第491話 ダンジョンマスターの話

*****


制御室でターシャはモニターを見ている。

「やはり、暫く居座る気みたいだけど、これからは誰も入れないように、防御システムを作動させましょう。そして、出たらここの事は忘れてしまう設定にしましょう。便利な暗示があって良かった。

ここの温泉の水を持ち出したら、外でも使えるの?」

「今は使えません。ダンジョンの中で手に入れた物はダンジョンの中でしか効果がありません。ドロップ品もそうですし、植物などもそうです。しかし、その設定は変えられます。外への持ち出し可とすれば、外でも使えます。物毎に設定できますし、全部だめと設定もできます。設定を変更しますか?」

「今は何も持ちだせないのよね。そのままでいいわ。持ちだせなくなるの?持ち出した物の効果が無くなるの?」

「どちらも出来ます。持ちだせない場合は、ダンジョン外に出た時に消えてしまいます。効果が消えるだけならば、持ち出すことはできますが、味も匂いも効果も無くなり、ただの脆い状態で残ります。少しでも衝撃が加われば崩れてしまうので、後で見たら何か分からないと思います。」

「違いが在るようにあまり感じないけど、デフォルトは消えてなくなる?」

「そうです。持ち出し不可になっています。消えてなくなります。」

「では、そのままで。」

「階層がまた増えました。最深階層が21階層になりました。ゴーレムが戦っているから早いですね。」

「何故?」

「この施設を使い、HPやMPを消費すると、それは魔素に変換され,

このダンジョンに吸収されます。その時にダンジョンの成長に貢献します。死んだりするともっと多く魔素が生産されます。死体から魔素が空気中に漏れ出るからです。どの物体にも当てはまります。」

「成程。生命活動があると、ダンジョンの成長が加速するのね。」

「ですから人気のあるダンジョンはどんどん成長します。」

「それが神様や使徒様の暇つぶしだと知ったら人はどう思うのかしらね。」

「恩恵さえあれば、どうでもよいと思う気がします。」

「ふんふん。2号さんは何をしているのかしら?」

「訓練を眺めているようです。」

「ちょっと会って来るわ。」

ターシャは消える。

「2号さん、この後どうしますか?」

「どうしましょうか。訓練は十分見れましたし。今からご飯を作るようです。」

「我々はすることが無いですね。7階層の開発をしますか?どんな階層が良いか考えましたか?」

「いいえ。全然思いつきません。」

「後でいくらでも変えられるので、私も適当に作っているわ。」

「そうですか。水が多い場所なんて綺麗で良い気がします。滝、池、湖、川、運河等、島がいくつも浮いていて、橋でつながっていたりとか。」

「成程。面白そうですね。」

2人は暫く話し合って、要点をまとめて、

「ヴラ。出来そう?」

「はい。こんな感じでいいですか?そちらに表示します。」

「おおお。これは綺麗です。こんなところに住んでみたいと思いますよ。」

「ええ、いいわ。これにしましょう。お願いね。」

「出来ました。あっ、マスター。例のオークが5階層に向かおうとしています。」

「うーん、今来られると面倒ね。問題を起こさないかもしれないけど。ちょっと通路を塞いでおいて。私が念を押してくるわ。」

「分かりました。マスター。5階層への通路を封鎖しました。」

「ちょっと分からないオークが来たから、確認してくるわ。」

「私も行っていいですか?」

「ええ、勿論。」

2人は転移で4階層の5階層への通路の近くに出てきた。そして、5階層への通路が無くなって困っているオークを見つけた。別に暴れている訳でもない。会話が出来るか初めての挑戦。

