第9話 趣味

 ゴルフや釣りの話をして盛り上がる同僚達を尻目に、一人黙々と伝票の確認作業をしていると、何とも言えない疎外感に襲われることがある。

 この種の疎外感は子供の頃からずっと味わっている気がする。今よりも、子供の頃や学生時代の方が疎外感による気分の落ち込みは激しかった。今は無視できるほどの感情のさざ波に過ぎない。

 ゴルフや釣りといったメジャーな趣味から距離を置くことで、自分の本来の姿が露見してしまうことを防いでいる面もある。

 同僚との会話にはある程度入り込み、配達先への皮肉や上司への不満などを柔らかく言ったり同調したりならできるが、他に共通の話題がない。時々この現状に不安を覚えるが、日々それぞれが分刻みで動き忙殺されているおかげで、さほど表面化していない。

 学生時代のように人とあまり交わらないことで攻撃されたり仲間外れにされたりということはない。同僚達とは基本的には配達前の朝と配達後の夜に営業所で顔を合わせるのみで、以前は他に定期的に社内研修や忘年会、新年会、歓送迎会などあったが、コロナ以降それもなくなり、ますます営業所内だけでしか会わなくなっている。

 独身者は休日につるんで遊んだりしているようで、ゴルフや釣りへ行ったりギャンブルに興じたりしている。野球チームもある。

 伝票を繰り、金額を入力しながら今日の互いの配達先についての愚痴ともつかない話をしていると、配達を終えたばかりの入社二年目の杉田が左隣りに座り、話に入ってくる。「そういう配達先の人って、いやですよねえ」

などと大きめの声で合わせ、配達中にありがちな話を喋ってくる。

「こっちがニコニコしてんのに、黙って荷物をひったくる人、多いですね。みんな、よっぽど忙しいんかな。でも最低限の礼儀って、ありますよね」

 話半分、聞き流しながら伝票整理に打ち込む。

「あー、イヤだなー」とか、

「どっか行きてえなー」

とその若者は言い出し、突如、

「大平さん、趣味は何ですか?」

と聞いてくる。

 何のためらいもないストレートな質問に一瞬、ギョッとする。僕にとっては一番返答に困る質問だが、世間的には一番ポピュラーな質問だ。

 無趣味な人間と思われるのも嫌だが、実際に僕は無趣味と言うか、ゴルフや釣りに代表される世間的にメジャーな趣味に興味がない。メジャーな趣味が僕にとっては気休めにならないからだ。

「今は子供が小学生で、家が大変だからね」とごまかしておく。

すかさず、

「ご結婚される前は何か趣味はなかったんですか?」

と食いついてくる。

 それもそうだ。普通は学生時代、独身時代に何か懸命に打ち込んだことや、とても好きなことの一つや二つは誰でもが持っていて、仕事が忙しい時期や結婚子育ての時期は、しばし中断する。

 子育てなどが一段落すると復活する場合がある。最近は四十代でレーサーレプリカのオートバイを買う人が増えているらしい。ツーリングへ行くのだそうだ。ヘヴィメタルのバンドを組む人もいる。草野球をする人は昔からいた。

 四十代、五十代で昔取った杵柄をまた持つ。良いことではあるが。僕が若い頃夢中になったものとは何だっただろうか。

「そうだね、映画はよく見たよ」

 口にしてから、しまった、と思った。

 二十代の頃、ミニシアターへ一人で行き、客もまばらな館内で全く話題にならない記録映画や、およそストーリーのない映画を観ることで、心安らぐ瞬間があった。

 しかし、スターウォーズとかターミネーターのように誰もが知っているメジャーな娯楽映画や話題の映画には全く興味が湧かず、一本も観ていない。

 そもそも人ごみが苦手なので、大勢の観客が集まるシネコンなどへ行く気は起こらず、映画が趣味だとはとても言えない。メジャーな映画の話題を振られるとたちまち言葉に窮してしまう。

 しかし若い頃好きだったことと言えば、それぐらいしか思い浮かばない。

「どんな映画を観ましたか?」

 当然、杉田は食らいついてきた。

 彼は短大新卒で就職した会社を一年で辞めて宅配便の会社に来たとかで年はまだ二十二、三のはずで、僕とは二十歳以上の年齢の開きがある。観ている映画、知っている音楽なんかも全然違うはずだ。

 ただ、僕と同世代の人間からしても、僕が観ていたような映画は観ていないと思う。右隣りにいるほぼ同世代の斎藤の視線が気になるが、彼は話に入ってこない。映画はあまり観ないのだろうか。

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