第22話 【着火】マンは鉄腕令嬢の本気を見る

 銀のグリフォン団が日課の薬草採りにポカポカ草原に向かうと、リネット王女とペネロペが付いて来た。

 ペネロペは単騎なんだが、リネット王女には護衛の五人の近衛騎士も付いて来ている。


「王女様を連れて薬草採りとか、ありえねえ~」

「俺、帰ったら母ちゃんに自慢するんだ」

「信じてくれないわよ」


 そんな事を話しながら薬草を摘む。


「ハカセはモテモテなのねえ、さすがだわ」

「私は研究の方が楽しいので、あまり女性とお付き合いはしないのですが」

「あ~あ、これだから学者さんはよおっ」

「俺だったら宮廷に雇って貰うのになあ」

「王城、憧れちゃうわね」

「あんまり居心地の良い場所じゃありませんよ、夏は暑いし、冬は凍えますし」

「それはねっ、ハカセが行った事があるから言えるのよっ、王城なんて乙女の夢なのよっ!」


 フロルはばっと天に拳を突き上げた。


「俺はS級冒険者になって、王様に表彰してもらうんだっ」

「おお、俺も俺も」

「S級パーティになってみんなで表彰されましょうよ」

「おう、夢はでっかくだぜっ」


 みんな夢があって良いね。

 私が王城に行ったのは、大学で王子とゼミが一緒だったからだ。

 夏期休暇に妹の家庭教師をしてくれよ、とか王子に頼まれて行ったんだったな。


 王女がちょこちょこと歩いて来て、薬草を摘んでいる私の手元を見ていた。


「これが薬草なのね」

「そうだよ、錬金釜で煮詰めるとポーションになるんだ」

「迷宮都市では子供も働いているのね」

「庶民の子供は、農民も商家も良く働くよ」

「そうなんだ、大変ね」


 そう言うと王女はエリシアとラトカの方へ行った。

 彼女が移動するたびにいかめしい近衛騎士さんが移動するので、正直邪魔だ。


「大変ですね、騎士団長」

「まあ、リネットさまは好奇心旺盛でおられるからな。今回も良い社会勉強であろう」


 王女はエリシアとラトカに教わって恐る恐る薬草を切っていた。

 そうだね、王都ではなかなか庶民と交わる事は無いから、良い勉強かもしれない。


 ペネロペは岩の上にどっしりと座り込んで辺りを眺め回していた。


「和やかな風景だな」


 しかし、ペネロペもドブ掃除をするのだろうか。

 実家の小物を呼んでやらせるのかもね。

 お貴族様の場合、それも有りらしい。


「スライムー!」


 エリシアが悲鳴を上げると、フロルと近衛騎士団の五人、ペネロペがダッシュで集まって来た。

 誰がスライムを退治するのかと大人達が顔を見あわせている間にフロルがスライムを蹴飛ばして遠くへやった。


「あれがスライムなのね、初めてみたわ、ありがとうフロルくん」

「い、いやあ、たいした事ないですよ、王女さま」


 珍しくフロルが照れているな。


 近衛騎士団が剣を鞘に収めたのに、ペネロペは大剣を下げたまま、遠くをみていた。


「オヤジがまたやっているようだ。熊がくるぞ、三匹」

「え、おおおっ、熊だーっ!!」

「王女さまを守れっ!!」


 再び近衛騎士団が抜剣してリネット王女、エリシア、ラトカを守るように円陣を組んだ。


「フロルとチョリソーは、エリシアとラトカと、王女を守ってくれ」

「やるのか、【着火】マン!」

「熊だとね」

「一匹受け持とう」

「大丈夫か、ペネロペ」

「はっ、熊ごときが何だと言うのだ、二頭任せて良いか?」

「かまわない」


 騎士団長がずずいと前に出た。


「私も混ぜてくれんか」

「おー、騎士団長の太刀筋が見られるのは嬉しい、私はかまわない」

「お願いできますか」

「久々に血がさわぐわい」


 一頭ずつ、という事になった。

 とりあえず【着火】ティンダーで一匹倒して、その後他の人のカバーに入ろう。


 三頭の熊は頭を並べてこちらに向けて突進してきた。

 やっぱり体が大きくて圧が強いな。

 ハンターベアは。ゼラビス大迷宮でいうと、中層あたりに出る敵のレベルらしい。

 ペネロペと、騎士団長と、私はそれぞれ個人で戦うから連携などは無い。

 とりあえず、真ん中の熊を受け持とう。


 吠え声と共に真っ黒な固まりになって熊がどんどん大きくなる。

 私の前で躍り上がるようにして、熊は腕を振り上げた。


【着火】ティソダー


 ズドン!


 真っ青な炎の柱は熊の腹の中心に当たり空中に打ち上げた。


 どどんと落ちてきて熊は転がった。


 ふう、まずは一匹。


 ペネロペと騎士団長は対照的な戦い方をしていた。


 騎士団長はタワーシールドで熊の一撃を受け止め、長剣で熊の頭を切り裂く。

 吠え声を上げて熊は怯んだ。

 上手い。


 ペネロペは両手の大剣だ。

 くるくると動き回り、熊を翻弄して斬撃を決めて行く。

 器用に避けるなあ。


 騎士団長の長剣が熊の喉を潰して倒すのと同時に、ペネロペの大剣が熊の首をはねた。


「んー、熊はこんなもんか、食い足りねえな」

「聞きしに勝る腕前よな。お主は最近鋼鉄の箱入り娘と言われておるぞ」

「ははっ、ちげえねえ、おっさんも上手いな、さすがは近衛だ」


 脳筋同士で気があったようだ。


「しかし、マレンツ殿の【着火】ティンダーも真に素晴らしい、あのサイズの熊を一撃とは」

「起動が速い魔法で良いな、使い勝手が良さそうだ」

「ありがとう、お二人も凄く強いですね」

「相手が熊だしな」

「久々に血がたぎりましたわい」


 ああ、近衛騎士団って凄腕しか入れないんだけど、団の性格上、実戦はあまりしないのか。

 護衛ばかりではつまらないだろうな。


 ペネロペは森に向き直った。


「おい、テイマー、オヤジに伝えておけ、金が勿体ないからもうやめろってな」


 森の奥で小男が顔を出して、頭を少し下げてから逃げていった。


「まったく、オヤジは諦めが悪くていけねえ」

「諦めるかな?」

「諦めない。オヤジはがめついからな」


 やれやれ、面倒なお隣さんだな。

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