第10話 人と話すこと

「…ウソだよ。映画なんか、観ないよ」

と、かわすことにする。

 笑いが生まれたので、良かった。

「何ですか、ホントの趣味は何なんですか、教えて下さいよ」

となる。

「趣味なんかないんだよ」

「何でですか」

「お前には教えたくないんだって」

 黙っていた右隣りの斎藤が妙な入り方をしてくる。

「ウソ、実は俺も大平の趣味教えてもらってない」

 話題を変えようと思うが、仕事の話以外に思い当たらない。

 テレビドラマも観ないし、ゲームは運動能力と密接な関係があるのか、やはり苦手だ。

 音楽は聴くが、寡黙なイメージのある僕は音楽には興味がないだろうと思われているようで、急に音楽の話なんかしだすと引かれるように思う。

 プロ野球やサッカーも人並みには観るのだが、子供の頃からスポーツをするのが苦手で、自分ができないのにああだこうだと語る資格はないような気がして、回りが昨日のプロ野球の試合の話で盛り上がっていても、参加せずに黙っている。  

 自分ができないことについては語らない癖が付いている。皆が評論家のように試合展開や選手起用について論じたりプレーを批評したり当たり前にするが、僕が言うと、お前がよく言うよ、と言われる気がする。

 実際、プロ野球は小学校の頃から観ていたが、野球をやると球もちゃんと投げられず受けられない僕がプロ野球の話をすると、お前野球に興味ないんじゃないの、と言われ、話の相手になってもらえないことがあり、いつからか、スポーツに関しては口を閉ざしている。

 たまに相手からスポーツの話題を振られて反応しないのもおかしいので僕も何か言うが、常に怯えながら喋っている。

 あのチャンスでのゲッツーが、などと口に出してしまってから、自分がこんなことを偉そうに語っても良いのか、と恥ずかしくなる。

 結局は押し黙ったままパソコンの画面に向かう僕と若い杉田との間に会話はなくなり、杉田は向こう隣りに座った彼と同世代の同僚と話を始める。二人は同期らしく、独特の親しげな感じで喋っている。若者言葉もたくさん、話の間に挟まれる。僕は、話に参加しない。

 杉田からすると趣味も教えてくれない素っ気ない先輩というイメージが強まってしまった。何でもないことだが、少し寂しくなり、自分の彼への態度を悔やむ気持ちになる。

 これからだんだんと彼から遠ざけられ、話をしなくなるような気がする。今までも同じようなことがあった。

 人といる時、沈黙ができやすい僕だが、何を話そうかと考えている時間が長いからでもあって、実は人と話がしたい、仲良くしたい、何か面白いことを言いたいという気持ちもある。

 黙っていると、大平さんは無口なんですね、とか、おとなしいね、喋らないね、などと言われることが多い。

 昔から浴びせられ続けてきたこうした言葉は浴びれば浴びるほど耐性ができるのではなく、僕にとっては自分の存在を否定される凶器のような物で、その種の言葉を受けないようにするため、人といる時は常に何か喋ろうと言葉を探しているのだが、同時に必要以上に相手に対して緊張してしまって固まったようになり言葉が出て来ない場面がいまだに多く、人と話はしても常に聞き役で、その代わり、相手の話を聴くことで相手を満足させれば、学生時代や若い頃のように仲間外れになったりすることもないと思い、そうしている。


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