4.強い人、弱いもの

「……で、まあ。予想はしてたけどここだよな」


 結葉に連れて来られたのは、案の定ブレードを存分に振り回すことのできる道場だった。


「さて! パーツ交換ってどれくらい時間がかかるんでしょうか、二時間くらいですかね!」

「そうだな。そんくらいだと思う」

「なら十分やり合えますね!」

「嫌だ」


 上位の選手ならもっとすごい戦い方をする奴らはたくさんいることを知っている。もちろん、俺は自分の力量は理解しているつもりだが、こいつには勝てないと思う試合を見ることだってある。

 それに、俺の立ち回りを完璧に上回るプロ剣士を少なくとも一人は知っている。知っていると言ってもテレビで見たことがあるだけだが、倉田命という刀演武士は相手の攻撃を全ていなして数回の攻撃で試合を終わらせる展開をよく見る。


「あんただってプロなんだ。プロでも、まして学園生でもない一般人を相手にそんなに拘ることはないだろ」

「結葉でいいですよ。それと、プロかそうじゃないかなんてどーでもいいんです。強い人が偉い!」

「そいつはまた結葉らしいな……」


 これでも結葉の出ている番組なんかはわりとちゃんとチェックしているつもりなので、結葉が本当に強い剣士のことが大好きなことは知っている。知っているが、まさか一般人にまでこういうことを言ってくるとは思わなかった。


「ところで、あなたのお名前は?」

「……はぁ。硲燈矢はざまとうや。同い歳だから気を遣うことないぞ」

「わぁ! 同い歳だったんだ! じゃあこれからよろしくね、燈矢くん!」

「お、おう……いやよろしくしないぞ!?」


 あまりにもかわいすぎたので流されかけた。ちょっとかわいすぎないかこの生き物、保護した方がいいと思う。危なっかしいから。


「あんまその辺の人にちょっかいかけんのは良くないぞ。何されるかわかったもんじゃないからな」

「えっ?」

「あー、おーけ、わかってないな。俺も結葉のファンなんだ、そういう人いっぱいいるだろ」


 もちろん俺はただ応援したいタイプの人間なのでこれ以上の関わり――というかここまでの関わりも求めていないのだが。

 そんな俺の心配なんて気にも留めずに、結葉は道場の利用を始めようとしている。


「あ、ブレードないや。すみません、レンタル用のブレードって置いてますか……? 今修理中で」

「すみません、今は全て貸出中で……本当にすみません」

「ああいえいえ! えぇ、困ったなぁ……」

「どの道交換中は暇だろうしなぁ。一旦うち来るか? ブレードならあるぞ」

「ほんと!?」


 俺のは結葉にはだいぶ重いだろうけど、紡の予備があったはずだ。勝手に使ったら怒るかもしれないけど、あの桜庭結葉が使ったなら許してくれるだろう。とはいえ無断で使うのも申し訳ないので、メッセージは送っておこう。

 徒歩で十分ほど。およそ一時間ぶりに帰ってきた家だ。ポロアパートの一室を錆びた鍵穴が守っている。


「おじゃましまーす」

「お茶くらいは出すぞ」

「あ、大丈夫。すぐに打ち合うんだから」

「しないけどな?」


 ブレードを置いてある部屋まで案内する。いつもは紡のが二本、俺のが一本だけあるが、紡の相棒は学園に持って行っているので、今は三本のブレードだけが置いてあった。


「そういえば、結葉は予備のブレードとかないのか? いつもあの柄だし」

「あるよー。でも、やっぱり使うなら相棒がいいから」

「その気持ちはめちゃくちゃわかる」

「燈矢くんのもめちゃくちゃかっこいい! ごつくて強そうだなぁ。こっちの鞘付きのブレードもいいなぁ」

「うちの妹はどうしても鞘付きがいいらしくて」


 ブレードは実際には刀ではない。基本的には専用のケースに入れて持ち運ぶため、鞘なんてものは必要ない。また、基本的には玉鋼などより軽い素材を使うため重心の調整も用意で、鍔も必要ない。しかし、こだわりとして鞘や鍔なんかを付ける選手もいる。紡はそのタイプだ。


「これ、借りてもいいの?」

「大丈夫だと思う」

「ほんとかなぁ」


 そんなやりとりをしていると、紡からメッセージの返信があった。


「大丈夫だって。こっちは滅多に使わないから、折れたりしなければ」

「ほんと? やったぁ。あ、燈矢くんのも持って行っていいかな? 大きいブレードって使うことないからさぁ」

「好きにしてくれ」

「やったっ! うわっ、おっも……」


 ケースにしまってブレードを手渡す。それだけで楽しそうにする結葉からは本気で刀演武が大好きなんだと伝わってくる。こんなところまで俺を探すために来るくらいだからわかってはいるんだけど。


「ね、ね、これはー? このブレードは? ていうか妹さんが持って行ってるの含めて四本もあるんだね」

「そいつはいわく付きだ、やめといた方がいい」

「そなんだ。わかった、じゃあ置いとく」


 素直に諦めた結葉は、俺のブレードを持ち上げて楽しそうに笑った。


「えへへー、こんな重い刀を使える燈矢くんは絶対強い!」

「剣が重かろうが別に関係ないだろ。イキって癖の強い刀使うやつだって大量にいる」

「燈矢くんはイキらないでしょー? あんなに強いのに威張らないじゃん。多分、わたしより強い」

「だからそんなことないって」


 なんて頭の固い女なんだこいつは。どうしても俺と打ち合わないと気が済まないといった風だ。

 結葉の力量はある程度知っている。テレビで見ただけだが、今となっては格下の朝霞柚に対しても全力を出しているように見えた。もちろん、手の内を全て晒しているというわけでもなさそうだが。俺がこれほど拒んでいるのは、適当なところで全力を出して怪我をするような真似はしないでほしいという理由もある。主な理由は紡以外のためにブレードを振りたくないというものに変わりはないけど。

 歩いて道場まで戻ると、予約扱いにしてスペースを取っておいてくれていた。


「連日すいません、ありがとうございます」

「今後ともどうぞご贔屓に。紡ちゃんの活躍は聞いていますからね、応援しています。もちろん、燈矢さんが再び剣を握るのであれば、燈矢さんのことも」

「……それはないっすかね」

「残念です。プロの刀演武士の桜庭さんと来たので、てっきりもう一度やる気になったのかと」

「そうできたらよかったんすけどね」


 話している間にも結葉は紡のブレードを楽しそうに振っている。子どもみたいだ。でも、今の話を聞かれたら間違いなく掘り下げてくるので聞かれなくてよかったと思う。


「えー、これかっこいいなぁ。使えたら絶対かっこいい!」

「妹はたまに居合みたいなのやってるよ。初めて見たときはあの速さには俺もびっくりした」

「居合! かっこいいよねぇ。妹さんともお手合わせしないと」

「妹さんともっていうか、俺はしないからな」

「なんとでも言ってていいよ。すぐにやる気にさせてあげるから」

「そーかい」


 何度も打ち合ったであろうかかし練習機と楽しそうにブレードを交わす結葉は子どものようで、でも確かな強さを感じさせた。

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2024年12月3日 10:00
2024年12月4日 10:00
2024年12月5日 10:00

刀と舞う燈と、結い踊る春の庭 神凪 @Hohoemi

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