第109話 面倒なお願い
次の日。早朝。
エリザベス領 領都リゼンブルの門の前。
いつものように門衛が門を開けると、大きな酒樽に座った子供達が9人、門が開くのを待っていたようだ。
「お早う。早いね。どうしたの?」
「この手紙をダムディ隊長に渡すように頼まれました。」
「誰から?」
「名前は知りません。」
「一寸ここで待っていてくれ。すぐ戻る。」
「隊長を呼んできてくれ。此処に子供達がいるんだ。俺は子供達を詰め所に入れておくから。」
*****
「私がダムディだ。君たちはいつからこの門の前にいたんだい?」
「門が開く10分ぐらい前からです。」
「それまではどうしてたんだい?」
「よく覚えていないんです。」
「そうか。君の名前は?」
「ジェニファーです。」
「そしてこの手紙を預かってきたんだね?」
「はい。」
ダムディ隊長は封蝋をはがして、読み始める。
『ダムディ隊長、お久しぶり。元気で頑張っているようで何よりだ。昇進されたそうなので、お祝いに酒樽を送るよ。部下と一緒に飲んでくれ。嫁はまだのようだし。
この子達は、グルゴウィル領領主城とその膝下にあるダスキン奴隷商会に囚われていた違法奴隷だ。この子たちの名前、年齢、住んでいた場所のリストはジェニファーが持っている。この手紙を渡した子だ。また、グルゴウィル領での他の犯罪行為などが行われていた証拠もジェニファーに預けてある。受け取ってくれ。
申し訳ないが、また後始末をお願いする羽目になったことを謝ろう。しかし、信用できる組織側の人間が少ないため、どうしても偏った付き合い方になってしまう。酒樽で勘弁してほしい。この子達には金貨50枚が入ったカバンをそれぞれに渡してある。今までのつらい人生を少しでもやり直しやすいように渡した物なので、なくさないように気を配ってくれるとありがたい。子供たちが皆安全に家に帰れるよう骨を折ってくれることを祈っている。
やはり昇進祝いが酒だけではつまらないだろうと、剣もジェニファーに渡しておいた。受け取ってくれ。なかなかの剣だと思うが、気に入らなければ売るでも、他者にあげるでも好きにしてくれて構わない。それではもう行くよ。エリザベス様とスレイニー司祭にもよろしく伝えてほしい。賄賂として二人にもグリーンウルフの毛皮を送るよ。
もう面倒を押し付けないことを祈りながら、さようなら。』
「ジェニファー、他にも何か私に渡すものがあるみたいだね。」
「はい。あのお酒の大樽の他に、この剣とこの袋です。」
「ありがとう。」
(これまたすごい証拠を送り付けてきたな。どうしたも何も、エリザベス様にお渡しするしかないんだが。この子供たちの目の前で見るべきものではないよな。)
「これが君たちの帰りたい場所だね。私が責任をもって君たちを送り届けよう。安心してくれ。鞄は肌身離さないように。君たちにはこの町で2,3日過ごしてもらうことになると思う。それまでは何かあれば相談してほしい。」
「はい。」
剣はチラッとだけ見たが、かなりの業物と見た。後で試してみよう。
1時間後。エリザベス様、スレイニー司祭、ダムディ隊長が会議室で。
「どう思われますか?エリザベス様。」
「よく言えば信用されている。悪く言えば、あまり報酬の無い仕事かしら。今回は私の領には直接関係なさそうだし。」
「そうなんでしょうか?何だか裏があるような気がしまして。スレイニー司祭様はどう思われますか?」
「カーズだと思います。このやりかたは。サシントン領の事件によく似ています。サシントン領にいると思っていましたが、グルゴウィル領とは思いませんでした。まだこの領地にいるのでしょうか?」
「それは無いと思うわ。彼は忙しいのよ。2日前急報で、グルゴウィル領の領主一同と多くの人達が呪われたと連絡が入りました。スレイニー司祭にお願いしようとも思いましたが、今回はたったの3日で死亡したようです。それも症状が多数あり、前回とは少々違いました。相手の罪の重さで辛さを選んだような気がします。それでも三日での処刑ですから、司祭様に解呪されたくなかったのではないかと私は思っているわ。彼はまだダスキン奴隷商会を許していないのだと思う。実際ダスキン奴隷商会は今でも活動している証拠として、今回も子供達を助け出していることだし。」
「だとすると、メリル領とスニード領とフェイロ領が狙われているかもしれません。あの時事件で名が挙がった4つの領で無傷で残っている領ですから。」
