第1話 『声』

2126年 世界はアンドロイドで溢れていた。



今から約50年前、資源問題を発端に第3次世界対戦が始まった。世界中の国々が争い、奪い合い、多くの者の血が流れた。その戦争はながきに渡ることとなる。そして、最後に残った2国が互いに潰し合い、共倒れの形で終戦することとなった。その後、二度とこんな悲惨なことが起きないようにと世界中の国が手を取り合い、資源を平等に分配し、様々な産業技術を教え合った。その結果、復興後すぐに産業革命が起き、めぐるましい早さで世界は発展していった。

なかでも、世界で最も注目されたのは機械産業だった。

そして、今から約30年前、各国の優秀な研究者達が合同開発した『アンドロイド』なるものが発表され、世界を震撼させた。

アンドロイドの台頭により世界の産業の自動化は進み、人々の暮らしは更に豊かになり、今までの歴史上最も平和とされる時代が訪れた。



そして、今日にいたる。



そんな時代の、とある街の、とある会社の食堂で1人、ため息をついている男がいたーー










「…はぁ~~~」




社員食堂の隅のほうの席に座るやいなや、彼はとても深いため息をついた。髪は少し長めで顔にはだらしない無精髭が生え、目は虚ろ。加えて汚れきった白衣を身に纏っていた。

正直食事どころではないが、午後からの事も考えて何か入れておかねば。そう思い袋から取り出したパンをちぎり口に運ぼうとしたその瞬間ーー

 

「せぇ~んっぱい!お疲れ様です!」


その男は元気な声でそう言うと同時に、ドカァッと大きな音を立ててテーブルに食事が乗ったトレーを置き、向かいの席に座った。

それを見た彼は、


「はぁ~~~~」


と、さっきより少し長めのため息をつき、口に放りかけたパンの欠片をもとの袋に戻した。


「ちょっと~、人の顔見てため息つくのはヒドくないですか~?」


「てか、さっきからずっとクソデカため息ついてません ? なにかあったんですか ? 」


ツンツンの茶髪をしたその男は見た目や言動から分かるようにかなり品が無く見える。


「……お前そんなナリでよくここに入れたよな」


彼は無気力ながらも言葉を絞り出した。


「まあまあ、見た目が変わってるのはお互い様でしょ、エイジ先輩」


茶髪の男はエイジの右手の異質な義手に目線を送りながらそう言った。

しばらくふたりの間に静寂がおとずれる。

先に破ったのは茶髪の男だった。少し気まずそうに、


「い、いただきます」


と言い、トレーに乗ったラーメンチャーハンセットを食べ始めた。

エイジも先ほどしまったパンを再び取り出し、やっと口に運び始めた。


再び訪れる静寂―


破ったのはまたしても茶髪の男であった。


「…それで、ホントにどうしちゃったんですか?」


先程までの態度とはうってかわり、真剣な様子で男はエイジに尋ねた。


「じ、実は…」


「ハハッまさか、悩みがあるとかいいませんよね?」


話を切りだそうとしたエイジのか細い声を遮るようにおどけながら茶髪の男は聞いた。


「いや…その」


「はい?」





「……あるんだ…悩み…」



―カシャンッ―


チャーハンをすくって口元まで持っていっていたはずのレンゲが地面に落下していた。 

しばらくフリーズしたあと、茶髪の男は敬語を忘れるほどに動揺しながら聞く。


「…マジ?」


エイジは何も言わずにこくりと頷いた。


「…先輩みたいな常人から逸脱した天才完璧人間でも悩みってあるもんなんですね…」




茶髪の男が言うように、彼はある理由で人々から天才と謳われていたーー




『エイジ・ウィリアム・アイゼンハルト』

彼にはアンドロイド工学に於いて圧倒的なまでの才能があった。

現在24歳である彼は、10歳のときに出会ったある男のラボに招待されたときにアンドロイド工学を知り、その神秘性と膨大な可能性に魅力された。

それからというもの、彼は異常なまでにそれにのめり込み、入浴や睡眠、さらには食事でさえも二の次でそのラボに入り浸り研究に没頭し続けることとなる。

幸いにもその男はかなり気のいい人間で、まだ10歳だった彼に研究に打ち込める環境を無償で提供してくれたのだ。

彼はその男を師匠と呼び、男もまたまんざらではなかった。

そんな奇妙な関係が始まって4年たったある日、悲劇が起きることとなる。

いつものように研究に打ち込んでいると、突然製作中のアンドロイドが誤作動を起こし、積載されていた鉄甲弾を彼に向かい放ったのだ。咄嗟に手を出し体を庇った結果、右手の肘から先が吹き飛び宙を舞った。放たれた弾は腕に着弾したおかげで大きく威力が減衰したものの、軌道が変わり今度は左胸にめり込む。


