第4話
(こうやって思い返すと私ってなかなか不遇な人生を送ってきたわね…)
前世の記憶を思い出したからには今まで通り生きていくつもりは更々ないが、これまでの私は自分の居場所を失わないためにも人に従って生きていくしかなかったのだろう。
(でもそんな人生は嫌!せっかく魔法が使えるんだし魔力もたくさんある。できれば学園で学んだことが活かせるところで働けたらいいのだけど)
何だかんだと考えているうちに空が明るくなってきた。目指す街まではあと少しだ。
(まずやるべきことは婚姻の解消だわ。それが終わったら…そうね、あの国にでも行ってみようかしら)
ひとまず今後の行動を決め街に向かい歩き続ける。そして太陽の光に照らされ朝を迎える頃、無事に街へとたどり着いた。
この街はカリスト侯爵領の中で一番大きな街だ。朝早いにも関わらずすでに街には活気が溢れており、パンを焼くいい匂いや子どもの笑い声が聞こえてくる。
そんな中私は真っ直ぐに教会へと向かった。教会の扉は既に開かれており、中へ入ると祈りを捧げに来ている街の人の姿がちらほら見受けられる。
私は近くにいた神父に声をかけた。
「すみませんが白い結婚の証明をお願いできますか?」
「!…こちらへどうぞ」
神父は驚いたようだがすぐに対応してくれた。驚いたのは白い結婚の証明を申し出る女性がほとんどいないからだろう。それだけ白い結婚による婚姻無効は女性にとっては誰にも知られたくないものなのだ。
だけど前世の記憶を持つ私はそんなこと気にしない。それよりも白い結婚が証明されれば婚姻が無効になることの方がありがたいと思うくらいだ。
別室に案内され椅子に座ると対面するように神父も椅子に腰かけた。
「それでは手をお借りしますね」
そう言って私の手を握ると私の身体に何かが流れ込んできた。
「っ!」
知識では知っていたのに経験するのは初めてなので驚いてしまったが、こうして魔力を流して確認をするのだ。時間にして一分程と短いながらも身体の中を異物が動き回るような感じがして不快だったが、証明してもらうにはこれしか方法がない。
無事に白い結婚が証明されそのまま婚姻無効の手続きを済ませた。神父は私がカリスト侯爵夫人だということに驚いていたようだが粛々と手続きを進めてくれた。
こうして私はセレーナ・カリストからただのセレーナになったのだ。
アルレイ伯爵家に籍を戻すこともできたのだがそれはしなかった。あんな家に戻るくらいなら一人で平民になった方がマシだ。
前世の記憶もあるし今までも一応貴族令嬢でありながらも自分のことは自分でこなしてきたのだ。だから何も問題もない。それにこれから向かうつもりの国は実力主義であると聞いている。それなら平民であろうとも実力が認められれば生きていくに困ることはないだろう。
私には膨大な魔力と学園で身につけた知識がある。それにカリスト家の新事業である魔法薬の開発から製作までを一人で三年も続けてきたのでそれなりの実力があると自負している。そこに前世の記憶が加われば実力主義の国でも十分やっていけるはずだ。
教会を出た後は必要な物資を購入し、すぐに乗り合い馬車に乗り国境を目指した。
カリスト侯爵領は比較的王都に近いので国境まではかなりの距離がある。国を出るまでに時間がかかりすぎると侯爵家からの追手に捕まるかもしれないと考えてみたがそれはあり得ないなと思い直した。
おそらく屋敷の人間が私がいないことに気付くのに一日、もしかしたら三日は気付かないかもしれない。そこから元旦那様がいる王都に連絡を入れるのに更に一日はかかるだろう。そして追手を差し向ける頃にはかなりの時間が経っていて、私を捕まえることは容易ではないはずだ。
そもそも私は相手にされていなかったのだから元旦那様は婚姻無効を喜ぶだけで私を捕まえようと思わないかもしれないが。
(まぁもしそうだったとしても私はこの国から一刻も早く出ていきたいから急ぐに越したことはないわね)
それからは馬車を乗り継ぎ国境を目指した。国境まで辿り着くのにはそれなりの日数を要する。
私は行く先々でお金を稼ぐべく、魔法薬を作っては街にある冒険者ギルドで買い取りをしてもらった。道具はあの屋敷から持ってきていたし、材料は馬車の休憩の度に採取することができたのでそれなりの量はある。
夜に宿屋で魔法薬を作りストックを貯めておいたおかげでそれなりの金額を稼ぐことができた。本当はまだストックがあるので全部売ってしまいたいが、同じ場所で大量に売ると追手を差し向けられていた場合に私の居場所がばれてしまう可能性がある。
それに残った魔法薬は空間魔法がかけられている鞄に入れてあるので劣化することはないから国境を越えてから売ればいい。どうせ新しい生活を始めるにはお金が必要になるのだから魔法薬はいくらあっても困らないだろう。
そうして馬車を乗り継ぎ三週間後、ようやく私は国境へと辿り着いた。
ここから私の新しい人生が始まるのだ。
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