第14話 子供にとっての親、大人
トイレに入って少し一人になり、自分の関わり方を反省する。
僕もそうだが、幸之介も急に言われることが苦手だ。小学生の頃、日曜日の朝に父親が僕に運動をさせようと急に公園へ連れ出すことがあったが、何をさせられるのかと恐怖心しかなく、身体が固まったようになり、いざ運動させられても当然上手くできず、いつものように怒鳴られ、ますます運動が嫌いになるばかりだったが、嫌だ、とは言えなかった。
子供にとって、親は全権を握っている権力者だ。特にあの時代は今よりも大人の力が強かった。親や学校の先生など回りの大人達も、元気のない子供や子供らしくない子供、明るさのない子供、運動嫌いの子供、変わったところのある子供に対して当たりがきつく、男は男らしく、などということを平気で口にした。子供らしくも男らしくもなかった僕は親や先生から毎日のようにそんな言葉を浴びせられ続けていたように思う。
親や先生から声が小さいと言われ、もっと大きな声を出せ、と言われれば言われるほど、不思議とさらに声は小さくなった。スポーツも、こうすれば良いんだ、と教えられれば教えられるほど、反対に上手くできなくなった。
回りの人達は、先生にしても親にしても、驚き、呆れ果てた。今思えば、相手からの先入観が自分の行動に大きく影響していた。声が小さく運動のできない奴、と決め付けた目で見られると、彼らが思っていた通りのぶざまな自分になってしまった。
子供と関わっていると、忘れていた自分が子供だった頃の記憶が蘇ってくる。幸之介の性格が僕と似ていると思えるのでついつい自分はどうだっただろう、どうしてきただろう、ということを基準に考えようとする。
妻は、子供は別人格だから自分を基準にして考えてはダメだと言う。しかし自分の経験も参考になるのではないかと思う。
例えば、好きなことに夢中になっていると、いつの間にか仲間ができて、友達も増えていった経験がある。運動が苦手だったのでひたすらマンガを描いていたら、回りのみんなが興味を持って見てくれて、仲間達とマンガクラブを作った。
僕の家にはマンガを描きに友達が集まって来るようになった。クラスに据え置きのマンガ雑誌を二、三ヶ月に一冊のペースで発行した。好きなことを夢中ですることで、僕を取り巻く状況も少しずつ変わって行った。
僕に性質の非常によく似た幸之介は、僕に生き写しのように運動は得意ではなく、絵やマンガのたぐいをノートに描いたりすることがとにかく好きで、宿題もやらずに描いていたりする。
「何で宿題やれって言わないの」
と妻が僕に怒ることがある。
「好きなことを好きなだけやるのは大事なことじゃないかな」
と僕も少し言い返す。
僕の親は自分の仕事が忙しく、宿題や勉強をしろ、とある程度は言ったが、そんなにしつこくは言わなかった。
おかげで僕は自分の世界を持つことができた。毎週土曜日の午後、多い時には十人ぐらいの友達が僕の家に集まって一緒にマンガを描いている時の僕は、次に出す会誌の計画やマンガのアイディアを話すなど生き生きとしていたが、マンガの時間が終わってボール遊びでもしようということになり近くの公園へと場所を移すと、僕は元気と自信に欠けるもう一人の僕に変わった。
運動・スポーツには人を残酷にさせる何かがある、と僕は感じ取っていた。皆が必死になればなるほど僕は醒めて行き、早く抜け出したくなった。
幸之介がスポーツに対して僕と同じように感じているかどうかは、知らない。
小学生の頃、体育が好きか嫌いか、とその理由を作文として書かされたことがあった。
僕は、体育が嫌いだ、と書き、理由として、失敗したら仲間が文句を言うからだ、と書くと、体育が嫌いだと書いたのがクラスで僕一人だけだったらしく、放課後に呼び出され、残って書き直しをさせられた。
仕方なく、嫌いだと書くのをやめて体育の良いところを自分なりに探し、好きだということにして、理由をこじつけた。身体を動かすのが気持ちが良い、などと無理に書いた。
皆が好きだと言うことを嫌いだと言ってはいけないのだ、と思った。その後は、体育が好きなふりをした。
それほど、体育・スポーツは、当時の学校で強大な力を持っていて、僕のような子供を押さえつけていた。今は少し状況が変わり、運動会では順位をつけないなどしている。それはそれで、しらじらしさを感じる。
幸之介には水泳を習わせていて、僕ほどには運動・体育への嫌悪感を持っていないように思える。今は教え方が発達している。昔のようなスパルタは絶滅していて、決して、失敗や、できないことを責めない。
昔、僕がドリブルをし続けて外れた所へ行き、先生も子供も一緒になって堂々と罵声を浴びせた光景は、今はみられないのではないか。その代わり、より陰湿化した分かりにくいいじめは増えているらしいが。
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