第496話 ハーシーズ領軍 VS オークキング
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その頃、ハーシーズ領軍はジェネラルミル領の南部から出発して、グルゴウィル領を東へ横断し、ユリーザ領を目指していた。兵士40人とアルフォンス率いる4人の冒険者で総勢45人だ。ジェネラルミル領の南部では小競り合いがあったが、大きな戦いは無かった。特に危険視されていたのは、黒いラージボアの3匹だったが、それも最近見られていないと冒険者ギルドでも言われていた。
今は騎馬と馬車で移動中。開けた平原。ゆるやかな起伏。時たま見る冒険者の死体。ゴブリンやコボルトの死体もちらほら。いつも通りの状況だ。
「ユリーザ領はどの位深刻な問題なんだろう?」
「近隣の領に要請を出すぐらいだから、かなり不味いんじゃないか?」
「こちらに魔獣が少なかったから、向こうに行っていたのかもな。」
兵士達はのんびり会話をしながら、馬車に揺られて移動している。
「この辺は魔獣の死体が多いな。オークの死体もある。金をどぶに捨ててるな。」
「ここから死体を持って帰る方が大変なんだろう。あの黒いラージボアに見つかったら終わりだからな。」
「それにしたって、多く感じるな。」
「冒険者の死体も多いから、結構大きな戦いのすぐ後なのかもしれないぞ。」
15分程移動したころ、いきなり道の右側から、グリーンウルフとゴブリンが飛び出してきた。ゴブリンは石を投げつけ、騎馬がやって来るとグリーンウルフに飛び乗り、逃げていく。騎馬はグリーンウルフを追いかける。
「深追いするな!今はそんなことをしている時ではない。」とオーツ副軍団長が叫ぶが、あと少しというところまで追いつめているので、騎馬隊3人は止まらなかった。もう少しと思った時、目の前に縄が飛び出した。その縄は馬の脚にかかり、もんどりうってひっくり返った。騎士達は馬の下敷きになり、身動き取れない。そこへ戻って来たゴブリン達は、拾った剣で騎士達に止めを刺した。
「騎士達がやられた。弓隊準備出来次第、射殺せ。」
既に全員が馬車から降りて、右側の攻防に集中している。しかし、左側からは、ラージボアに引かれた馬車が突っ込んできていた。馬車が後20mまで近づいた時に初めて兵士達は気が付いた。ラージボアに乗っていたゴブリンがギリギリで馬車との留め具を外すと、ラージボアは急旋回して回避、馬車はそのまま突っ込んでいった。
ほとんどの者が馬車の右側にいた為、逃げ遅れた6人が、馬車ごと吹っ飛ばされた。そして、その後ろには黒い3匹のラージボアが馬車を追いかけてきており、目に入ったハーシーズ領の馬車まで踏みつぶして去って行った。6人の生死を確認している暇は無い。
「一時退却だ。戻れ。撤退しろ。」
オーツ副軍団長がもう少し冷静ならば、ラージボア、ゴブリン、グリーンウルフ以外に魔獣がいないことをおかしく思ったかもしれないが、一時退却は戦略だ。
5分程皆走って逃げて戻って来た。荒い呼吸をしながら、7人残っている騎士の1人が八つ当たりでオークの死体を槍で突き刺そうとした。その時、いきなり、オークが立ち上がり、棍棒で騎士の頭を殴りつけた。騎士は馬の上から吹っ飛ばされて、全然動かない。
「気をつけろ。この辺りの死体も、振りかもしれない。」
そして、死んだと思っていたゴブリン、コボルト、オークの死体が動き出した。完全に囲まれて、石で中距離から攻撃される。徐々に仲間たちが動けなくなる中で、アルフォンスの仲間が、詠唱を終え、
「好き勝手にさせないわ!ウィンドカッター。」
風の刃が飛び出した。魔獣はすぐに地面に伏した。そう、ウィンドカッターは地面すれすれに飛ぶことはほとんどない。魔獣たちは経験から学んでいた。そして、魔法を連発できる人種も少ない。さっきの魔導士に向けて、石を集中させた。
「くそっ。こいつら。」
盾士が魔導士を守る。グリーンウルフはその隙に、もう一人の冒険者の足に噛みついた。
「アルフォンス!」
アルフォンスはグリーンウルフを剣で追い払ったが、グリーンウルフは大きくは離れず、隙を狙っている。ダンジョンとは勝手が違う。砂の足場が機動力と体力を奪う。もう一人の冒険者が直ぐにヒールをかけて足を治療して、事なきを得たが、攻撃につながらない。
「ファイアーボール。」
グリーンウルフがファイアーボールを躱したが、それは爆発して、グリーンウルフに火傷を負わせた。グリーンウルフは後ろに下がる。
左側では、騎士がオークとトロールと戦っている。しかし、騎士はスピードが出せないと持ち味を生かせない。そして、ゴブリンが背が低い事を利用して、馬の脚に縄をかけようと足下を狙う。このままでは全滅してしまう。
アルフォンスは意を決して、さまよっていた馬に乗ると、オークへと突っ込んでいった。
「ブモオオオオオ。」