「こんにちは。私はダンジョンマスター。こちらは私の知り合いの2号さん。貴方は誰?」

最初は驚いた顔をしていたオークだが、隣のオークと何かしゃべってから、こちらに何か言っている。

「分かりますか?」

「はい、分かります。先ずはここに匿てくれたことへの感謝と怪我人が治ったことへの感謝ですね。」

2号が通訳をする。

「どういたしまして。皆さんが養生出来て、良かったです。」

「以前なかった4階層が出来ていたので、5階層へ行ってみたいのですけど。」

「行かせてあげたいけど、今は人種が来ていますよ。喧嘩をしませんか?」

「人種は何しに来ているのですか?」

「私の作ったゴーレムと戦って、練習しています。私はゴーレムの性能実験がしたかったので、人種を呼び込みました。しかし、人種は2,3日で出て行くでしょう。」

「練習すると人種が強くなりますか?」

「強くなる者もいると思います。」

「私達も強くなれますか?」

「なれると思います。」

「人種がいなくなってからならば、使ってもいいですか?」

「いいですよ。本当なら今使わせてあげたいですが、やはり一緒はまずいでしょうね。揉める元になりそうです。一応許可の無い戦闘は禁止していますが。」

「私も人種を見て、冷静でいられる自信はありません。」

「そうでしょうね。一言言っておきますが、今来ている人種も魔獣を狩りましたが、それなりの理由がありました。第一に縄張りが侵害されました。第二に会話が成り立たないことが大きいでしょうね。会話が成り立つ人種同士でも殺し合いをするのに、会話が出来なければ、もっと問題がややこしくなりますから。分かりますか?」

「分かります。魔獣同士も戦います。ここが特別な場所というだけです。」

「分かってくれて嬉しいです……うーん…試しにまともな人種と話してみますか?」

「どうしよう。」

「通訳は2号さんがしてくれますから、会話は大丈夫でしょう。」

『ヴラ。人種とオークが会話できるようにはできるのかしら?』

『可能ですが、通訳がいた方が、この場合はいいのでは?』

『初めての会話ですから慎重にいきますか。分かりました。そうしましょう。』

「はい。試しに話してみます。」

「分かりました。」

「では2号さん。人選は頼みました。5階層から一人連れてきてください。」

「分かりました。」


*****


2人は4階層に続く通路を歩きながら、

「2号。何だい急に。飯を食っている所なんだが。」とダムディ隊長。

「すいません。急用でしたので。もしかしたら、国中から感謝されるかもしれません。」

「本当かい?」

「嘘は滅多につきません。ここです。」

「えっ?オークが。そしてもう一人は影?」

そこには大きなテーブルがあり、お茶の準備がしてある。ワインの樽も用意してある。

「ようこそ。ダムディ隊長。私はこのダンジョンのマスターです。こちらの方達はオークのお二人で、今ここで静養しています。お名前は無いようなので、今はそれで良いでしょう。」

「2号さんは既に紹介してあるので、こちらの方はダムディ隊長。魔獣の氾濫に対応すべく隣の隣のメリル領から援軍として、参加されています。これでよろしいですか?」

「はい、正しいです。初めまして。メリル領、軍団長のダムディです。」

お辞儀をする。

「どうぞおかけください。」

「まず、お茶がいいですか?ワインがいいですか?…先ずはお茶のようですので、お茶をお出しします。これはこのダンジョンでも採れるミントを入れたお茶です。お茶自体は町で買える安いお茶です。私は下手なので、2号さんにお願いします。」

2号は優雅にお茶を入れ、オークには大きなカップで、皆の前に並べた。

影が一口飲んで、

「うん、美味しいです。この入れ方をいつか身につけたいものです。オークの方は、嫌だったら嫌と言ってください。味覚が違う可能性もあるので、無理して飲むことはありません。」

「いえ。美味しいです。初めて飲みました。」

「私もです。すうっとして、清々しく感じます。」

「私も同じです。美味しいです。」

「それは良かったです。では、少しお話します。先ずは今の状況の説明からです。面倒で、分からない名称が多く出ると思いますが、オークの方にも出来るだけわかりやすく説明するつもりです。分からなければ、後で何度でも質問してください。」

皆が頷く。

「事の始まりは、グルゴウィル領の北部。この場所はグルゴウィル領という名称で、人種が管理していました。グルゴウィル領はユリーザ大国の一部でした。」

紙の上に大体のユリーザ大国とグルゴウィル領とこのダンジョンのある場所を書く。

「そこの領主はとんでもない男で、この大国を自分の物にしたい。エリザベス様を自分の物にしたいと願いました。」

「ええ!」

「そうです。エリザベス様です。エリザベス様はこの方の上司ですね。右のオークの方に対する、左のオークのお姫様みたいな感じです。」

オークが頷いている。

(伝わるんだな。)

