第111話 初めての依頼
次の日、早朝。
朝の鍛錬をした後、軽く干し肉とパンとレタスを挟んだサンドイッチで朝食を終わらせ、俺たちは馬に乗って出発した。サマンサとエドワードも馬に乗っている。馬車はしまってある。残りの7頭の馬は付いて来る。前もって馬には説明しておいたし、サマンサとエドワードを乗せても良いという馬を選んで、お願いしておいた。馬達にもエクスヒールをかけておいた。怪我や傷があるものが結構いたからな。お礼みたいなもんだ。
俺たちはのんびりとメリル領のロイターという初めの町を目指していた。サマンサとエドワードは馬に慣れるように努力中だ。偶に俺が指導をするぐらいだ。
『ターシャ、久しぶり。元気か?問題ないか?』
『マスター。久しぶりね。問題はないわよ。ただ、此処にあとどれぐらいいるべきか悩んでるわ。』
『そうだな。俺も当分合流できなくなった。9人の子供達を届けた後、残りの二人が一緒に旅をすることを願ったため、今同行している。それに、今はメリル領の計画を潰さないといけない。もう2,3日そこでダンジョンの安全を確認したら、ゆっくり北に向けて出発してもいい。必要ならば、俺の分身に魔獣除けを出してもらって、村長に渡してもらってもかまわない。ただ少し残しておいてくれ。他の村などでも必要になるかもしれないから。あと、ダンジョンの最深部は今でも6階か?』
『分かったわ。ダンジョンに異変が無ければ、3日後に北へ向かい出発するわ。最深階層にも、魔獣の動向にも変化はないわね。問題なければ魔獣除けは渡さない。』
『よろしく頼む。』
気にし過ぎだったようだ。
俺たちが町へ入って最初にしたことは子供達の冒険者ギルドへの登録だった。身分証があるといざという時便利だ。ただ、年齢でFランクにしかなれないが。彼らも最初は2カ月に最低一つは依頼を受けなければ除名される。こういう冒険者のイロハを知っておくことは大事だ。人付き合いやネットワークを作るうえでも。
俺も此処でスミスとして新たにEランク冒険者として登録した。顔は認証阻害がかけてあるが、もし顔を見せろと言われたら、今まで吸収した男から選ぼう。
2人はギルドカードを嬉しそうに俺に見せてくれた。
「よかったな。これからは冒険者として一緒に依頼を達成しよう。」
「はい。」「うん。」
俺は、お薦めの宿屋を教えてもらい、其処に1週間宿を取った。一晩3人で朝飯付きで小銀貨8枚と馬10頭で小銀貨2枚。全部で銀貨1枚はまあ悪くないだろう。となれば、金を稼がないとな。冒険者ギルドに戻って依頼を物色する。この時間帯では大したものは残っていないだろうがそれでいいのだ。この子達の初仕事なんだから、効率を求めるべきではない。
「2人とも、字は読めたか?」
「少し。」
「私も。」
「それもこれから練習しような。ここにある依頼で読めるものあるか?」
「少ししか読めません。」
「私も。」
「じゃあ、俺が読んでやろう。俺がいなかったら、受付にお薦めを訊くのもいい手だぞ。そうだな。今日はそれをやってみよう。」
「おいおい、此処は保育所じゃあないぞ。」
「見れば分かる。初めて絡まれて嬉しいぞ。何だかこの世界に来た気がするよ。2人は、受付に行って、カードを見せて、お薦めの依頼を紹介してもらってきてくれ。俺はこの兄さんにジュースを3人分奢ってもらうから。」
「何を言ってんだ、てめえ。」
「まあ、そう尖るなよ。腕相撲で決めようぜ。」
「俺が勝ったらジュース3人分奢れ。お前が勝ったらこの金貨をやるよ。どうする?」
「やるにきまってんだろう、馬鹿が。」
俺たちは向かい合って座った。そいつの連れだろうが、審判を頼んだ。
「よーし、始め。」
「お、この野郎、結構強いぞ。細いのに。」
