第177話 引っ越し
子供達にテーブルで待ってもらっている間に、俺は夫人に答えるように魔法をかけて、目を覚まさせた。死体は既に片付けてある。
「夫人、少し聞きたいことがあるので教えてください。」
「はい。」
「この国をまともに機能させることが出来る王族か貴族を知りませんか?」
「そうね。以前はともかく、今はほとんどいないと思うわ。」
「ほとんどというと、少しはいる訳ですか?」
「でも、もうお歳よ。70歳越えていると思うわ。もう亡くなっているかも。」
「誰ですか?」
「今の陛下の叔父さんよ。どこかに隠棲していると聞いたけど。何処だったかしら。宰相なら知っているはずよ。」
「お名前は?」
「バッカス公爵。」
「分かりました。ありがとうございます。夫人のご家族は安泰ですか?」
「いいえ。両親も兄妹もすでに他界しているわ。」
「それは失礼しました。」
「いいの。伯爵も死んだし。息子も死んだわ。もう何も残っていないし、さっぱりしたわ。私は元々商家の娘なのよ。伯爵と結婚したけど、たいして幸せではなかったの。貴族も向いていなかったし。やっと自由になれたわ。」
「こんなことを聞くのもおかしいですが、夫人がこの家を継承できないのですか?」
「ちょっと無理ね。私は外から嫁いできた商家の娘だから、貴族籍を維持できないわ。」
「そうですか。これからどうしますか?」
「そうね。旅にでも出るかもしれないわ。あの獣人の子供達を如何するの?」
「それは私も悩んでいます。盗賊が連れて歩くのも、危険ですし可哀想です。」
「そうね。安心して育てられる場所があればいいけどね。私も罪滅ぼしで面倒見てもいいわよ。」
「それはありがたい申し出だが、本当にいいんですか?息子の仇だとか思いませんか?」
「敢えて言えば、仇はあなたでしょう。酷い息子だったことも理解してますし、私にも責任があることは分かっていますから。」
「分かりました。今すぐ提供できる場所は辺境の中なので、森と家と畑しかありません。他に既に反省中の4人がそこに住んでます。それでもかまいませんか?」
「構いません。しばらくのんびりします。ただこの家から持っていきたいものを回収させてください。」
「それは構いませんよ。俺も本がいろいろ欲しかったんです。」
「こちらもかまいません。では、早速用意します。」
*****
「それでそこで聞いていた君たちは何だい?」
そこには執事、メイドが3人、コックが1人。酔っ払いが1人が残っている。
「俺達には行くところが無い。」
「どうしてだ?次の領主が来れば、その元で働いてもいいし、退職金で仕事を始めてもいいんじゃないか?」
「そう簡単にはいかないし。もう汚い事に巻き込まれることも御免だ。」
「しかし、俺はそれを保証できない。というか、かなり危険に巻き込まれる可能性は高いと思う。BS商会関連の案件だしな。俺達盗賊は勿論狙われるし、その関係した者も探し出すかもしれない。特に今俺が夫人に提供する場所は元々BS商会(ファニー商会)の所有物を俺が取り上げたものだしな。そんなとこに行く気にはならないだろう?何もない辺境の真ん中にある場所だぞ。街に出かけて買い物ができるわけでもない。基本自給自足だ。もともと犯罪を犯した4人に反省させるために準備したものだしな。」
「それを言ったら、俺達も犯罪者だ。獣人の子供達を守れなかったからな。」
「まあ、そうだが…本気なら止めないぞ。獣人の子供達も全部で26人いる。その子達の面倒を見ることが出来るのか?面倒を見るというか、いつか外界に出ても一人でやって行けるように躾けて欲しいわけだが。勉強もさせなくてはいけないしな。出来るのか?」
「ああ、なんとかしよう。」
「…分かった。持っていきたい物を用意してくれ。俺達が運ぶ。」
それからは大忙しだった。あの酔っ払いは、酒を造れるそうで、その為に荷物が凄まじい量になった。結局奴の助手も一人ついてくることになった。
全員の前で、俺は話す。総勢34人だ。
「先ず、再度確認する。君たちが行くところは陸の孤島だ。周りは魔獣がいる辺境の森の中。誰も来ないし、出て行けない。ある物は、家と畑と静かさだけだ。行ったら二度と戻って来れないかもしれない。それでも行くつもりか?」
