第14話
王子がどうだとか頓珍漢なことを言っていたし、どうせお城というのも何かの勘違いなのだろう。そう思いつつ迎えの蒸気自動車に乗り込んだメイベルだったが、ほんの十数分で行き着いた目的地は確かにお城であった。
(うわー、あの蒸気自動車とかいう乗り物にも驚いたけど、これもまたすご過ぎ、外から見ただけでも公国の大公様のお城よりずっと大きいわ。一体どんないきさつであたしがここに滞在することになったのかしら)
まごまごするメイベルをよそに、ロレッタは荷物を抱えてさっさとお城の門の中へと歩を進めてゆく。
「メイベルお嬢様、何をぼーっと呆けてらっしゃるのです。ここは帝国の離宮、王子殿下の居住用に用意されたのですが、この度お嬢様用に迎賓館として使われるそうです。同じ敷地の中に王宮もありますが、もうこんなお時間ですからご挨拶は明日ということにして、まずはお部屋に参りましょう」
ロレッタは勝手知ったる我が家でもあるかのようにずんずんと中へ中へと入ってゆく。
(ロレッタ……ずいぶん詳しいのね、やっぱり始めて来るんじゃなさそう。でも公国のメイドであるロレッタがどうして?部屋に着いたら、いくら鉄仮面で対応されても問い詰めなくちゃ!)
そう決意したメイベルであったが、部屋についてベッドの上に座るとこてんと仰向けになりそのまま眠りに落ちてしまった。
こうして、メイベルの長く長く、でもあっという間の一日は終わりを告げた。
雲の上にいるようなふんわりとして体を包み込むようなベッド、初めてのその感触が体に安らぎを与えたのか、はたまた疲れすぎていたからなのか、メイベルがやっと起きたのは翌日の昼過ぎのことだった。
ううーんと大きく伸びをして目を開けると、真っ先に目に入ったのはロレッタの冷ややかな視線だった。
「メイベルお嬢様、もう昼の一時半でございます。さすが天衣無縫のお嬢様、始めてお度ずれた国の、初めてのベッドでここまで熟睡されるとは、このロレッタ感心しきりでございます」
言葉通りに受け止めてはいけないことは、その抑揚のない平坦な言葉で分かる。
でも仕方がないではないか、いろいろとあってメイベルは疲弊しきっていたのだ。
「あーごめんなさいね、でもこのベッドすごく寝心地がよかったわ」
「えぇ、そうでございましょう。こちらは帝国の御用牧場で飼育されたガチョウの厳選されたフェザーで作られておりますからね」
やはり詳しい、詳しすぎる。
「ねぇ、ロレッタ、あなた何故この国のことにそんなに詳しいの?あなたっていったい何者なの?」
「私は、もともとこのノールレンゲボーグ帝国の皇太子妃であらせられるアンネ妃殿下の侍女だったのです」
「えっ!」
また鉄仮面で話をそらされるのだと思っていたメイベルはあっさりと白状されたことに拍子抜けしたが、それ以上にその真実に驚きを隠せなかった。
「皇太子妃の侍女なんてすごいじゃないの!侍女のトップといっても過言じゃないわよね。それなのに何で公国の、それもペンハット家のメイドをやっていたのよ!」
ペンハット家も歴史のある貴族の家柄ではあったが、子爵とは貴族の身分の中でも上から四番目、いや下から二番目といった方が早い。
領地も港周辺のみで、公国の貴族の中ではさほど裕福というわけでもない。
わざわざ異国の、それも上位でもない貴族の家に帝国の元皇后の侍女がメイドとしてくる。
何があったらそういうことになるのだろう。
「女性に年を尋ねてはいけませんよ」出会った頃にそう言われて以来、訊くことができずロレッタの正確な年齢をメイベルは知らないが、見た目から受ける印象はメイベルとさほど変わらない、せいぜい二、三歳年上といったところだろう。
その若さで何故?と考えてメイベルの脳裏にはたとある考えが浮かぶ。
(妃殿下とかそういう偉い人の侍女ってそれなりの中流の家柄の子しかなれないって聞いたことがあるわ、だとするとロレッタも帝国のそこそこのお家の娘さんで宮殿に上がったけど、何か失敗でもしちゃって罰として家でメイドやらされてたのかしら)