「おいおい、ロッド。お前の筋肉は見世物か?負けそうじゃねえか。」
皆にやじられて顔を真っ赤にするロッド、俺は何とか勝った風を装って、勝った。
「悪いな。ジュース3人分、お姉さん、この兄さんにつけといてくれ。2杯はあっちの子供達に渡してくれ。」
「はい。」
俺は届いたジュースを立ち上がって腰に手を当て、旨そうに飲み干してみせた。
「うん。旨いね。奢ってもらったものは特に。ごちそうさん。さてと仕事に行くか。」
「一寸待て。もう一度やっていけ。」
「悪いな。忙しいんで、明日にしてくれ。」
「俺は頼んでないんだよ。命令してるんだよ。」
「稼がないと今夜の飯代も怪しいんでね。遠慮しとくよ。」
「頼んでねえって言ったよな。おい。」
「おう。」
いつの間にか、子供たちの両隣をごついおっさん二人が固めている。
「何のつもりだ?」
「お前が頷きやすいようにしてやってるんだよ。」
「断ったら、子供達に手を出すのか?」
「まあ、そうなるな。」
「…しょうがないな。もう一勝負だ。お前の今持っている財布をかけろ。俺はお前の頼みを聞いてやっているんだから、金貨1枚は変えない。譲る気は無いぞ。嫌ならやめろ。」
「いいだろう。今度は本気だ。」
「よーい、始め。」
俺は暫くは待ってやったが、男の腕を一気に叩きつけた。男が蹲っている間に、財布の中身を出した。銀貨4枚。
「晩飯代、ごちそうさん。」
俺は席を立ったが、奴はあきらめないようだ。起き上がりながら、
「俺を誰だか知らねえのか?」
「知る訳ないだろう。自分で思うほど有名人ではないんだから、恥ずかしい自己紹介は止めろよ。興味ないしな。」
「俺はCランクのハンスだ。」
「そうか。勉強になったよ。次からは避けるようにするよ。」
「そんな必要ないぜ。お前は明日にはこの町にいないからな。」
「へー。2人とも行くぞ。」
「子供は置いていけ。」
「お前は託児所でも開いてるのか?」
「子供は売れば良い金になるんだよ。」
「へー。何処へ?」
「ロバート商会って場所があるんだよ。明日には売り払ってやる。」
「子供はやめとけ。後悔するぞ。」
「連れてけ。」
俺は抜いた2本のナイフを子供たちの横のおっさん達に投げつけた。2人の肩に深く突き刺さったナイフは勢いを無くさずに2人を後ろに吹っ飛ばした。俺は振り向きざま、もう一本抜いたナイフで、ハンスの手をテーブルに縫い付けた。
審判役だった男の剣を引き抜くと、武器を構えていた男たちの腕に片端から切りつけて、武器を持てなくしてやった。それから全員の武器を袋に、財布を抜き取り、ハンスの前の机に戻ってきて椅子に座ると、財布の中身を俺の財布に移していった。金貨にして3枚ぐらいあるようだ。
「ハンス君、ありがとう。これで俺たちの当分の晩飯代を稼ぐことが出来た。武器も手に入ったし、これも売ればそれなりの値段になるから宿代も払える。今回は全員の命は貸にしておく。次は取り立てるから。さて、子供たちと仕事に行かないと。おーい、二人とも俺のナイフをそいつらから抜いておいてくれ。じゃあな。」
俺は最後にハンスに刺さっているナイフを抜くと血糊を拭いて、懐に戻した。
ギルドを出ようとして、子供達からナイフを受け取っていると、受付嬢が、
「スミスさん。こんなことをされては困ります。」
「こんな事とは?」
「暴れて怪我人が続出していることです。」
「俺が殺されて、子供たちがロバート商会に売り払われる方がよかったと言っているんですか?」
「そうはいっていませんが?」
「じゃあ、分かりやすくはっきり言ってください。」
「…もっと穏便に。」
「では、穏便に終わらせられる方法を具体的に教えてください。」
「それは…。」
