2.最強の一撃を求めて
「あー、楽しかったぁ。柚ちゃんもお疲れ様!」
「負かした相手の控え室に来て言うことがそれ? お疲れ様」
元相棒であり先輩でありライバルの朝霞柚ちゃんは、やや鬱陶しそうにしながら笑った。次やれば勝てるかわからないというのは普通に本音で、手の内を全て知り合っているわたしたちは常にジャンケンをしているようなものなのだ。後出しは不利だけど。
だから、柚ちゃんが先に手を出しさえすればまだまだわたしは負ける可能性がある。それに、今回もルールもあるから勝てたようなものだ。
「これでプロになってからは三勝二敗! 柚ちゃんを追い越すのも近いかな?」
「自力の話ならもう追い越してるわよ……先輩だからって気を遣わなくて大丈夫。単純な剣の腕なら貴女の方がわたしよりずっと強いから」
「そんなことはないと思うんだけどなー」
「ふふっ。神秘を使えないこのルールでは、ということにしておいてあげるわ」
まだまだ柚ちゃんに及ばないところもたくさんある。後の先を読む力は柚ちゃんの方がずっと上だし、極端なスピードタイプやパワータイプにはわたしより柚ちゃんの方が強い。それに、今回のルールでは当然わたしが有利になるようにできているのだ。実際のところ、経験の差というのもかなり大きい。
「貴女は短所を認識するのは早いのに、長所を見ないのが良くないところ。向上心があるのは良いことだけど、長所を伸ばすことだって成長に繋がることだから」
「柚ちゃん……よし! ありがと! 今から特訓だー!」
「休みなさい馬鹿」
「えー、柚ちゃんも行こうよぉ」
「絶対に嫌」
フラれてしまった。
仕方ないので柚ちゃんと別れて近くの道場を探すことにする。刀演武が流行を迎えてから、この国では刀演武の道場が多く設置されるようになった。とはいえ師範や先生なんかがいるわけじゃなく、利用目的にぴったりの名称だったから道場と呼ばれることが多いだけで。基本的には二十四時までの営業が多いので、試合終わりにでも行けるのが良いところだったりする。
しばらくぶらぶら歩いてみると、ちょうど良い感じのこじんまりとした道場を見つけた。
「いらっしゃいませー。あら? 桜庭結葉さんですね。試合、お疲れ様でした」
「わーっ、ありがとうございます! 一時間お願いしまーす! あ、かかしもお願いします!」
「かしこまりました」
学習型練習用ロボットのかかし練習機。道場のほとんどは設置していて、打ち込んだ当人の動きと、プロの剣士やわたしの通う八咫学園の優秀生徒のデータなんかをブレードも使って投影した動きをしてくれる。もちろん本人には遠く及ばないけど、その動きは勉強になるものばかりだ。
「よぉし、やるぞぉ」
身体の熱は十分。他のお客さんもこの時間だと四人だけで、うち二人はペアで来ているみたいだし、スペース的にそこまで遠慮することもないだろう。区画ごとに区切り自体はあるけれど、この道場ではしっかりと個室を作るほどのスペースはなかったらしい。
かかし練習機にはプロ剣士の中でもかなり上位に当たる
「おうらぁぁぉ!」
溜まった熱を思い切りかかし練習機にぶつける。かかし練習機はブレードでそれを防ぎ、カウンターを狙おうとしてくるが、一歩引くとそれを避けることは容易だった。
「くぅ、今は落としたくない……!」
本来は強い人の技術を盗むためのものだし、こんなに全力で打ち込むべきでないことはわかっている。わかっているけど、やり足りない。
ひたすら打ち込んで、たまに来る鋭い斬撃は防いだり流したり、とにかく身体を動かしまくる。
『エラーが発生しました。機能を停止します』
「えぇ!? もう!?」
やりすぎ判定が来てしまった。まだまだ足りないんだけどなぁ。
「あ、そうだ! ……いやダメか」