「そこで、この男は、シェリダン教の神官を雇い入れ、お金を払って夢を叶えてもらうことにしました。神官は何らかの方法を使って、とても多くの魔獣を生み出しました。その数は1万匹以上です。貴方たち2人のオークはまず間違いなく、この男によって生み出されました。」

マスターはお茶を飲んで一息入れる。

「何故1万匹の魔獣を作り出したのか。この計画は2段構えでした。第一段は魔獣を近隣の領に送り出して、破壊してやろうと考えていました。彼は最後にユリーザ大国を手に入れさえすればよかったし、神官はこの世界を亡ぼすことが目的でしたから、魔獣が大暴れをすることは有効でした。」

「第二弾は集めた大量の魔素で、邪竜、もしくは邪神を呼び出し、使役しようとしました。それが出来ればこの世界を消滅させることもできるし、国を手に入れるなど子供の手を捻るような物です。この表現分りますか?凄く簡単だという意味です。」

オーク2人が頷く。

「この邪神召喚。成功しました。しかし、出てきたのは悪魔で、悪魔と言うのは悪い魔人なのですが、他の世界から呼び出されたようです。悪魔は言うことを聞かなかった。召喚陣に問題があって、悪魔が服従しなかったのですね。初歩的な失敗です。ですが、致命的な失敗でした。失敗を悟った男は、悪魔を殺そうと魔素爆発を引き起こし、この地は半径1kmの大穴が開き、半径15㎞近くも何もない荒野になりました。」

お茶を飲む。

「魔素爆発がありましたが、大半の魔獣は十分前に追い出されていたので、ほとんどが生き残りました。合っていますか?」

オーク達が頷く。

「そして、爆発は魔素を大量に空気中にまき散らしました。この辺りは普通の魔素濃度の100倍以上です。普通に植物などは生きていけません。多くの魔獣たちも影響を受けます。興奮したり、攻撃的になったり、縄張りを飛び出したり、強くなったり、突然変異を起こしたりします。合ってますか?」

オーク達が頷く。

「そんな中、この爆心地ではダンジョンが生まれました。魔素濃度が高かったことが一つの理由でしょうし、ここが元古代の地下遺跡だったことも理由だったかもしれません。このダンジョンは生まれてまだ10日ぐらいしか経っていません。私がダンジョンマスターになってからも7日位しか経っていません。魔素が多いので驚異的に成長はしていますが。」

「私はダンジョンマスターになったので、先ずは魔獣を受け入れられるようにしようと思いました。私が来た時には既に魔獣が住み着き始めていました。戦うことが嫌だった魔獣たちなのでしょう。寄り添って寝ていました。

私はダンジョンを拡張し、魔獣が住みやすいように変えました。階層が増えるたびに新たな面白そうな階層を作り、ゴーレムと戦える階層も作りました。誰でも強くなりたいと願う時がありますが、良い練習場は少ないのです。作りましたが、実証実験をしてくれる生物がいなかった。魔獣たちは戦いたくないので、のんびりしてましたから、邪魔はしたくない。そこに、都合よくダムディ隊長、貴方たちがやって来ました。」

「2号さん、お茶はもういいですから、ワインと串焼きをください。バイソーンの肉で。オークさんは生まれたばかりだからワインを飲んだことは無いでしょう。試してみますか?」

頷くオークに、ワインを注いだカップを渡してあげる。

「飲みやすいように、甘みの強いワインを選びました。ダムディ隊長には甘すぎるかもしれませんが、同じ物を飲み、食べることは、コミュニケーションの第一歩です。」

全員の前にカップが置かれる。

「では、初めて会った生き物同士でカンパイ。」

オークは真似をして、少し飲んでみた。

「甘いです。美味しい。」

「美味しい。」

「甘くてもいけますよ。」

2号は通訳をしながら、横でバイソーンを焼いている。

「今ので私の立場からの話はお終いです。そうだ、オークさん達もゴーレムで練習して強くなりたいと頼まれていたんですよ。そこから、人種と話してみますか、という流れで、ダムディ隊長が選ばれました。これで、お終いです。」

「次は誰が話しますか?やはり魔獣代表のオークのお二人にお願いしましょう。お願いします。」

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