「貴方が間に入って止めたらよかったでしょう?その方がもう少し穏便に済んだかもしれませんよ。」
「私にそんな力はありません。」
「では、なぜ私に命令するのですか?」
「お願いしているんです。」
「では、なぜ彼らにお願いしなかったのですか?あなたはギルドの職員だ。ギルドの影響力を使うことが出来ると理解しているから私にお願いめいた命令をしている。にもかかわらず、あいつらには言わない。あいつらが因縁をつけてきたことを理解した上でだ。負い目でもあるんですか?それとも帰り道で襲われるかもしれないとか。確かに、それは怖いですね。」
「そんなつもりはありません。」
「そうですか?よく考えてください。何故俺に言って、奴等には言わないのか。ギルマスに相談した方が良いかもしれませんよ。別にあなたを責めるつもりはありません。正しいことをすることは恐ろしい時があります。力がないとそれができないことも常識です。でも、無意識になってはいけない。さもないと、弱者を常に犠牲にする生き方になるからです。偉そうに、すいませんでした。失礼します。」
あーあ、疲れた。
「どんな依頼をもらってきたんだ?」
「掃除と猫探し。」
「いいね!面白そうだ。」
「さっきどうして俺たちにやらせてくれなかったの?」
「そうだな、確かに二人なら簡単に相手できたな。でも、まだそこまで強くない。全員で来られたら、誰か殺してただろう?そして、君たちも死んだだろう。まだ、犯罪者以外を殺さなくてもいいかなと思ったしな。子供に恥をかかされたと思ったら、俺にやられるより、しつこく復讐を考える奴もいる。後はもう一つ可能性があるんだが、どうなるか分からないな。まあ、人を殺すなんて、慣れずに済めばそれに越したことはないよ。」
「分かった。」とサマンサ。
「はい。ありがとうございました。」とエドワード。
「どっちからしようか。」
「私、猫探しがいい。」
「じゃあ、そうしよう。」
先ずは依頼人の家で現場検証。子供たちはいろいろ質問して、絵も描いてもらった。此処からはサマンサの得意分野だ。彼女は家の周りの植物に話を訊いていた。
「こっちだって。」
俺も感知でここら一体の猫を見つけていた。保険だな。他の奴らも引っかかってきている。暇な奴等だ。近すぎないからサマンサのスキルはバレていないだろうが、気をつけるべきだな。
俺たちはサマンサの後をついていく。いろいろな所をぐるぐる回って、最後にちょっとした広場に出た。サマンサは走って繁みに入って行くと怪我をしている猫を連れてきた。
「誰かに蹴られたんだって。可哀想。」
俺はヒールをかけてやった。
「もう、大丈夫。」
「ありがとう。」
「よし、2人ともお疲れさん。猫を返して、次に向かおう。それとサマンサ、スキルを使うときは見られないように気をつけた方が良い。狙われるぞ。」
「うん。」
次は空き地に粗大ゴミが捨てられたので撤去してくれだった。これは俺の分野だな。似非マジックバッグに入れるふりをして、どんどん収納していった。その後町のゴミ捨て場でさっきのゴミを捨てなおした。
俺たちは冒険者ギルドに戻ってきて、受付嬢に依頼達成を報告して料金をもらった。小銀貨6枚だ。2人でこれだと生活するには大変だな。猫探しだってサマンサでなければ1日で済んだかどうか。ゴミ捨ても荷馬車とかがあっても1日仕事だ。道理で残っていた依頼だよ。俺は依頼書を見て回って、残っている仕事だからか知らないが、料金が安いような気がした。訊いてみるか。
「すいませんが、質問していいですか?」
「はい、どうぞ。」
「この残っている依頼、どれも料金が少し安すぎないかと思うんですが、適性ですか?さっきした猫探しや粗大ごみのゴミ捨て場への移動など、1日仕事で小銀貨3枚では生活できないのではないかと思いまして。」
