第17話
別に秘密の場所というわけではない。
ユリウスからそう教えてもらったメイベルは、昼食後に興奮気味にロレッタに植物園のことを話した。
「すごいのよーロレッタ知っていた?離宮と本宮殿の間にね、楽園のような、いいえ、あれは楽園そのものだわ、すごい場所があったの」
「はぁ、そうでございますか」
ロレッタはやはり鉄仮面で、少しも興味がなさそうだ。
どんな場所だったのか、少しも気にならないのだろうか。
メイベルは少し悔しいような心持になって、あの自分の興奮をどうにかして伝えたいと躍起になる。
「本当にすごいのよ、もう秋だというのに、冬の足跡も聞こえてくるようなこんな肌寒い時期にそこは常春のようにとても暖かいの。それでね、木々は青々としていて、その上をとても綺麗な色をした鳥たちが飛び回っているのよ」
「あぁ、植物園のことでしたか」
また顔色一つ変えず、冷戦な返事が返ってくる。
元々アンネ妃に侍女として仕えこの場所で長年働いていたロレッタだ。
知っていても全く不思議でもないのだが、秘密にしておきたいような場所のすばらしさを分かち合いたいと思って打ち明けたのに、このそっけない対応はあんまりだ。
身勝手な感情ではあるのだが、メイベルの気持ちはおさまらない。
(うーん、でもユリウスはお客さんが来たことないって言ってたよね、じゃあ)
「あのね、その植物園の園長さんがまたすごいのよ!私と同じ年ぐらいの男の子なんだけどね、一人で植物園を管理しているの。全部任されるなんてよっぽど優秀なのね。ユリウスっていうのよ、この帝国に来て初めてのお友達だわ」
ロレッタは数年もの間ペンハット家で働きこの場所を離れていた。
ならユリウスのことは知らないだろう。
そう思って言ったというのに。
「あぁ、ユリウス様とご対面なさったのですか、姿をお見掛けしないと思っていたら植物園におられたのですね」
ロレッタから返ってきたのは予想外の返事だった。
それに、ユリウス、様、様というのが気にかかる。
彼は植物園の園長ではないのだろうか?ひょっとしたら帝国の貴族の子息、あるいは皇族の一員にからかわれたのだろうか?
「ねぇ、ロレッタ、ユリウスはもしかして植物園の園長ではないの?嘘をついていたの?」
メイベルの問いに、ロレッタは首を振る。
「いいえ、ユリウス様が園長というのは間違いではないと思われます。あの植物園はあの方のために作られた場所ですから、私がこの宮殿を去った後に完成しましたから実際にどのような場所なのかは存じ上げないのですが」
(ユリウスのために作られた?ということはやはり彼はこの宮殿の、皇族の一員、王子の一人なのかしら)
「へぇ、じゃあ昨夜お会いしたトゥーラ王女の弟君?王子様なの?」
「いえ、ユリウス様は王子ではございません」
ロレッタはまたも首を振る。
「それなら彼は何者?」
「ユリウス様はトゥーラ王女、そしてテュール王子の叔父君にあたります。今の皇帝陛下の弟君で太弟という御身分です」
「ええーっ!」
どう見ても自分と同じくらいにしか見えないあのユリウスが王子や王女の姉、目の前のこのロレッタといい帝国には不老不死の妙薬でもあるのかと思うくらい年齢不詳な人が多いのだろうか。それともメイベルに見る目がなさすぎるのか。
疑問符のような眼になって、メイベルはほおっと溜息をついた。
「はぁ、私ったらてっきりユリウスが同じ年ぐらいの子だと思ってしまったの。だってどう見ても中年には見えなかったもの。だから普通に同年代の子に接するようにお話ししちゃったけれど、そんな目上の、年上の人だったのならずいぶん失礼な態度をとってしまったわね」
「いえ、間違いではありませんよ。言葉遣いという点では私はその場にいなかったのでわかりかねますが、ユリウス様はメイベルお嬢様と同じ、今年十八歳におなりです。トゥーラ王女の一歳年下でテュール王子の一歳上ですわね。まぁテュール王子は一月生まれですので、数か月違いですが」
「えぇっ!」
その答えに、メイベルは二度驚く。
