3.理想の先に見たあったもの
「んじゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい。気をつけて」
「おう」
一つ下だが紡は随分しっかりしているし、家のことはある程度任せても大丈夫だと思える。それに、年頃の女の子なのであまり兄に干渉されるというのも面白くはないだろう。
部屋を出て階段を下りたところで、ボロアパートの前を掃除をしている婆さんと会った。
「お、大家さん。おはざす」
「ああ、クソガキ。今月の家賃払っとくれよ」
「うるせぇなクソババア滞納したことねぇだろうが……」
「いってらっしゃい」
「っす。いってきます」
向かう先はブレードの工房。とはいっても客として行くわけでは無い。アルバイトとして雇ってもらっているのだ。
工房と呼ばれることが多いものの、刀鍛冶を行うわけではなく機械の組み換えをしたり刃を研ぎ直したり、やることは修理屋という方が近いかもしれない。
店に着くと店のシャッターはもう開いていた。小さな店に一人のおっさんがぼさっと座っている。
「おはざーす」
このおっさんはこの工房の店長。昔は刀演武で活躍していたらしい。
中は金属の匂いとやたらうるさい金属音がこだましており、少しだけ蒸し暑い。
「お、来たか。昨日の試合、圧勝だったじゃねぇか。さすがお前の推してる剣士だ」
「あれはもっと伸びますよ」
見てればわかる。桜庭結葉はもっと強くなる。負けた試合はもちろんのこと、勝った試合でも何か一つは確実に収穫を得ている。そんな剣士が強くなれないわけがない。
「んで、お前もそろそろ剣を握る気になったか?」
「なんないって。俺には紡がいるんで」
「かー、もったいねぇ。あんなにも刀を振んのが好きだったガキが」
「んな事言ってもなぁ」
俺のやりたいことは紡が継いでくれている。それなら、俺は紡がやりたいことをできるようにアシストしてやるのが役目だ。突然いなくなりやがった両親の代わりに俺がしてやれるのはそれくらいしかない。
壁に飾ってある試作品のブレードを手に取る。少し前までは俺も、こうしてブレードを当たり前に握っていた。
「そいつはどうだ? 新作だ。あまりもんで作ったもんだけどな、機能としては問題ねぇ」
「軽い刀は俺には合わねぇっすよ。あ、でも紡にならいいかもしんないっすね」
「んじゃ持って帰れ」
「いや。まだあいつのブレードも元気なんで、大丈夫っす」
「素直に受け取れってんだ、ったく。まあいい、今度紡ちゃんが来たときに押し付けるかな」
「正しい使い手が買うまで飾っときゃいいじゃないすか」
細くて軽い、超軽量型のブレード。機能的に問題がないのかはわからないが、従来のブレードに比べて極端なほど細いのが特徴的だ。刺突への応用も利かせやすいのが利点だろうか。
ブレードは霊力を用いてアーマーを展開することができ、かつ刀が原型であると判断できればその形状を定められることはない。最も流通している標準的なブレードは江戸から受け継がれた刀の形状を基準としたものだが、俺はそれより太く重いものを使う。理由はその分一撃が重くなるからだ。
もちろん、細い刀にも利点はある。アーマーの性質上一撃で致命傷を負わせることは難しいため、刀演武では幾度もの攻撃が必要になる。小ぶりなブレードであれば小回りが利くため、その分素早く攻撃を繰り出したりカウンターに転じたりすることが可能になる。きっとこのブレードを求める剣士もいるはずだ。
「すみませーん!」
「ん、客か? 早いな……」
「暇なんで掃除でもしときますね」
「すまんな」
客から注文を受けるのはこの人がやってくれる。ブレードの分解だったり修理だったりは一人じゃ手が足りないから俺が手伝うことになるけど、基本的には俺のやることはそんなに多くない。給料泥棒である。
「はぁ!? あ、あんた……つか、ここまでの刃こぼれ……」
「お、刃こぼれか」
となれば俺の出番もある。よかった、ただの給料泥棒にはなりそうにない。
「ん、まあとりあえず中で見させてもらっていいか?」
「もちろんです!」
しかし、どこかで聞いたような。どこかで、というかものすごく最近聞いた声な気がする。
店長が招き入れた人は、青い髪を靡かせて工房をきょろきょろ見回して楽しそうにしている。見覚えのあるブレードケースからブレードを取り出すと、それをぎゅっと抱きしめた。
「もうこの子も長いのでぼっろぼろで……」
「あー!」
「……あー!?」