「確かに、少ないと思います。ただ、皆さんもあまり余裕がないので、こういう金額になってしまうのです。」
「何故そんなことに?税金が高いとか?町が栄えてないからとかですか?」
「そうですね。税金が高いから、商売も伸びずというところでしょうか。その分物価も安いんですけど。」
「そういうわけですか。以前から税金は高いんですか?」
「そうですね。もうずいぶん前から高いままですね。10年ぐらいは変わってないんじゃないでしょうか。」
「情報ありがとうございました。」
俺は受付を去って、サロンを見てみると、皆目をそらす。今日はこんなもんだろう。俺たちは宿へと帰った。宿もこれでばれた。
「さて、何を食べるかな。お姉さん、今夜のメニューは何だい?」
「今夜はオークのシチューとパンです。」
「懐かしいな。3人分ください。」
「サマンサとエドワードはオークのシチューを食べたことある?」
「あります。」
「ううん。」
「そうか。俺もオークのシチューは作らなかったもんな。以前凄く美味しいオークのシチューを食べさせてもらったんだよ。ハーシーズ領のキスチョコ村の宿で。ここのはどんな感じかな。」
俺たちは目の前に並べられた料理を食べ始めた。
「美味しいです。スープとは全然違うんですね。」
「うん。私も好きな味。」
「これも旨いな。どうやってこのコクを出しているんだろうな?」
俺たちは思ったよりも旨いシチューの御蔭で、気分よく部屋に戻ることが出来た。二人が直ぐに服を脱いで寝る準備を始める。
「あー分からないから、お姉さんにシチューのコクの秘密を訊いて来る。」
俺は部屋を飛び出して下へ向かった。そのまま宿屋を飛び出ると向かいの路地に飛び込んだ。手には短剣が抜いてある。
俺は一気に加速して短剣を手に路地の陰の男に飛び掛かる。
「おい。二度目だな。次は無いと忠告しておいたはずだが?命を置いていけ。」
「一寸待ってくれ。話に来ただけだ。」
俺は短剣を目の前に突きつけて、「何の話だ。」
「俺たちのボスがあんたに相談したいことがあるそうだ。」
「お前のボスは冒険者ギルドのギルマスだろう。」
「いや違う。この町にはボスがいるんだ。」
「その言い方だと、この町全部のボスということになる。町長か?」
「それは、表のボスだ。この町は基本的に裏のボスが運営しているんだ。」
「ほう。初耳だな。」
「あんたこの領に来たばかりだろう。この領では、それぞれの町に裏のボスが割り当てられているんだ。」
「割り当ては誰が決めるんだ。」
「そりゃあ大ボスだよ。」
「大ボスね。闇社会の元締めみたいなもんか。」
「そうだが、それだけじゃねえ。俺はこれ以上は言えないが、この領では上に逆らったら生きていけないんだよ。」
「全く、恐ろしい領に来てしまっていたんだな。」
「そういうことだ。お前もここに来ちまったんだから、腹を決めて、俺のボスに会え。じゃないと、子供達も巻き添えだぞ。」
「ふん…分かった。此処でしばらく待て。すぐ戻る。」
短剣をしまって付いて行くことにした。
*****
がっくりとして宿の部屋に戻ると、
「やっぱりシチューの秘密は教えてもらえなかったよ。」
「やっぱり。」とサマンサ。
「だめだと思ってましたよ。」とエドワード。
「自分で勉強するよ。それと、俺はちょっと出なきゃいけなくなった。襲ってくる奴はいないと思うがベッドには短剣を入れておいて、扉には椅子を挟んでから寝てくれ。頼むぞ。」
俺は分身を潜めてから、表の男に合流した。腰には剣と短剣を差している。
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