本編

 あなたと友人の源雄二(みなもとゆうじ)は電車に揺られている。

 電車内はクーラーがよく効いていて、夏の暑さをこの時間だけは忘れさせてくれた。

 岐阜駅を出て、美濃太田駅を経て下呂・高山方面へ揺られれば、あなたの目的地である飛騨金山駅がある。

 地方の祭が好きなあなたと雄二は、飛騨金山で行われる花火大会を見物するために電車に揺られているのだ。

 祭では飛騨牛を使った串焼きをビールと一緒に楽しめるかもしれないし、近くで見上げられる花火は圧巻だろう。

 また、温泉で有名な下呂市の端の方に位置するこの地方にも、例にもれず温泉があるから花火の後にそれを楽しむのもいいかもしれない。

 だが、やはり岐阜から電車に揺られて飛騨金山までとなると中々に長時間の電車旅になる。

 座っているだけでも体力は奪われていくものだ。

 雄二とも話したいことなどは話し尽くし、共に窓の外を眺めている。窓の外には飛騨川が流れ、その向こうには道路。

 うと、うとと眠りそうになる。だがもう一駅で到着だ。寝ないようにしなければ。

 そう思っていると、トンネルに電車は入る。美濃太田方面からの飛騨金山駅前には短いトンネルがある。

 これを通過すれば駅だ。

 そう思いながら、まぶたを一瞬落とした。

 そして瞼を開ければトンネルを……通過していなかった。

 しかも、中々窓の外が明るくならない。トンネルの闇のままだ。

 不思議に思い、電車内を見渡すあなた。するとどうだろう。電車内に人がいない。

 先程まで一緒に乗っていた雄二どころか、別の席の家族連れやら、おじいさん、おばあさんやら。一切の人が乗っていない。

 驚愕していると、さらに驚愕することが起こった。

 猿が、大きな猿としか表現できない化け物が、乗務員の格好をしてあなたの元に歩いて来たのだ。

 目はぎらぎらと輝き、口は耳元まで裂けており、真っ白な毛並み。

 そして、貴方のそばにくれば、一言。


「切符を拝見」


 そう言われ、あなたは震えながらポケットに入れていた、岐阜発1340円区間…つまり、飛騨金山までの切符を見せようとする。

 だが、見れば切符が違う。切符には運賃ではなく、貴方の名前が書かれていた。

 そして、大猿はその切符を見て、ぱちん、と印を押す。


「はい、確認しました。あなたは、源氏に連なる人ではないようだ」


 どういうことか、とあなたが引きつった声で聞いてみれば。


「はい、このトンネルを人が通過する際、私はそれが源氏に連なる者かどうか確かめるのです」


 そう言う大猿の表情の機微はあなたにはわからないが、目の奥に炎のような物が見えた気がした。


「もし、源氏に連なる者が現れれば、私の800年分の怨念と執念をもって呪うのですが……失礼。話過ぎました。飛騨金山での旅行をお楽しみください」


 そこで、貴方の意識は途切れた。

 次に目を覚ますと、何本かのレールと駅が見えるだろう。通過してきた無人駅よりは大きな、昔ながらの駅が。

 どうやら、一瞬夢を見ていたようだ。あんな夢を見るとは、昨晩見たホラー映画のせいかな?

 なんて、雄二に話しかけようと前を見て驚愕した。

 前に座っていた雄二がいない。慌ててスマートフォンを確認すれば、無い。雄二の名前が。というより、雄二がそれまで居たという痕跡が見当たらない。

 どういう事だ?

 あなたは呆然としながら電車を降りる。

 そして花火大会が開かれるためか、やや混雑した駅前で人に揉まれるにつれ、雄二と一緒に来た。という事を忘れるだろう。


 さて、今この文章を飛騨金山駅で読んでいるあなたは、自分の友人である源雄二を、覚えているだろうか?


 狒々(ひひ)は忘れない。自分の受けた痛みを、自分を切り裂いた刀の輝きを。

 何十年、何百年と、晒され、朽ちて、忘れられながらも狒々は覚えている。源氏に連なる者から受けた屈辱を。

 この恨み、晴らさずにおくべきか?

 この恨み、晴らさずにおくべきか?

 そんなことはできない。

 だが、今の狒々はただの怨念。この町を離れられず、ただ人を、源氏を恨むしかできない怨念……であった。

 だが、狒々が忘れられることは、源氏の守り刀についても忘却されて言う事と同じ。

 その刀剣の輝きは薄れ、怨念を抑える力が薄まった。

 もう二度と、この土地に源氏を入れない。入れてなるものか。その怨念が、一本のトンネルに呪いをかけた。

 源氏を弾き、この町に源氏の血筋をいれないようにする呪いを。

 そして、入ろうとした源氏が自分たちと同じように忘却されるような呪いを。


 さて、ここまで読んだあなたは、自分の友人である源なにがしを、覚えているだろうか?


 飛騨金山の役場前。そこで花火大会は行われる、間近で花火を見たあなたは、飛騨牛串を片手にビールなどを楽しんでいるだろう。

 楽しいが、今回一人旅だったのが少し残念だ。他に連れなどいたらもっと楽しめたかもしれないな。

 なんて思うが、はて、と疑問も浮かぶ。誰かと一緒に、この旅行計画を立てていなかったっけか?

 だが、花火の爆音とともにそんな疑問も消える。

 ま、いっか。

 そのまま、宿で温泉を楽しみ、川魚のアユ料理にも舌鼓をうったあなた。

 このまま、寝よう。

 そう思い、布団にくるまるとすぐに眠気が襲ってくる。

 そして眠ったあなたは夢を見る。一人の見知らぬ青年が、大きな恐ろしい猿に追いかけられている夢。

 大量の人骨、人だったであろう残骸の積もっている山の夢を。

 そしてあなたは起きる。寝汗が気持ち悪い。どうやら悪夢など見てしまったようだが、どんな夢を見たのか思い出せない。

 首をひねりながら宿を出たあなた。さて、四つの滝という滝にでも行ってから、帰ろうかな。なんて思うだろう。


 さて、ここまで読んだあなたは、自分の友人だった、誰かを覚えているだろうか?



「おい、起きろよ」

「え?」

「もう飛騨金山だぞ?」

「あー、誰だっけ?」

「馬鹿。俺だよ、雄二だよ」

「ああ、ごめんごめん。夢見てた」

「どんな夢だよ」

「君の事、忘れる夢」

「はぁ?」

「馬鹿だよね、大親友の君を忘れるなんて、夢でも起こらないと思ってたのに」

「ほんっと、大馬鹿だな」



 あなたは目を覚ます。何か、友人と話していた夢を見ていた気がするが、そんな記憶はすぐに消えるだろう。

 今回の旅行は中々楽しかった。だが、やはりソロ旅行よりも、友人と旅行したほうが良かった。

 そうだ、今度は源春香(みなもとはるか)と一緒に来よう。彼女に花火を見せられたらいいかもしれない。

 なんて思いながら、あなたは岐阜行きの帰りの電車に乗るだろう。


 さて、あなたは一体、何人の事を忘れているでしょうか?



 さて、飛騨金山での旅行は楽しかったでしょうか。

 あるいは、これか飛騨金山旅行でしょうか。

 おひとり、あるいはご友人、ご家族と共に一度、おいでください。

 きっと、忘れられない体験ができるはずですよ?

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トンネル抜ければ、そこは飛騨金山 バルバルさん @balbalsan

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