第18話 妻と出会った頃

 同窓会は三次会の深夜二時頃まで及び、電車もないのでネットカフェで夜明かしすることにした。

 翌日は休みで、ついでなので実家へ行くことにしていた。妻も幸之介を連れて来る。ネットカフェでシャワーも浴びられるので浴び、ヒゲも剃って、リクライニングの座席を倒し、ブランケットにくるまって仮眠を取る。こんな夜明かしの仕方は長い旅行中以来かも知れない。

 僕が旅行していた二十代の頃にネットカフェが世界に広がり出したが、犯罪が多い関係で日本のように二十四時間営業の店のない地域がほとんどだったので、駅やバスターミナルのベンチで寝るのが常だった。逆に日本では駅やバスターミナルが夜中は閉まるので、そんなことができない。

 二十代で旅に出ていた頃は日本で将来生きていく可能性を考えられず、過去の自分を忘れ、日本を忘れたいと思っていた。

 しかし日本を出たからと言って、日本人である自分とは決別できない。むしろ外国にいると、ことあるごとに日本人であることを意識させられる。

 日本のパスポートを肌身離さず持っている。ないと、あちこちの国へ行くことができない。出入国の時や宿に泊まる時は必ず提示し、パスポート番号の記入をしなくてはならない。

 また、世界中どこへ行っても日本人に会う。それだけ日本人は世界的に見るとお金を持っているし、世界のあらゆる国へ行くことができる。

 欧米人は色んな国の人と交わり合うが、日本人は日本人どうしで固まる傾向があり、旅行者がよく訪れる街には大抵、日本人ばかりが集まる宿がある。

 外国にいても、気が付けば回りは日本人ばかり、となりかねず、意識の上で日本から出ることができない。もっとも、外国で会う日本人は初対面でも話しやすく、日本国内にいれば絶対に話す機会などないだろうと思われる年齢や職業が大きく異なる人達とも交流できる。

 旅行という共通の話題があることが大きいのか、日本の中では話し相手を選ぶが、海外では相手が日本人だというだけで会話が始まる。日本国内では第一印象で無口だと思われて遠ざけられることの多い僕が、海外ではそうではなかった。

 日本国内にいるのとは違い、日本語による情報が回りに溢れていないので話に集中できることも大きい。安宿のロビーやドミトリーの部屋では他にすることもなく、話だけに集中できやすい。

 はじめは旅行の話から入り、徐々に話題が広がり、多岐に渡っていく。そうしてじっくり人と話す時、自分は実は話が好きであることに気付く。

 妻とは旅行中、イスタンブールで知り合った。

 僕はアジアからヨーロッパへ向かう途上だったが、妻の方は三ヶ月の予定でトルコ、ギリシャを旅行していた。

 イスタンブールはアジア、ヨーロッパ、中東と様々な文化を同時に感じられる世界でも稀有な街で、長期滞在する旅行者が多く、日本人の集まる宿もある。

 その宿に僕は一ヶ月近くいた。長い旅の途中であまりにも居心地の良い街や宿に出会うと、しばらく動けなくなってしまうことがあった。

 妻のイスタンブールでの滞在期間は一週間程度だった。その間、何人かを含めて一緒に食事や観光へ出掛けたりと仲良くなり、イスタンブールからバスで三時間程度で行ける街へ二泊の小旅行へも行った。旅行中の僕は欧米人相手でも臆せず積極的に話していたから、ある程度頼もしく見えたのだろうか。

 日本へ帰って、宅配会社の寮へ入ると、その街に妻の実家があったことで、連絡を取り合い、会うようになった。会っても二人ともお金に乏しいので、一緒にご飯を作って食べるなどしていた。お互い寂しさを抱えていると、そんなことで心が温まった。

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