意表を突かれたオークは、剣を高めに振り過ぎ、馬の首は刎ねたが、アルフォンスは剣の下をかいくぐり、勢いに任せて剣をオークの腹に突き立てた。だが、勢い余って剣を手放してしまい、ゴロゴロと地面を転がって行く。
「こんなところで死んでたまるか!」
(もうダメかもしれない。)
内心の不安を振り払い、周りに使える物が無いか探す。直ぐ近くの石を拾い、何時でも投げれるように構えて威嚇する。ゴブリンとグリーンウルフは囲いを狭めてくる。
(どうする。どうすればいい。)
石を持っている手に力が入る。
カッポカッポカッポカッポ。
その時、道を馬車がやって来た。魔獣たちは新しい馬車に一瞬気を取られ、兵士達も助けかもしれないと希望をもつ。その馬車は一人の項垂れた男が運転していて、ゆっくりゆっくり2頭の馬が引いている。
グリーンウルフとゴブリン数匹が新しい獲物に寄って行くが、それ以上進まない。ズドドドドドドド。
その馬車の横から、黒いラージボアが走り込んできた。
「逃げろ!」
思わずアルフォンスは叫んでいた。
黒いラージボアはいきなり途中で止まると、引き返していった。
「何だと。何故?」
目の前で魔獣たちは背を向けて去って行った。
馬車はゆっくりと進んできて、俺達の前で止まる。
項垂れていた男が顔を上げて、口の周りの涎を拭くと、
「すいませんが、ハーシーズ領はどう行ったらいいんですか?」
「ハ、ハーシーズ領ですか?この道を戻って、真っ直ぐ行くと町に出ますから、そこを左に行くとすぐですね。」
「そうですかー。あそこを曲がったから間違ったのか。ボスが時間にルーズで助かる。」
「でも、あれからもう10日ぐらい経ってるわよ。」と荷台から女性の声。
「第二の新婚旅行を楽しめって言ってくれてるんだから、俺は開き直ったよ。」
「ほんにのう。心の広いお方だ。うーん、やっぱりしっくりこないわ。」
二人の会話が続く中、強引にアルフォンスは声をかけた。
「あの、今まで何ともなかったんですか?魔獣に襲われるとか?」
「いや。魔獣に襲われたことは無かったですね。盗賊は多かったけど。」
「本当に多いわよね。何なのかしら。」
「貴方たちは災難でしたね。魔獣に襲われて。」
「そうでした。先ほどは助けていただき、ありがとうございました。」
「何もしてませんが、どういたしまして。何か手助けできますか?」
「私達も一度町に戻ろうと思います。一緒に行っていいですか?」
「ええ。もちろんですよ。これで道に迷わずに済みます。」
アルフォンスとオーツ副軍団長は全員を死体を含めて回収し、来た道を引き返した。その後ろには、ドミニカとリコが運転する馬車が付いて行く。
*****
「何故、襲撃を中止したんだ?」とオークキング。
「絶対に勝てない。そう理解したからだ。死ぬために戦うわけではない。」とオーク。
「そうか。それ程か。分かった。良い判断だった。」
(二度と会いたくないものだ。)
オークキングは一度負けてからは、人種の武器を手に入れ、人種の罠をまね、人種の行動を理解して、負けない戦いをしてきた。しかしごくたまに手を出してはいけない相手に遭遇した。そして、その勘を非常に大切にしていた。だからこそまだ生きている。この道は彼の狩場だ。今回は初めての失敗だが、仲間が避けるべきものを見分ける感覚を身につけていることに、喜びを感じていた。
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冒険者ギルドで、アルフォンスは報告をしていた。魔獣たちによる待ち伏せにより、兵士が18人死傷。その道は危険な道として告知されるとのことだった。
アルフォンスはもう一度挑戦すべきか悩んで、相談した。
「もう一度、あの魔獣たちを倒すために行ってみようか?」
「しっかりと警戒していれば、大丈夫かもしれないな。」
「あの時は兵士との連携を重視しすぎたから、いつもの動きが取れなかったのは確かだ。」
「しかし、何のために行く?金がそれ程良い訳ではないだろう。」
「プライドの為に命を賭ける気は無いぞ。」
「そうだな。」
アルフォンスは勝利を確実にするために情報を集めようとしたが、全く集まらなかった。やはり自分で体験することが一番確実に情報を集められる。しかし命がけだ。
アルフォンスは、情報屋から金で情報を買うことにした。しかし情報は多くはなく、満足は得られなかった。アルフォンスは、情報屋の使い方と、情報の値段を知った。そして本当に欲しい情報は自分で集めるしかないということも。と同時に、リスクとリターンの関係も学んだ。
結論は、今、自分の命を賭けて集める程の情報ではない。アルフォンスは軍と行動は共にしたが、あれ以後軍隊も移動せず、情報収集のみに集中したので、安全な暮らしを手に入れた。
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