴方を見つけたのです」


「……それはいつの話だ?」


「……4年前…西暦2126年の5月のことです…」


理解が全く追い付かなかった。身体から血の気が引いていくのを感じる。


「…じゃあ俺は…最低でも4年は眠っていたことになるのか?…その間お前はずっと俺の看病を……夢で聞こえた声はそういうことだったのか……」


「……夢…ですか ?」


「ああ、人生で一番忙しかったときの夢だ。よくそのときの夢を見るんだ。いや、そんなことはどうでもいい、今必要なのは眠る直前の記憶だ」


エイジは直前の記憶を必死に思い出そうとした。なぜ、4年以上も目が覚めないような昏睡状態に陥ったのか。しかし、いくら思い出そうとしても頭にかかった靄は晴れることはなかった。


「…くっ…ダメだ、思い出せない…」


やるせなさに苛まれるエイジをよそに、少女は話し始めた。


「ご主人様、どうか落ち着いて聞いてください」


「…今から私の知っていることを全てはなします…4年前貴方の身に何があったか…この4年の間に世界が大きく変わったことも……貴方にとってとてもショッキングで残酷な事実ですが」


「なんだと ? なぜ知ってるんだ ? 」


「私の内部ライブラリにご主人様に関する記事がございましたので読ませていただきました。」


そう答えたあと、少女は真剣な眼差しで、


「話す前に約束して欲しいことがあります」


と言う。


「…なんだ ? 」


「事実から決して目をそらさずに全て受け止めることです」


少女の物言いから恐らく、今からはじまる話はきっと自分にとってあまり良くないものだと推測し、エイジは少し怖じ気づいた。

しかし、このままだと埒があかないと考えた彼は


「ああ、約束する」


と答え、事実に向き合う決意を固めた。


その姿を見たアンドロイドの少女は、一呼吸置いたあとに全てを話し始めた。

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