第11話 四十五歳
幸之介についての今後の方針を、妻と話し合う。緘黙の本やネット上に書かれていたことを参考にする。
緘黙の原因としては親の性格の遺伝も多少はあるが、根本的には脳の働きで、人と話す時に脳の偏桃体という部分が過剰に刺激され、人と話すこと、関わることにブレーキが掛かってしまう。本人の意思とはあまり関係がないそうだ。
緘黙の本を読んでいると、幸之介には当てはまらないのでは、と思える部分も多々あり、必ずしも幸之介が緘黙だと言えない気がしてきたが、部分的に話せる緘黙もあり、そうだとすると、単なる口数の少ないおとなしい子供として放っておいてもダメで、何らかのアプローチが必要であることは理解できた。
緘黙への支援は、早ければ早いほど良いそうだ。本にも書かれていたが、学校の先生には率直に心配していることを伝え、相談できるようにしておくことで妻と僕の意見は一致した。
幸い、担任の先生は幸之介の様子を気にしてくれていて、
「何でも相談に乗ります」
と言ってくれている。
幸之介のように言葉が出にくい子供が参加できるNGO主催の支援プログラムもある。
緘黙の症状が進むと不登校になるケースも多いようで、そうなったら、どうするか。調べてみると、山村留学という手段もあるし、フリースクールもある。アンスクーリングと呼ばれる、学校に全く通わず、親も何も教えず、子供自身が何かを知りたくなった時に導く、子供が本来持っている内在的な学ぶ意欲、知的欲求に従い、生きた知識に結びつける教育の実践例もある。
どんな状況になっても、生きる道はある。
しかしそれを支える親の方も、理解し、仕事を調整したり、山村留学をするなら退職しての転居という選択も検討するなど、ある程度の犠牲を払う覚悟をしなくてはならない。
幸之介のためならどこまでも、という気持ちはあるが、家庭生活の安定のためにしている仕事を辞めることは経済的に大きな不安がある。世の中のこんな問題に直面する親達はどのようにしているのだろうか、と疑問に思う。
妻も
「いろんな道があるね」
と言いながらも、
「どこまで支えられるんだろう」
と不安を漏らす。
昔の同級生で連絡を取っている友人は二、三人しかおらず、それもかなりご無沙汰しているが、その数少ない一人の森下から、今度中学の同窓会がある、とのメールが入っているのを配達に駆けずり回っている途中、気付いた。
最後に会ったのが恐らく十年近く前で、僕はまだスマートフォンを持っていなかったので、メールで連絡が来た。
LINEアプリは入れているが、ほぼ妻と仕事関係としかやりとりしていない。
メールなので、相手からは僕が読んでいるかどうかも分からない。返信する前にじっくり考えることができる。
どちらかと言うと、行くのは気が引ける。同窓会か。多分、卒業して初めてだろう。いや、今までもやっていて僕が知らないだけなのかも知れないが。中学を卒業してもう三十年。皆、四十五歳位になっている。社長になっているような同級生もきっといるだろう。自分はしがない配達員。でもどうにか、妻も息子もいて、生活している。
配達しながら、色々と思いを巡らせる。閑静な住宅街を配達に回りながら、いつものことだが、どんな仕事に就いてどれだけ稼げばこんな家が買えるのか、どんな大学を出たのか、僕と同世代か、買ったのではなく親の代から受け継いだ家なのか、と色々考える。
配達先の人達と定型的なやりとり以外の言葉を交わすことはほとんどないが、年上か、年下か、と思い、相手の生きてきた時代を思い浮かべ、その人生を想像してみる。どんな風に人生を送っているのか、と考える。同窓会のことも考える。みんな、どうしているのか。どんな人生を送っているのか。
僕はいまだに借家住まいで、家を買う踏ん切りがつかない。ここに来て幸之介の学校での状態が心配の種となり、山村留学の可能性も否定できなくなってくると、ますます踏ん切りがつかない。四十五歳ともなれば、大部分の同級生は家を買っているのだろうか。あるいは、親の家を受け継いでいるのだろうか。
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