「そうかもしれませんね。」
「後、この資料を精査していけば次に何が起こるか見えてくるかもしれないわ。私にも後でじっくりと見せてね。」
「分かりました。エリザベス様。それでは、私は子供たちの輸送を手配しますので。」
「そうだ。子供たちは何かカーズについて言っていた?」
「ほとんど覚えていないそうです。顔も分からないし、名前も知らなかったようです。一週間程一緒に馬車に乗っていたのにです。これも彼の能力なのでしょう。」
「これでは、おとりを使っても無駄でしょうね。」
「司祭様。なかなか大胆な考え方ですね。」
(全くだよ。そこまでして捕まえたいかね。)
「いえ、別に捕まえようというのではなく、いつか話してみたいと思っていたものですから。私の心の活性剤とでも言いましょうか。特に他の司祭や司教ともめた時の後に、話したいと思ってしまうのです。私は正しいことをしているのかと。」
「司祭様でも、悩まれるのですね。」
「毎日ですよ。炊き出しのときだけは考える必要がありませんが。私の息抜きです。」
「成程。そういうものかもしれませんね。変に選択肢があると悩みますから。」
「ええ。常に選択肢はあります。無いように見えたとしても。また、何かありましたら教えてください。」
「分かりましたわ。」
「最後に、司祭様、エリザベス様、これがカーズからお二人へのグリーンウルフの毛皮です。」
「とても気持ちが良い肌触りね。」
「優しい感じがしますね。」
「どういうつもりでくれたのかしら?」
「やはり、賄賂と謝罪かもしれませんね。ある意味我々を巻き込んでいるのですから。陛下と辺境伯への説明も必要ですし。」とダムディ隊長。
「やはり、しないとけないわよね。私の名前も否が応でも陛下に覚えられているわ。それ以外の人にもね。」
「その内、陛下からエリザベス様に婚約の要請が来るかもしれませんね。」と司祭。
「やめて下さい。そんな考え全くないんですから。」
「しかし、それがカーズの狙いかもしれませんよ。エリザベス様が陛下の側妃になるか、王太子の婚約者となれば、この国自体が良くなって、カーズが走り回る必要がなくなると考えているかもしれません。そのためにも陛下の覚えが良いに越したことは無いということで…。」と司祭。
(考え過ぎです…)
「まさか!」とエリザベス様。
「まあ、それは無いと思いますよ。カーズは計算ずくなとこはありますが、政治的にエリザベス様を利用しようとはしないと思います。他人にムリヤリ何かをさせることを嫌っていると思うんですよ。ですから、私は無いと思いますね。」とダムディ隊長。
「それは私も同意します。ただ、思わない結果として、そういうことが起こる可能性はあると思うんですよ。ただもしそうなったら、カーズは邪魔するかもしれませんね。エリザベス様が望んでいるならいざ知らず、嫌々婚約させられると知ったら、カーズは今までの恩も合わせて、エリザベス様を守ろうとすると思います。その方が彼らしい。」と司祭。
「2人して楽しんでますわね。」
「カーズの話には花がありますから。」ニヤリとダムディ隊長。
「確かに、聞いている分には、おとぎ話のようですから。いつか本にしてみたいですね。」ニヤリと司祭。
「私達も神に導かれるように、正しい事が出来るように頑張りましょうね。」
(あなたたちは俺から見てもカッコよく生きてますよ。)
3日後の3か月に1度の大炊き出しの朝。
「お早うございます。スレイニー司祭様。」
「お早うございます。どうかされましたか?笑顔が止まらない感じですが。」
「あなたの笑顔を見たいと思い、呼びに来たのです。」
「どういうことですか?」
「まあ、こちらに来てください。」
私はスレイニー司祭を連れて玄関へ向かった。玄関を開くと、おびただしい量の食糧と大きな袋に金貨が詰まっていた。私がスレイニー司祭の顔を盗み見ると、彼は素晴らしい笑顔で空を見ていた。
「今日の炊き出しも楽しくなりそうです。」とつぶやきながら。
一つ発見。俺の分身はかなり進歩していて、リゼンブルに来ても分身が消えることはなかった。それでスレイニー司祭への寄付の後、分身をそのままエリザベス様の護衛に付けておくことにした。
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