「「「「「はい。」」」」」
「子供達は、そこで生きていくことに必要なことを学んでほしい。計算、読み書き、物づくり、料理、魔法、何でもいい。時間が許す限り、周りの大人の手も借りて、生きるすべを見つけてくれ。盗賊よりましな仕事についてほしいと思っている。では、出発する。皆、暫く寝ていてくれ。スリープ。」
結局この屋敷はもぬけの殻になった。これももらっていくか。
俺は全員を飛んで運んだ。一応馬も2頭運ぶ。向こうに既に4頭いるからこれで6頭だな。
結構疲れたよ。ゲート魔法とかあれば楽なんだが。まあこれで風魔法が進歩しているんだからいい事もある。元からいた4人はまだ寝ている。このままの建物では34人は寝られない。今の建物であれば、詰め込んで20だろう。豆腐の家を建て増すか、家自体を取り換えるか。まあ、建物を2か所にしてもいいか。今の場所も地下室があったり、それなりに使い勝手もいいだろう。最初に回収した男爵の家を使おう。一番小さい。それでも子供達は2人部屋にして、大人はそれぞれの部屋で行けるはずだ。
先ずは結界を今ある家を中心に100mx100mで張って、魔獣除けを一時回収。家の隣に屋敷を置く場所を整地した。排水システム、浄化槽、もう慣れたもんだ。それが無い反対側には地下室を作り、外から直接アクセスできる階段もつけた。
近くを小川が流れているから、浄化した水はそこへ流す。地盤を固定化してから、男爵の屋敷を乗せる。配管を拡張して最新型のトイレ、風呂、キッチンへとつなげていく。魔法が無くても使えるように、大気や人から勝手に少しづつ魔力を吸収するシステムにした。使う時はボタンを押すだけだ。獣人は魔法が使えなくても、魔力はある。トイレを使っているうちに魔力を吸収されているのだ。ガハハハッ。大人数だから水関係は大き目に拡張した。魔法を使えるものが6人。元の家にある風呂は小さ目だから、いざとなったら、クリーンを使ってそっちでみんなで順番に風呂に入ってくれ。
家の中に元々あったものは一応全て回収しだが、リネン、食器等使える物は残した。本は中身をチェックして、安全な物は残した。全体にクリーンをかける。家具も作り足したし、特にベッドはトランポリンベッドにしてある。これで寝るところも、食事するところも、着るものなども足りるはずだ。工具や洋裁道具等、日頃の生活に必要な物は一通りある。最悪の場合は分身に必要な物を届けてもらう。
次は外の畑だな。家の前と後ろに40mづつ空き地がある。家の前の畑を一度潰し、正面に道を作る。厩を東側に作り倉庫も建てる。こうなると東側に馬の放牧用に土地を広げるか…400mx400mの牧草地を作った。地面はわざと丘陵のようにした。まっ平では馬も面白くないだろう。同時に結界も拡張した。俺の結界も進歩したよな。道を避けるように畑を家の前と後ろに作り、収穫物は地下に保存する形だ。それでも何があるか分からないから、西側にも大きな倉庫を一つ作った。豆腐型だ。濃具も足したし。今はこれぐらいだろう。
今日はもう遅い。明日の朝に説明し直そう。バッカス公爵はデボラに居る分身に任せた。
俺は土地を広めに守るように魔獣除けを並べていった。今回は魔獣除けを改良して棒の上に取り付けて、地面に刺していった。このほうが重いけど、解り易い。どうしても石を回収したければ、石だけ外して運べばいいのだ。ひたすら夜中に一人でどすどす棒を刺して回っているわけだが、かなりいるよな、魔獣が。悪いな、勝手に荒らして。俺は魔獣除けを越えて奥に入って行く。俺はウルフに取り囲まれているが、気にせずに話しかけた。
「悪いな。勝手に入り込んでしまって。ここに逃げ込むしかない奴等なんだ。全部で20頭か?これで許してくれないか?」
俺はオークを4匹出して、ウルフの前に置いた。狼たちは何も言わずに、オークを引きずって帰って行った。
「ありがとうよ。」
今は結界はいいか。分身もいるし。いつか子供達も狩りをするんだろうな。ああ、ナイフはまだいいか。コックの包丁だけは研いでおいてやろう。
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