第21話 配達と旅行

 配達の日々に戻り、以前していた長い旅行中とはスケールが大きく違うが、毎日、色んな場所へ行くことへの小さな喜びが続く。

 荷物にお中元が増えてきている。普段は配達しない家にも訪れることが増えるので、いつも行く同じ町も、どことなく違って見える。

 やがてお中元の季節真っ只中になると、荷物の八割近くが贈答品となる。

 普段の荷物の受け渡しの雰囲気との微妙な変化は、贈答品の場合、荷物の中身よりも送り主の名前を見て相手のことを頭に浮かべているような表情になる人が多く、時には荷札を見ながら、 

「ああー」と感嘆の声を上げる人も多い。


 東南アジアからインドーパキスタンーイランートルコと陸路で東から西へ少しずつ行くと、少しずつ変化を感じた。

 街や人の眼の色、肌の色や服装、言葉の響きが少しずつイスラム色に染まり、少しずつ西洋色に変わって行った。

 ヨーロッパに入ると、狭い面積に多数の国家がひしめき合っている。東欧のハンガリー・ブダペストからロンドン行きのバスに乗り込み、一夜の間にオーストリア、ドイツ、フランス、ベルギーと次々に国境を越え、出発から二十四時間後にロンドンのバスターミナルに着いていた。

 アジア諸国では、国から国への距離はとても離れていて、丸一日程度では到底横断できない。気付いたのは、今僕達が当たり前に思っている国家という単位はヨーロッパで考え出されたということで、当該地域では僅かな差異をもとに細かく国家の線引きをするが、それ以外の地域はヨーロッパ人から見ると差異があまり分からないので、大ざっぱな国境線の引き方になる。

 アフリカ大陸などは、直線の国境線になっている。ヨーロッパは自分達でEUを作り上げた。国家というものの形もこれから変わっていくのかも知れない。

 

 営業所へ戻ると、お中元配達の忙しさの話題、年々ひどくなる暑さの話題となる。

 確かに、この暑さは異常だ。

 子供の頃は、冷房がなくてもどうにか我慢できた。今は冷房を入れずにいると知らない間に熱中症になるなど、命にも関わってくる。

 配達中も、こまめに水分を取らないと身体がだるくなってくる。夏の様子も昔と今とでは、いつの間にか、がらりと変わっている。

 地球温暖化が進んでいることが大きな要因のひとつだとされている。

 文明を発展させ、開発に開発を重ねた代償がこの地獄のような季節で、いわば、積極的で建設的な文化が災いを招いている。

 夏休みの計画を話す同僚達がいる。

「夏休みどこ行くか考えるのも、昔と違って、こう暑いと、いちいち熱中症の心配をしなきゃいけない」

との嘆きの声が聞こえる。

 そう言えば、幸之介と過ごす夏休みをどうしようか、と考える。

「息子さんとはキャッチボールとか、するんですか?」

と、いつか僕に趣味は何かとしつこく聞いてきた杉田から聞かれる。

「それが、しないんだ」

 幸之介もあまり球技が得意ではなく、また昔と違って、誰でも彼でもが野球をやってはいない。遊び場も、減っている。


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