さすがにあの姿で中年ということはなかったが、姪より年下の叔父とは。
それともうひとつ、さりげなく驚いたのはあの大人びた容姿のテュール王子が自分より一歳ではあるが、年下という衝撃の事実だった。
「はぁ、帝国の皇帝様はずいぶんとお若い後添えの方をお迎えになったのね」
考えてみれば、これは別に驚くようなことでもないのだ。
公国でも夫人を亡くして若い後添えと再婚する金満貴族はざらにいると、スージーが教えてくれた。実際スージーにも貴族ではないが金持ち商人からそんな話が来たことがあり、金歯でピカピカのおやじと結婚するなんてまっぴらだと必死で断ったと笑いながら言っていた。
帝国の皇帝となれば金満貴族どころではない。
娘を後添えにと望む貴族は、それこそ山のようにいることだろう。
「いえ、皇帝陛下は再婚はされておりません」
「えっ、じゃあ?」
「これ以上はゴシップのようになってしまいますから、ユリウス様ご自身のお許しがない以上私からはお伝えできません」
ロレッタは、それきり貝のように口を閉ざしてしまった。
(それもそうよね、あたしだってペンハット家に戻ってくる前はマリネット母上、母さんと一緒に南方の外国で過ごしていたことになっているもの、もしその間は何をしていたかとか聞かれたら困ってしまうわ、確かに南方に行ったこともあるけどずっと海の上にいたんだもの。事情は違うけれどあれこれ聞かれたくないというのは同じだわ)
翌日にはまたユリウスと会う。
その時は、何の気兼ねもなくまた楽しくお話ししたい。
そのためにはロレッタの言う通り、ゴシップとも捉えられかねないような話というのは聞くべきではないのだ。
メイベルはそう納得し、ユリウスが案内してくれるというまた別の場所を楽しみに想像することにした。
(植物園と同じくらい驚く場所、何だろうなぁ、動物?鳥以外の動物がいっぱいる場所かしら、わー、そうだったら面白いわ!よし、明日はキッドとビーも一緒に連れて行っちゃおう!)
そんなメイベルの想像は、当たらずも遠からずだった。
植物園の入り口で待ち合わせて向かった先、そこは一面ガラス張りの水槽で水の上でずっと暮らしていたメイベルでも見たことのないような珍しい魚たちがすいすいと泳ぎ回っていた。
「わぁ、すごいわね、魚の居場所って海だとばかり思っていたからこんな宮殿の中にいるなんて、すごく不思議だわ、うん、私の想像とはちょっとだけ違っていたな」
「へぇ、どんな場所を想像していたの?」
感嘆しつつもちょっぴり悔しそうなメイベルの様子を見て、ユリウスはいたずらっぽくふふふと微笑む。
「えーとね、動物がいっぱいいると思っていたのよ、海の生き物じゃなくってね、陸の生き物が」
「陸の生き物、珍しい言い方をするんだね」
「うん、あたし海育ちだから!」
「海、育ち?」
しまった、そう思ったときは後の祭り、ユリウスが怪訝そうな顔でこちらを見ている。
ごまかさなくては、何とかして話をそらさなくては!
「あっ、そういえばユリウスってあたしと同じ年なのに王子や王女の叔父さんなんだってね、すごく若いよね、あたしの伯父さん、今はお父様なんだけどね、もうすっかり中年なんだよー」
目の前のユリウスの顔がみるみる曇ってゆく、余計なことを言ってしまった。
慌てふためいてももう何を言っていいのやら分からない、まごまごするメイベルにユリウスは悲し気に微笑んだ。
「そうだよ、僕は皇帝の庶子なんだ。皇太子の弟ではあるけど、王子ではない。平民でもない、みんなどう呼んでいいかわからないから太弟って言う。自分でも自分が何なのかよくわからないんだ」
「あっ、あのねユリウス、あたし!あたしはね、海賊の娘なの!」
「えっ」
ユリウスの悲しく消え入りそうなその笑顔を見ていると胸がぎゅうっと締め付けられるようになって、メイベルの口からは思わず自分の真実が飛び出してしまっていた。
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