うんうんとあれやこれや想像をめぐらしているメイベルの顔を、ロレッタはいつもの冷ややかな目で見つめてはぁっと吐息を漏らした。
「何か妙なご想像をされているようなお顔をされておられますが、恐らくそれは見当違いでございます。私がペンハット家でお勤めしていたのは公国と貿易をしている叔父の口添えであり、懲罰などではございません」
どうして自分が考えていることがわかったんだろう。
メイベルが目をきょろきょろさせていると、ロレッタはパンっと手を叩いた。
「そもそも私がペンハット家のお屋敷に参ったのは皇后妃殿下のご子息、第一王子であらせられるテュール王子に命じられたからなのです。メイベルお嬢様、あなた様の消息を知るためにと、私があちらに行きましてから半年後という思いのほか早くお会いすることができましたが」
王子、またこの言葉が出てきた。
何故王子が自分について知りたがるのか、メイベルにとってどうにも理解ができない。
しかも、ペンハット家に来る前といえば、まだメイベルはダイヤモンド号に乗って海の上で暮らしていたのだ。
王子が自分のことを知っているわけがない。
「どうして?会ったこともないのに、なんであたしのことが知りたいの?」
あまりに困惑して、いつもは口に出さずにいるあたしという一人称がつい出てしまう。
「お会いになったことはありますよ」
このロレッタの言葉にも納得がいかない。
「ないわよ!公国の王子様のことだって見たこともないのに」
「いえ、会ったことも触れあったこともございます」
「だから、ないって!」
「教会で手に手を取り合って一緒にお逃げになったでしょう。あれがこのノールレンゲボーグ帝国の王子、テュール殿下ですよ」
押し問答になりかかっていたところにロレッタがとどめを刺した。
手に手を取って、というのは話が誇張されてはいるが、一緒に逃げたのは真実だ。当事者であるメイベルがそれは一番よくわかっている。
「あれ……王子様だったんだ。あた、私、とんんでもないことしちゃったのね。でも手に手を取り合ってというのは話を歪曲しているわ、私は腕を引っ張られたんですもの」
「あら、そうなんですか。そのころ私は教会の裏でメイベルお嬢様の荷物の入ったトランクを持ってスタンバイしていたものですから、人々の声でしか知ることができませんでしたの。どうやら今日の公国の新聞には帝国の王子と公国の令嬢の秘められたロマンス、愛の逃避行、などという記事が出たようですが」
「ええっー!」
いくら何でも誇張が過ぎる。
何しろ、テュール王子とメイベルはあの時が初対面だったというのに。
「しかし、あのような事態になるとは少々予想外でした。最終手段として準備はしていたものの、異議申し立ての手紙を何度も教会に送っていたものですから当日までに中止になると思っていたのです。どうやらお嬢様に浮いた噂が一つも無かったので、怪文書として処理されてしまったようですね」
「どうしてそんなことしたのよ!」
「いえ、私の役目はしかるべき時にメイベルお嬢様を帝国にお連れすることでした。しかしあれよあれよという間に婚約が決まってしまい」
「だからどうして!」
「それは私の口から申し上げるべきではないかと、いずれお知りになることがあるでしょう」
一つの謎が明かされればまた次の謎、メイベルは出口のない迷路に迷い込んだような心持になった。
「でも、どうして王子のためにそこまでするの?」
「私は妃殿下の侍女でありましたが、同時にテュール王子のガヴァネスもしていたのです。幼いころから見ていたものですから、何とかお力になりたいと」
鉄仮面のロレッタの頬がほんの少しだけ緩んだ気がしてメイベルは目を疑ったが、それ以上の驚きが胸を襲う。
(テュール王子ってあたしより年上だよね、その王子が小さいころから?ってロレッタっていったいいくつなの?)
謎は深まるばかりだ。
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