第15話 同窓会

 森下は仕事の後、遅れて会場に着くらしい。

 僕もその日、休みを取ろうと思えば取れるのだが、わざと出勤にして、仕事が終わってから駆け付ける形を取って、忙しそうな演出を入れることにした。

 何となく、最初から参加する勇気がなかった。受付に行って名前を告げた時に、

「知らない」

とか言われたらどうしよう、と怯える気持ちがあった。席が決まっていて、仲が良くなかった連中に囲まれたらどうしよう、との思いもあった。

 勤め先の最寄りの駅から電車を乗り継いで約一時間。ちょうど開始時間から一時間遅れぐらいで会場のビルに着き、恐る恐る入った。

 エレベーターを六階で降りると、いきなり同窓会場で、目の前に立っていた白髪混じりの中年男性から

「誰?」

と聞かれた。

 大平、と名乗ると、相手は、

「大平!」

と叫び、満面の笑みを浮かべた。

 僕のことを知っているらしい。元同級生らしいが、僕の方ではまだ誰だか分からない。

 彼のことを中年男だと思う僕だが、ということは、僕も相手から見ると中年男性に見えているのだろう。

 「俺、大橋」

と言われて、やっと思い出した。

 当時の面影が残っていることも分かった。

 名前を聞かないと、誰だか全く分からなかった。別人になっている。皆、そうなのだろう。

「お前、マンガ描いてたよなあ!」

 大橋は握手を求め、嬉々として言う。

 彼とは小学校、中学校と同じクラスになったが、クラスの中心的存在だったことを思い出す。

 初めて同じクラスになった時、運動神経の鈍い僕は彼からはバカにされていて口をきくこともなかったが、僕が描くマンガを面白がってくれるようになり、やがて一緒に遊ぶようにもなった。

 小学校卒業間際にはとても仲良くなり、中学二年で同じクラスになった時彼はヤンキーがかっていたが、他のヤンキー連中が僕に嫌がらせをしたりする中、彼は僕に対しては何もしなかった。

「あのマンガ、まだ覚えてるよ」

と、僕が描いていたかたつむりに羽根が生えたようなキャラクターの特徴まで事細かく語ってくれる。僕自身も忘れていたのに。

 そう言えば今、偶然にも幸之介が似たような、かたつむりとホタルを合体させた感じの、殻を持っていて空をゆっくり飛べてお尻が光るキャラクターを作り出して、懸命に描いている。それを伝えると、何か感動したような表情になる。

「良いなあ、お前は。幸せだな。うちの子なんか、俺のやることに興味なんか持たないよ」

「いや、父親のすることに興味持ってるんじゃなくて、自分で勝手に描いてるんだよ」「そういうのが良いよなあ」

と、またしても感動している。

 会場に着いて、すぐに自分のことを覚えてくれている友達に会ったことで、来て良かったように思えた。

 会場内は座席が撤去され、広いスペースで皆が立ち話をしているような状態で、その中をうろうろしていると、また別の男性が声を掛けてきた。

 その顔には見覚えがあった。剣道部で一緒だった宮本だ。ちんたらした部だったが、顧問の先生が熱心で、練習内容は濃かった。だらだらしていたら、竹刀でぶったたかれた。

 当時としては当たり前のことで、バスケ部やバレー部でも男の先生が女子生徒のお尻を叩いたりしていたし、野球部ではビンタがあった。叩かれた生徒は、ありがとうございます、と言うのが常だった。

 ちまちました悩みなんかは、身体を動かして汗を流せば吹っ飛ぶことも確かだ。くよくよ、メソメソとなんかしていられない、というのが当時全盛の価値観だ。

 絶対的に正しいやり方、正しい行動というのが確固としてあり、全員をそれに合わせるように導き、個々人を矯正していく教育が普通だった。忘れていた思い出が、吹き出した。

 球技が苦手だから陸上競技か格闘技か、と自分なりに悩んだ結果、剣道部を選んだ。宮本が何人かが集まって話している中へ入って行って、

「大平が来たぞ」

と僕のことを伝える。

 彼らのうちの何人かは見覚えがあったが、中学時代に僕との関わりはそんなになかった、学校内では目立った連中で、僕はクラスの片隅にいた方だから、一瞥されて、

「知らない」

との声が聞こえた時、僕は目を逸らした。

 まあ良い、こんなこともある、と思い、僕は会場内を歩いた。

 良いタイミングで声を掛けられそうな相手を探した。みんな本当に、中年男性またはご婦人という印象になっている。

 顔を見ただけでは誰が誰なのか、本当に分からない。そのために受付で名札を渡されているのだろう。

 僕の名札を見て話し掛けてくれる人もいた。話し掛けられても、その一瞬では誰なのか分からない。相手も恐る恐る、探るように話し掛けてくる。話すうちに、話し掛けてきた相手のこと、どういう友達だったかということ、学校以外でも遊んでいたか、相手とのエピソード、その頃の自分の状況、考えていたことなど、次々と脳裏に蘇ってくる。

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