何人かお客さんいるし相掛かり稽古でも、と思ったけど今の私だと怪我をさせてしまう可能性がある。それは良くない。柚ちゃんにはまだ及ばないけど、わたしは素人より確実に強いし。
「どこからでも来て、お兄」
「ああ。じゃあ、こっちから行くぜ!」
「おぉ……」
近くから声が聞こえてくる。兄妹で刀を交えているらしい。とっても素敵だと思う、いつかこの人たちとも戦う日も来るのかな。
わたしのクラスメイトにも兄妹で戦っている人はいるけど、その二人はいつも楽しそうだし。そういう関係は少し羨ましいと思ってしまう。
「おっらぁぁぁ!」
「ぐぅっ……まだまだっ!」
「また浅いぞ、俺の動きをよく見ろ」
「ふっ、本命はこっち!」
「バレバレだ」
「おおおぉ……!」
すごい。妹さんはまだまだ荒削りだけど、動作一つ一つはとても丁寧だ。ただ、技の威力は低くはないもののまだ少し足りないから、よりハイレベルな戦いで勝つためには打ち込み続けるためにかなりの体力が必要になってくると思う。とはいえ、学園生相手なら十分以上に通用するだろう。
だけど、それよりもずっとすごいのがお兄さんの方だ。妹さんの連撃をものともせず、一歩も動かずに耐えている。ぱっと見て威力が低いとは感じたものの、連撃となると全てを流すのはわたしでも難しいと思う。それを不動のまま全部受け流している。
「ここだ」
「あっ……」
「…………えっ?」
それまで完璧にさばいていたのに、急に動きを止めた。いや、ブレードを腰の辺りに構えている。アーマーで直接攻撃を受けたお兄さんは、妹さんの脇腹にまるで居合のような動きでカウンターを決めようとして、動きを止めた。
「……はぁ。また見切られちゃったか」
「まあ、これに関しては俺もお前の癖を知ってるからな」
「でも、軽い一撃を生まなければ返されることもないわけで」
「ただ、それを意識しすぎて一撃も俺に入ってなかったぞ。それじゃそっちがジリ貧だ」
会話に耳を傾ける。まさかとは思うが、あの一撃で妹さんのアーマーを削りきることができるとでも言うのだろうか。
確かに、刀演武は実際の殺し合いではない。怪我をすることこそあれどアーマーによって守られているし、原則ブレード以外を用いた体術による攻撃は禁止とされている。だから、多少のダメージ覚悟でのカウンターを仕掛ける剣士も多い。わたしもその類の戦い方はよくするし。
とはいえ。あれだけ真っ直ぐ相手のブレードを受け止めたということは、次の一撃は必殺の一撃以外に許されないわけで。
「でも、そんなのありえない……とも言えない……」
先程かかし練習機に入力した命さんは根っからのパワータイプ。一度だけ手合わせしてもらったことがあるけど、一撃貰っただけで沈んでしまった。というか、ブレードが折れた。実際に体験しているからこそ、そんな剣士がぽんぽんいて欲しくない気持ちもある。
でも、そんな一撃なら是非とも受けてみたい。よし、そうと決まれば。
「……って、あれ? どこに!?」
お声かけさせてもらおうと思ったのだけど、気がついたらいなくなっていた。
「……はぁ。仕方ない、かかしのデータ探してみよ」
それからしばらくかかし練習機にデータがないかを調べてみたけど、妹さんの方はいくつかデータが出てきたけれどお兄さんの方は一つもデータが出てこなかった。
そして翌朝、休日である。学校も休みで試合もないとなると、やることがなさすぎて一日道場にこもる日がほとんどだ。
服を着替えて、朝食を食べて。ブレードを持ってそれからお財布も忘れずに。
「……なんていくかぁ! 昨日の人、気になりすぎるって!」
そうしてわたしは、最強の一撃(だと思う)を受けるために昨日の道場に向かうことにした。
「……あ、刃こぼれ」
やっぱり先にブレードの修理をすることにした。
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