第七話

 雲ひとつない無風の真夏日、山へと続く坂を学生が歩いていた。坂道の端では清水が流れ、蝉が鳴き喚き、アスファルトは熱をもって靴をじりじりと焼く。その顔から汗が落ちる前に学生は顔をあげ、抜けるような青空を見つめた。誰かから呼ばれたような気がしたからだ。

 気のせいかと思い再び歩き出すと、おーい、おい。聞き間違いではない。確かに聞こえる。しかしそれは真上――彼の頭上、まっさらな空からだ。

 学生はなんだかぞっとしてその場に立ち止まった。気づけばあれほどうるさかった蝉の声もぴたりと止んでいる。うだるような暑さも消え、代わりに鳥肌が立つほどに寒気がする。水でさえ流れるのを止め、山はひっそりと息を潜めたかのようだ。

 おーい、おい。

 声がまた聞こえた。呼びかけられた学生は慎重に返事をした。

 どうしたんです? 

 今から落ちるぞ、いいかー。

 はい?

 空を見上げていた彼は尋ねてから腰を抜かした。

 空が真っ逆さまに落ちてくる。視界はどんどん青に覆われ全てが空の影に入った。

 いや、だめです! やめてください!

 夢中で叫ぶと空はピタリと停止し、そうかー、という声だけ残して音も光も元通り。

 以来、彼は空の高さは以前より低くなったと主張している。熱中症にでもなったのだろうと誰からも相手にされていないが。

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