第21話 【着火】マンは珍しくビビる

「まことに申し訳ございませんが、あなた様の冒険者登録は出来かねますのでお引き取りねがえますか?」

「なんで自分の国の冒険者ギルドで私が登録できないわけっ?」


 朝の冒険者ギルドは水を打ったように静まりかえり、酒場に居た人間は受付カウンターのやりとりを身動きせずに聞き入っていた。


 カウンターでレイラさんに噛みついているのは、家出娘などではなく、メルリガン王国の第二王女リネット姫であった。

 もちろん屈強な近衛騎士の護衛が五人、辺りを警戒している。


 あちゃー、ついに来てしまったか。


「法律で王族は冒険者になれないと定まっているのです、恨むなら五代前の迷宮で討ち死にしたココリトス王子を恨んでくださいね」

「きぃぃぃっ、お父様に言って法律を変えてやるーっ!」

「変えてからいらっしゃってください」


 さすがレイラさん、王族相手に一歩も怯まないな。

 と思ったらもっと怯まない人間がいた。


「ごめんよう、姫さん」


 そう言ってピカピカの赤いドレスアーマーを着込んだ御令嬢がレイラさんに書類を出した。

 チャリチャリいっているな。


「あたしは問題無いだろう?」

「……、書類に問題はございませんね、ペネロペ・アルモンド侯爵令嬢さま」

「今度は鉄拳令嬢かよ」

「何事だこれ」


 フロルたち銀のグリフォン団のメンバーが両開きドアを勢い良く開け、そのまま固まり、こそこそと端っこを通ってこっちにきた。


「何あれ」

「プリンセス」

「は?」

「は?」

「はあ?」

「え、王女さま?」


 フロルたちは固まった。

 まあ、王族が迷宮都市に足を運ぶ事はほとんど無いからね。

 しょうがないね。


「赤いのはペネロペだな、あいつは?」

「冒険者登録してるよ」


「ペネロペっ!! どうしてあなたが冒険者登録できるのっ!! 私は出来ないのにっ!!」

「あたしは王族じゃあねえですからね」

「きいいいっ!!」


 リネット王女は地団駄を踏んだ。

 ロイヤル地団駄だ。


「私は、マレンツ博士とダンジョンアタックをしたいの、なんとかしなさいよっ!!」

「王様にねじ込んでください。はい、ペネロペさん、ギルドカードです」

「E級からなのか」

「どんな豪傑も、最初はE級からです」

「あい解った」


 ペネロペは冒険者カードを受け取るとこちらに向けてずんずん歩いて来た。


「私はペネロペという駆け出し冒険者なのだが、君よパーティを組まないか」

「どうも、ペネロペさん、今日はお父さんと一緒じゃ無いんですか?」

「父上は文句ばかり言うのでペトラガルドに置いてきた。私の目的はお前だ」

「そ、そうですか」


 私に気が付いたのかリネット王女が走ってきた。

 あいかわらずお転婆だなあ。


「マレンツ先生~~!!」

「リネット王女、お久しぶりです」

「お久しぶりじゃありませんよっ、デズモンド家を舞踏会に招待したら、先生は廃嫡されているし、もう、探したんですからねっ」

「す、すいません」

「おお、さすがの無敵の【着火】マンもビビってる」

「そりゃあ、王女さまに、鉄腕令嬢だからなあ」


 フロルが私の袖を引いた。


「な、なんで王女さまと気安いんだ?」

「ああ、前に家庭教師をしていたんだよ」

「そうですよっ、あの時言ったじゃないですか、デズモンド領が嫌になったら王宮に来て下さいねって」

「いやあ、本気とは思いませんでしたよ」


 ペネロペがしれっと、私たちのテーブルに座って親父を指で呼んだ。


「朝食をくれ」

「あ、あいよ、アルモンドのお嬢さん」

「ふっ、やめてくれ、私は冒険者のペネロペだ、隣の領で、この都市を虎視眈々と狙っている父上とは関係が無い」

「へ、へい」


 王女さまもテーブルに勝手に座った。


「おじさん、私も先生と同じ物を」

「……、あの、大した料理じゃあありませんぜ、お口に合わなかったら打ち首とかは、無いですよね」

「無いわ、大丈夫っ、よく王都を抜け出して近隣の街でご飯食べてるし」

「へ、へい、わかりやした」


 オヤジは微妙な表情で奥に引っ込んでいった。


「この子供達は? マレンツと親しいようだが」

「お、俺はフロル、銀のグリフォン団の団長だっ! そしてハカセは団員だ」

「おー、小さいのに冒険者なのか、いいな、私も団に入れてくれ」


 フロルの目が泳いだ。


「だ、だめだ、敵国のお嬢さんを団に入れるのは筋が通らねえっ!」


 ペネロペは机を叩いて爆笑した。


「いいな子供、フロルか、うん、気に入った。将来アルモンド侯爵軍に入らないか」

「いやだ、俺は冒険者になって、大陸一の剣士になるんだっ」

「おー、いいねえ」


 ペネロペは愉快そうに笑ってフロルの頭をポンポンと叩いた。


「子供と一緒に冒険なさっていらっしゃるの?」

「はい、パーティに入れて貰って、主に草原で薬草採りをしてますよ」

「ああ、それで、この前草原に居たのか」

「そ、そんなマレンツ先生ともあろう人が、子供と薬草採り……」

「色々な発見があって楽しいですよ。もうすぐD級に昇格して、やっと迷宮に入れます」

「まだ、迷宮に入ってないのですか?」

「ちゃんと本式の冒険者としての手順を踏もうと思いまして」

「狙いは? マレンツ」

「最下階にあるというアセット魔法にアクセスできるというタブレットだよ」

「おお、でっかく出たな、さすがは将来の我が夫、マレンツだ」


 ペネロペは、きゅっと笑みを深くした。

 なんというか、こいつは令嬢のくせに本気の武人という感じで風格があるな。


 足を震わせながら、酒場のオヤジが、王女とペネロペへ朝食セットを持って来た。


「あっはっは、不味いなオヤジ、これは不味い、うんうん」

「ペネロペは口が奢っているのでは無くって、まあ、食べられる味よ」


 まあ、普通の味だね。

 ソーセージエッグにパンなので、それほど調理の腕が必要な物でも無いし。

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