第17話 それぞれの記憶
森下は僕よりも遅く会場へ入って来た。
彼も交え、何となく、みんなとの会話となった。森下とは三年ぶりで、他のみんなとは、ほとんどが中学卒業以来で、三十年ぶりになる。
僕は普段と同じように、また昔と変わらず、あまり言葉を発さずに、ただ輪の中へ入って、みんなの話を聴いていた。
みんながする小中学校時代の話はそれぞれで、印象に残っていることが違うようで、こんなことがあったな、と言われても全く覚えていなかったり、反対に僕が鮮明に覚えている出来事をみんなが覚えていなかったりした。
僕は運動が苦手で、みんなからバカにされて卑屈な日々を送っていたイメージで自分の中学時代の思い出に蓋をしていたが、
「大平、お前、剣道部でがんばってたよな、あの頃からスポーツ得意だったっけな」
などと言われ、剣道部に入っていたことは事実だが、スポーツが得意だとはどうひっくり返ってもあり得ないことで、別人の話をしているのかと疑ったが、その相手は僕がスポーツを苦手としていたことはまるっきり忘れているか、あるいはなぜか全く知らないかで、いや、もしかすると僕が異常に気にし過ぎていただけだったのかも知れない、とも思わされた。
僕のことをよく知っている、と僕が思っている森下も口を挟まなかった。
みんな、そんなに細かいことは覚えていないのだろう。僕などは大勢の同級生の一人に過ぎず、単なる思い出の風景のようなものとしてみんなは学校を、僕を、他の友達を記憶しているようで、事実はそれぞれの解釈によって違ったものになっていて、思い出話をする時は互いの記憶の摺り合わせから始まった。
皆、想像以上の人生を送っているようだった。学者になっていたり、教授になっていたり、あるいは二度の離婚を経験していたり、一度服役していたり、外国に住んでいたりと、様々だった。
大学を出て知的な職業に就いている同級生と話をしていると、勉強していれば良かった、と思わされた。元々勉強は好きだったのだが、中学生頃に荒れた学校を背景に集中できなくなったように思う。
回りのことなど気にせず、我が道を行けば良かった。人の目など気にせず、したいことをしたいようにすれば良かった。こんなことをして、似合わない、人に見られたらカッコ悪いという意識が強過ぎた。
僕のことを運動が得意だったと記憶している同級生もいたのだから、誰も僕のことなど気にしていなかったのだ。自分が勝手に一人で思い込んでいただけで、人生、損した。
今になってそう思うが、その時には分からない。
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