第5話 自分の中の過去の自分

 みんなの輪の中に入って行けない。ひとりぼっち。

 そんな記憶が子供時代のあちこちに散らばっている。

 逃げ出したい。抜け出したい。居辛い。自分の存在が弱い。そんな気持ちを味わう場面が多かったように思う。

 体育の時間は悲惨で、上手くできないと、一斉に罵声を浴びた。

 サッカーのボールを蹴りながらのリレーで、ドリブルが上手くできず、脇に逸れている間に後ろからどんどん抜かれて行ったが、全然前に進めず、味方から罵詈雑言を浴びつつ、涙ながらにボールを追った。小学校二年生頃の記憶だ。

 何か、物凄く間違っていて、物凄く悪いことをしているように思え、消え入りたいような惨めな気持ちになった。

 運動するたびに必ず失敗をしたし、回りのみんなは怒り呆れ苛立ち僕を言葉で攻撃したり、時には直接蹴ったり殴ったりした。

 先生も一緒になって、やる気があるのか、などと怒鳴りつけた。こうすれば良いんだ、とまくし立てられ、僕が言われた通りにできないと、自分の言うことを聞いていないと思われ、逆上される。

 のちのアルバイト、仕事でもそうだったが、僕には指導者を怒らせる何かがあった。   

 言われた通りにできないことで罵声を浴び、自分の居場所がなくなり、四面楚歌に陥り、口数も少なくなり体の動きも固くなって行った。

 飲食店で働いたこともあったが、要領が悪く、てきぱきとした素早い応対や迅速な作業ができないためか疎んじられ、時には罵声を浴び、辞めさせられたり、自分から辞めたりした。

 いつからか、新聞配達やうどん屋の出前など、配達の仕事ばかり選ぶようになった。

 出前をしていた頃、配達先の焼き鳥屋で突然怒鳴られたことがあった。

 厨房内に配達し、お金の受け渡しをするのだが、活気に満ち、太く大きな声と声とが飛び交う厨房内へ、低くか細い声の僕が自信のなさから顔をこわばらせて入って行くと、表情のなさが無愛想と映るようで、自分では普通にしているつもりでも相手を苛立たせるようだった。

 「食べ終わった後、鉢をここへ…」

と説明しようとすると、炭火の上で焼き鳥の串をくるくる回す屈強な体格の店員が

 「分かってます!」

と大声で怒鳴りつけて僕の言葉を遮り、黙る。さらに、代金を投げつけられた。

 厨房の床に散らばった硬貨を拾い

 「ありがとうございました」

の声も限りなく小さくなり、逃げるようにそそくさと引き上げる僕の背中に、

 「暗いぞ!」

との声が浴びせられた。

 考えてみれば、ただ出前に行ってうどんを運んだだけなのだが、自分がとてつもなく間違ったこと、悪いことをしたような気分にさせられた。愛想が悪い、とは職場の先輩からもよく言われていた。

 出前の合間に店内の手伝いもしなくてはならないが、まごついたり注文を間違えたりして、また、返事に活気がない、と店の主人から言われ、結果的に辞めさせられてしまった。

 新聞配達員の頃も、集金や勧誘の時、自分の愛想のなさからくるトラブルがあった。

 配達だけに専念できそうな仕事は宅配便だと思って始め、今は十年以上続いていて、ベテランと呼ばれる域に入ってきた。

 しかし僕の中には飲食店で罵声を浴びたり出前先で怒鳴られたりした若い頃の自分が残っている。自分に自信が持てない頃の自分が、怯えたまま自分の中にいる。

 今も、自分では普通に応対しているつもりでも相手には無愛想に映り、暗い印象を与えていることを肝に銘じて、しかし無理に明るく振る舞うのも不自然で気持ち悪い印象を与えるので、とにかくぺこぺこと頭を下げて腰を低くしていれば、多少表情は硬くても相手に悪い印象は与えないということに気付き、ひたすら実践していて、以来トラブルはないので、多少なりとも成功しているのだろうと思われる。


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