その瞬間、彼の視界は真っ暗になりうっすらと残っていた意識は次第に消えていった。




気がつくと彼はベッドに横たわっていた。


「…ここは……ラボの医務室…」


何があったのか思い出せず数秒間思考が停止したが、すぐに記憶がよみがえってきた。


「そ、そうだ!俺の右手ッ!」


恐る恐る目を向けると、吹き飛んだはずの右手には機械でできた無骨な義手が装着されていた。

さらには、抉れたはずの左胸にはしっかりと縫合したあとがあった。

彼はすぐに、医療機関に運んでいると間に合わないと判断した師匠が治療を施してくれたのだと確信した。

おかげで彼は一命を取り留めることができたのだ。

しかし、今回の事故の概要はすぐに外部に漏れることとなった。14歳の少年に1人で危険な研究を行うことを容認し、更には医師免許なしでの医療を行った彼の師匠は責任感の欠如や道徳に反した行為を指摘され、多方向からの非難を浴びついには学会から追放されることになった。


そして、それをさかいにに彼の師匠は二度と彼の前に現れることはなかった。


師匠が去った後も彼はアンドロイドに関する研究を続けることになる。

18歳になったとき、彼は初めて学会に向けて自らの研究してきた理論を発表した。

その日、今までの学会に於ける常識はひっくり返ることとなった。

以後も彼の快進撃はとどまるところを知らず、論文や開発した製品を発表する度に世間を大きく賑わせつづけた。

そして、 その輝かしい業績が項をなし、ある日遂にロボット産業で最前線を走る超一流企業『WRT』の代表から推薦状が届くこととなる。

内容は、是非ともわが社の『アンドロイド研究・開発部特別顧問』に迎え入れたいという内容であった。

彼はそれを承諾し、これまで以上に良い環境でのびのびと研究および開発にいそしむのであった。

それから数年の時を経て、


いまに至るというわけだーー






「もしかして、奥さんとうまくいってないとかですか?」



茶髪の男は興味ありげな表情で聞く。



「いや、違っ…まあ、それも事実だが…」



エイジは一瞬否定仕掛けたが、どうやら心当たりがあるようですぐにその事実を認めた。


「確かに妻とは最近うまくいってないがその事ではないんだ…」


「え~?だったら一体なんなんですか? いい加減勿体振らずに教えてくださいよ」


茶髪の男は気になって仕方ないという様子だった。


「その………"声"が聞こえるんだ……」



「えっと…声ですか?」



「ああ」

予想外の回答に茶髪の男は少したじろいでしまう。しかし、それを意に介さずにエイジは話を続けた。


「俺にしか聞こえてない。女の声だ。なんて言ってるのかはうまく聞き取れない…でも、その声を聞くとなぜか胸がモヤモヤするんだ。何か…大事なことを忘れている気がして」


「大事なこと…ですか」


「ああ、でもそれが何なのかもわからない…心に霧でもかかっているかのような感覚だ。おかげてここのところ全く研究に集中できないんだ…」


「…過労による幻聴かもしれませんね。先輩この1年めちゃくちゃ忙しそうでしたし」


茶髪の男は真剣な面持ちで考え込む。持ち前のおちゃらけた性格も重々しい話題の前では封印せざるを得なかった。


「先輩、少し休暇を取るのはどうですか?このままだと体を壊しかねませんし」


「休暇か…」


エイジはこれまでのWRTでの活動を振り返った。最後に休みという休みを取ったのは1年前の結婚式以来だったか。ある大型プロジェクトを任されていたエイジはこの1年間休暇とは無縁の日々を送ってきていた。


「そうだな、プロジェクトも一段落ついたし久々に休みでもとるとするか…」


「そうっすね ! 俺も賛成です !」


エイジは気持ちが少し楽になった気がした。


「話をして少し楽になったよ、ありがとう…ミハエル」


「なに水くさいこといってんすか、俺らの仲でしょ~?あ、どうしてもお礼がしたいって言うなら今度いい女紹介してくださいよ」


「ああ、とびっきりのをな」


「よっしゃあ !」


男同士の下らない会話を終えたところで、二人は午後からの仕事に向かうため席を立とうとした。


その時―



『…きてく…さい…お…て…』



エイジの頭にはいつもの声が鳴り響いた。しかし、今度はいつもよりもはっきりと聞こえた。それと同時に左胸に耐え難い痛みが押し寄せてきた。


「ぐぅぁ…あぁッ」


突如尋常ではない痛みに襲われたエイジは立っていられなくなり、膝を着いて床に崩れ落ちてしまった。


「先輩ッ ! ? 」


ミハエルは、何が起きているのか分からないながらもすぐに床に突っ伏したエイジの側に行き屈み込んだ。



『呼吸器異常無し、血圧良好、栄養状態やや良好、発汗を検知』


なんのことだ。さっぱり意味が分からない。

それよりも胸が苦しい、そして熱い。煮えたぎるように熱い。


「すぐに医療スタッフを連れてきます ! それまで待っててください先輩ッ ! 」


ミハエルはそう言い残し、勢いよく走り出した。


激痛に悶え苦しみ薄れゆく意識のなか、エイジはその背中を見送る。


『起きてください』


視界の端から中心目掛けて徐々に暗くなり始め、ついには完全な闇となった――

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