桜庭結葉。大ファンだ、見間違えるはずがない。声で気づきたかったが、ありえないという気持ちが強すぎて咄嗟にはわからなかった。
「すみません! お願いしたいことがあります!」
「えっ、うす、ブレードの点検すよね」
「そんなの後回しでいいです!」
「えっ」
さっきまでめちゃくちゃ大事そうに抱えていたブレードを構えると、昨日の試合のときと同じようなきらきらした瞳でこちらを見てきた。
「ぜひ! お手合せをお願いします!」
「……はぁ!?」
「昨日の見てたら只者じゃないなって……ぜひ!」
「いやいや絶対人違いだろ!?」
桜庭結葉と会うのは初めてだ。やばい、めちゃくちゃかわいい。なんだこの瞳かわいすぎだろ。
ではなく。昨日のと言われても会うのすら初めてだし、彼女の言うことが理解できない。只者じゃないというのもおそらく刀演武についてのことだろうが、もちろん心当たりはない。昨日は結葉の試合の後しかブレードは握っていない。
「昨日! 道場で妹さんと相掛かりをしていましたよね! すぐそこのところで!」
「……えっと、してましたけどなんで?」
「たまたま居合わせたんですよ。妹さんの型は早く打ち続ける型だったのに、それを全部一歩も動かずに受け止めちゃって! それからそれから、最後もすっごい一撃を構えてましたよね!」
「ははっ、なんだ。それなら気のせいだ。妹がまだまだだからそう見えただけだよ」
なるほど、あの場に居合わせていたのか。試合が終わって一時間、確かにちょうど会場からここまで歩くのにかかるくらいの時間だ。試合の後くらいは身体を休めて欲しいと思うけど、温まった身体はなかなか冷めてくれない気持ちもわかる。
「わたしの目に狂いがあるって言うんですか!」
「そうだって」
「そんなっ!? あなたを探すためだけにここまで来たというのに……」
「えぇ……」
なにそれめちゃくちゃ怖い。なにその執念、やめてほしい。
紡のため以外にもうブレードを握るつもりはない。大変なんだ、紡のためなら自分の理想なんてもんは捨ててやる。そう決めたから、たとえ大好きな桜庭結葉の頼みであったとしてもブレードは振らない。
うちには両親がいない。だから、紡のことは俺が守らなければいけないんだ。
「でも、紡ちゃんが八咫学園の学年トップ三十に入ったって言ってたじゃねぇか。紡ちゃんも強いんだろ?」
「学園でも十分な戦績じゃないですか! ほら、あなたも強いはず!」
「おっさんてめぇ……」
八咫学園は刀演武の才を磨くために創設された、国内有数の学校である。一学年は五千人を超え、学年で三十番以内にいる生徒はプロの剣士としての活動を目標としたプロジェクトへの参加資格を得ることができる。全員がプロになるわけではないが、この八咫学園からは多くの刀演武の関係者が排出されている。
紡の成績はかなり優秀な方であり、勉学も剣の腕も同年代の子と比べれば飛び抜けて高い能力を持っている。現在も八咫学園の二年生として在籍している結葉ならわかるだろう。夏休みからはプロジェクトにも参加予定だ。
「いいじゃないですかー、そのブレードも……あれ? 昨日のと違う……というかそれかわいいですね!」
「お、今ならなんと……いくらだ、おっさん」
「九万八千円」
「うっ……でもブレード買い替えとしてはお安い方……買いたい……」
「……パーツの交換でどうだ?」
「そんなのいいんですか!? やったぁ、この子も相棒なのでそれも悩んでたんですっ!」
「手間賃込みで四万だな」
「お買い得すぎる……! お願いします! えへへぇ、いい買い物したぁ」
ブレードは数多のパーツを組み立てて剣として成り立っている。アーマーに関するものは基本的に柄に埋め込んでいる核パーツであり、このパーツがとにかく高い。十万程度で変えるとなれば相当安い方ではあるのだ。
とはいえ、刀身の状態が悪いとアーマーを削る力も弱くなる。刃こぼれや状態が悪い場合は早めに変えておくのが吉だろう。こちらとしても処分をどうするか悩んでいたブレードを買い取ってもらえるのはありがたい。
「俺がやるよ。おっさんは……」
「いいや、こいつは俺の作品だ。分解すんのも俺がやる。てなわけだ、嬢ちゃん、こいつの相手をしてやってくれや」
「んな子どもの世話押し付けるみたいな……」
「はーい! では、行きましょう!」
「断る!」
そうは言ったものの俺は結葉の大ファンなわけで、ともすればお出かけをしようという誘いを断ることはできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます