第55話 バカンス
次の日。
朝食の後、途中までシルフィードに乗って出発。まだつけているな。俺の家の場所はバレているのだから、大人しく帰ろうとネリーにも伝える。たまには乗馬の練習をしないといけない。
「シルフィード、俺が変な指示を出したり、乗り方が悪かったら教えてくれよ。」
「ああ、大将。分かった。嫌な乗り方だったら言うよ。ネリーに教えてもらったらどうだ?ネリーの方が今は上手だからな。」
「やっぱりか。」
「練習していたからな~。」
「どうしたらいい?」
「まあ、一緒によく乗ることだな。俺達もそれぞれ癖があるから、それを知っていたらお互い楽に付き合える。後はそうだな。膝だけで俺達を挟まないで、足全体で挟んで、力を抜いて柔軟に合わせる事か…自分でも何を言ってるのか分からないな。」
「凄く部難しそうなんだが…。」
「まあ、好きに乗りな。俺の方で合わせるから。」
「そうか?悪いな。」
スマイルは鞍の上に立ってみせる。
「ちょっと大将?!」
「まあまあ。頼むぞ。」
「ネリー、凄いだろう。」
「わあー、お父さん、凄い。私も。」と言って立ち上がる。
二人して馬の背に乗って前に進む。
「シルフィード、もっと速く。」
「おいおい、大丈夫か?」
「ああ、まだ大丈夫だ。」
「落ちても知らないぞ。」
「はっはっはっはっ。」
ネリーも隣でウィンクスの上に立っている。
「アハハハハハ。」
*****
色々楽しみながら、後半はシルフィード達にレースをしてもらった。本人たちの要望で、最近運動不足だったからと言う理由だ。夕方には家に到着。しっかりと密偵も付いて来ており、暫くここを見張るつもりのようだ。こりゃあ、早々に旅に出た方がいいな。
2,3日、のんびりしよう…しまった。ネリーを海に連れて行く約束をしていた。
「ネリー、海に連れて行く約束覚えているか?」
「うん。」
「明日から2,3日行くか?」
「うん。」
「ただ、森を抜けていかなくちゃならないからな。準備をしておくように。」
「うん。」
「ニコル、訊いた通りだ。お前には俺になってつけてきた奴を引き付けておいてもらわなくてはならなくなった。一緒に海に連れて行けなくてすまん。」
「いつでも行けるから、気にするな。」
「すまん。」
次の日、俺達は馬を見に行く振りをして、そのまま奥の森に入っていった。つけてきたやつは俺の敷地には入れないので完全に見失っている。ネリーと二人で森の浅いところをどんどん南下していく。森の浅いところは魔獣もいないし、木も絡まっていないのでスピードをどんどん上げていく。
「ネリー、速くなったな。」
ネリーは笑いながら更にスピードを増していく。俺も追いかける。もっと速くなる。ネリーはどんどんスピード自己新記録を更新中。辺境の森沿いに行けば自然と目的地に行きつけるので、悩まなくていい。
おっと、分裂の距離がそろそろ限界か。
『みんな、ニコル以外には悪いが一度集合してくれ。』
以前より分身を維持できる距離が伸びた気がする。
ネリーとの差がちょっと開いたな。追いつくとしよう。感知で誰もつけていないことを確認。海の家に誰もいないことを確認。よし、加速装ー置。
一気にネリーに追いついた。その頃には国境の塀も見えてきた。
「ネリー、あと30分ぐらいだぞ。」
「楽しみ。」
今、時速どのくらい出てるんだろうか。50㎞はでてるよな。
「ここまで来たら、後は塀に沿って真っすぐだ。」
ネリーはさらに加速した。最高速度。海だ。ネリーは止まらず海に突っ込んでいった。そのまま海の上を暫く走って、沈んでいった。
「あはははははは。」思わず大笑いしてしまった。
「凄ーい、塩辛い水だ。あはははははは。」
「だろう。」
俺も海に飛び込んで久しぶりに泳いだ。気持ちいい。スーッとする。ネリーもまだ犬掻きバタ足で泳ぎ回って楽しんでいる。
俺は一度海の家を調べに行った。壊れたところは無いようだし、誰かにいじられた様子もない。排水スライムもまだいるようで助かった。クリーンをかけて家の扉を開けて換気をし、水を新しくして、風呂の水も入れ替えた。トイレにオークの骨を一本入れておく。もしかしたらお腹を空かせているスライムのためだ。
ネリーがまだ泳いでいるうちに、俺は分身にマイクロフ聖王国を見に行ってくれないか頼んだ。王都以外の田舎の方もどのような影響があるのか、それと一人呪いで死ななかった男。あの呪いを乗り越えた後成長しているはずだ。
その後俺は釣りをネリーと楽しんだ。ボーっとしながら分身からの報告を聞いた。
現在王族側と貴族側で内乱が起こっている。民衆は適当にどちらかについているようだがどっちもどっち。だれも自分たちが間違っていたことについては言及しない。未来的思考らしい。そのくせ自分たちの文化の御蔭で進歩したんだから敬えと、間違った歴史にしがみついている。どこが未来的思考なのか誰もおかしいと思わないのか?
田舎は田舎でのんびりしているところはまだ領主がましな所、酷いところではこの時とばかりに民衆から搾取している。普通に落ち着いていれば自給自足できるのにな。民衆は知らなくても指導者層は知っているはず。その指導者層が内乱をしているのだからどうしようもない。
あの生き残りの男は侯爵家の三男坊。侯爵本人、跡継ぎ、次男と呪いで死んだから急遽侯爵となった。冒険者から侯爵か。嫌になるだろうな。奴の状態異常耐性は60だったが、今は63だ。後は大したことは無い。乗り越えると強くなる。彼は王族派らしいが、それは正解なのか?若い王様と新しい国を作るならそれもいいかもしれない。腐った部分はきちっと削除できればだが。
ひとつ面白い行動が塀に穴をあけようとしている奴らがいる。こっちの海は辺境と思われているだろうから、だれも来ないだろう。ネイラード王国側の海はどういう理解なのか。穴をあけられてはたまらないので、自動修復をかけておいてもらった。全ての塀にかけてくれ。この辺は俺がやっておくから。俺は塀に行くと魔力全開で自動修復をかけた。これで穴をあけられる心配は無い。
指導者層の情報もあるが、今は興味が無い。反省してないし、国民の生活にも大して考慮していない。国境封鎖を解除することは20年ぐらい経ってもだめかもな。
分身達よ、戻ってきてゆっくりしてくれ。
今夜はネリーの釣りあげた魚、アージだ。その後もネリーは3匹釣った。
「ネリー、よくこんな大きなアージを釣ったな。晩飯に食べよう。」
焚火をおこし、魚を串焼きにする。俺はハマグリグリも焚火にくべた。
「ネリーの釣った魚は本当に美味いな。」
「うん。」ネリーはにこにこして、魚にかぶりついている。ここは本当に良いところだ。
大根を探そう。おろし大根で魚を食べたい。
「これはハマグリグリという貝だ。これも食べてごらん。」
ネリーは切った貝を頬張って目を見張る。
「美味しー。美味しー。」
「だろう。ネリー、海はどうだい?」
「凄いよ。こんなに広い世界見たことない。魚もいっぱいいる。美味しい。いい事ばかり。」
「町に住むのとここに住むのはどっちがいい?」
「うーん、どっちもいいけど、海の方が好きかも。」
「そうだな。」
この土地は辺境の一部だから誰の所属でもないはずだ。もし俺が勝手に開拓したら俺の物になるかもしれない。どのくらい危険な魔獣が出るか分からないが、感知ではこの辺りに強力な魔獣はいない。しかし、そうなると俺以外も入植しようとする者が出てくる可能性がある。そうなると、俺たちの求める静かな生活が難しくなるし、必要以上な自然破壊が起こるかも…一応、今度サシントン領主に訊いてみるか。どうせまた呼び出してくるだろう。
ちょうどいい時なので火魔法の練習をしよう。
先ずは初歩のファイアーボール、ファイアーアロー、ファイアーアローホーミング、ファイアージャベリン、ファイアーストーム、ファイアートルネード、ファイアーウォール。どれも問題なし。威力も十分だ。ファイアーフライ。これは蛍のようにゆっくり飛んでくるが、触ると爆発する。これもホーミング能力がある。これに対して直線に飛んで目標を爆破するのがファイアーバースト。ファイアーレイン、空から雨のようにファイアーアローが降ってくる。メテオストライクはまだできないようだ。たぶん、火魔法と土魔法のレベルがもっと上がればできる気がする。
風魔法の練習もした。ウィンドカッター、ウィンドストーム、ウィンドエッジ、ウィンドプレス、ダウンウィンド、ウィンドブラスト、ダウンバースト、トルネード、サファケイト、ヴァキューム。サイクロンは無理だ。いつかの為に最上級広範囲攻撃魔法は身に着けておきたい。国が敵になっても生き残れるように。ウィンドプレスはダウンウィンドで押しつぶす魔法だが重力魔法が無い今これを利用しよう。似たような魔法でダウンバーストと言うのがあるが、これは危険な魔法で、上空の冷たい空気を地面に叩きつける魔法だが、魔力が多ければ上空10㎞ぐらいの空気を引き下ろす。その温度はマイナス50度程にもなるので、地面の生物は簡単に凍り付く。殲滅には悪くないが、全て凍ってしまう。ヴァキュームは範囲を真空状態にする魔法。自然に影響を少なくしながらも敵を倒すなら使える魔法だと思う。ライトニング、サンダー(ボルト)は使える。
水魔法で新しく使えそうなのはウオーターカッター。高水圧カッターだ。俺の魔力ならダイモンドも切れる。水は体内にあるから、物理でも同様にできるので、相手次第で使い分ける事ができる。こんな事もできる。俺は想像して水魔法を行使する。すると海が割れた。モーゼと名付けるか?それとも水割りか?海底を歩いて行ってコブを採取。便利だ。水魔法の極大魔法は危険で実験できなかった。
土魔法も自然を破壊しすぎるからここではしない。
闇魔法で、シャドーバインドは使える。ダークミストは全体的な、ダークは目の部分だけの目隠し。
ネリーは横で面白そうに見ていた。
「ネリーは獣人で魔法を使える人を知っているかい?」
「ううん。」
「そうなんだな。まあ、無くても困らないよな。」
その後で風呂に入ってネリーをベッドに入れて、桃太郎のお話をした。犬、猿、雉をどう表現するかで悩む。仕方がないので、ブラックウルフ、クレイジーエイプ、ハーピィを説明に利用したが、あまりに勇まし過ぎる気がする。
ネリーが寝たので、森に入って大根が無いか探索した。大根を知らないから感知で探索できない。久しぶりにスライムに戻って森の中を移動。マンドラゴラを見つけた。似ているが違う。鑑定によると、上級ポーション作りに使えるから欲しいが、どうやったら増やせるのか。場所だけ覚えておいて、増やし方を先に調べよう。うちの畑に植え替えできるかもしれない。
木を登り吸着の訓練も続けた。どれだけ少ない面積で自分を支えられるようにできるか。ゴールは銀貨ぐらいの大きさで自分を固定できるようになること。銀貨ぐらいの大きさの足を作り、それで木を登ったり下りたりを繰り返した。最初は落ちてばかりだが、だんだんと上手くなり、慣れてきたらスピードを上げる。分身を出し、分身に俺を感知するように頼んで、隠形を起動する。分身に感知されなければかなり上達したことになるだろう。夜が明ける頃、随分移動はスムースになったが、まだ感知されてしまう。感知されてしまう理由は俺の魔力が感知されてしまうからだ。俺は魔力の漏れを無くす練習を始めた。隣で分身が感知しているので直ぐ結果がわかる。身体の表面で魔力を体内に跳ね返すイメージだ。これはすぐにできた。問題はこれを無意識に出来るようにすること。魔力操作の練習の延長だから難しくはなかったが、木を登ったり下りたりしながら完全に身につけるまで暫くかかった。まだ他のことをやりながらでは魔力漏れが起こるかもしれないが、以前よりはましだろう。この練習も完璧になるまで続けよう。
俺は家の前の椅子に座り、のんびりしていた。これからどうしようか。旅に出ることは決めていたから、行先だな。鉱山かダンジョンか。鉱山には鉱石採取、タンジョンにはレベリング。ネリーのことを考えたらレベリングは必要だ。まだ6歳だが、小さい頃の方が伸び方が良いと思う。それにこの世界だ。俺が明日も生きている保証はない…ダンジョンに行こう。
ネリーのレベルが少なくとも50台になれば、一安心できる。冒険者C級上位だな。それと並行に俺は金と権力をある程度手に入れる。サシントン領なら、安全だろう。いざとなれば辺境に逃げ込める。今はこの計画でよい。
「ネリー、何かしたいことはあるかい?」
「探検。」
「どんな探検?」
「海岸の先に何があるか調べるの。」
「へー、面白そうだね。ついていってもいい?」
「うん。」
俺はネリーの横に並んで、ネリーの話を聞きながら、海岸沿いに北上した。マイクロフ聖王国側に行かないでよかった。トンネルのある岩礁を越えて先には砂浜が続く。さらに行く。断崖絶壁にぶつかった。ネリーは考えてから、断崖を登り始めた。俺も続く。崖の頂上について海を見ると本当に海は広い。
2人で並んで座って眺めていると、沖に大きな魚が見えた。鯨か?あれをテイム出来れば船はいらないな。ネリーはずっと魚を見ているので、
「ネリー、どうした?」
「大きい魚、美味しそう。」
「美味しいかもしれないな。お腹減ったか?」
「まだ。」
ネリーはまた歩き出した。断崖沿いを歩き続けると多くの鳥がいる原っぱに出た。鴎のような鳥だが、ずっと大きい。アホウドリかもしれない。鑑定。アホウドリでした。俺たちに全然警戒しないので、その中を素通りしていった。卵取れるかもしれないが何となく意味のない罪悪感。森の端だから魔獣もいない。
ネリーが急に匂いを嗅ぎだして、森に入っていった。段々奥に行くと俺でもわかる、硫黄の匂い。暫くすると温泉にぶつかった。が先客がいる。クレイジーエイプとスライムとグリーンウルフだ。全く争っていない。俺たちを見たがそれだけだ。この辺りには魔獣がかなりいるが、争っている雰囲気は無い。ネリーはそっと温泉に近づいていったが、それでも無反応。俺も意を決して、
「お邪魔します。」と言って、服を脱いで湯につかった。
ネリーも真似をする。俺の直ぐ横にはグリーンウルフが浸かっている。皆、のんびりしている。明らかにこの温泉は非戦闘エリアと決められているのだろう。何となくこいつらに酒を飲ましてみたい気がしたが、それが原因で暴れだしたら困る。この平和な感じが良いのだ。ネリーがのぼせそうになったので、温泉からあがった。他の魔獣はまだまだ平気そうだ。俺とネリーがお辞儀して去ると、頷いていた。
さてどうしようかな。温泉に入れて俺は凄く気分が良い。ネリーは少し眠くなったようなので、昼寝でもさせようかと、毛皮と毛布を敷いてやる。彼女はすぐに眠ってしまった。今までの疲れが出ているのだろうか。分身に感知してもらい隠形練習を始めた。交互に練習する。分身ができるということは、俺ができるということ。2人で練習すれば効率は倍だ。俺のスキルの進化が早い理由の一つだ。お互い感知しながらそのあたりで踊ったり、変装したり、擬態を変えたり、魔法もライト位の生活魔法。感知出来たらお互い念話で教え合う。結構面白かった。もうほぼ完璧。ネリーが起きるまでの2時間位やっていた。後、崖の上り下りもやってみた。吸着の練習に最適。こんな滑りやすい所でももう安全にこなせるようになった。
ネリーが起きたので、シンプルなコブと魚と貝のライスのスープを作った。灰汁も取って、味見をして、素材の旨さだ。ネリーと自分によそって、いつも通り
「「いただきます。」」
そんな時、ネヴァーランドにケイレンソードから客が来たらしいが、実質俺のことを調べに来た例の領主様の密偵だ。いつまでたっても動かないので、鎌を掛けに来たのだろう。あえて、虎の尾を踏みに来ている感覚は無いのだろうな。調べに来ただけのようだから、まあ適当に応対したそうだ。これは急いだほうが良い。面倒ごとの匂いだ。
「ネリー、今日はもう帰ろうか?」
「うん。温泉も発見できた。」
「大発見だったな。ネリーのお陰だ。今度また来ような。」
「うん。」
俺たちは駆け足で家に戻った。今夜は最後の海の家だとネリーに教えると、釣りを始めた。俺は海で塩を5トンほど作り出した。その後はコブ採り。採ったコブを今回は糸を張って、干してみた。時間は足りないが、試しだ。ネリーに浜焼きをしてやりたくて、潜ってエビビ、アワビビ、ハマグリグリを採ってきた。ネリーは今回は大物でクエのような魚を釣ってきた。庭に作った浜焼き用の台で、全部焼いて食べまくった。ネリーも初めて食べた物もあり、食べ比べては美味しいしか言わなかった。軽くお風呂に入れて、直ぐ寝かせた。ネリーの骨休めに来たのだから。
いろいろ考えた結果、サシントン領主は塩商売に介入しようとしているのではないだろうか。そのために投資する先として俺の友達を考えている。2年間分の塩をすでに手に入れたわけだから、ある程度信用はしているだろう。アブデインさんは塩の知識もあるだろうから、その辺かもしれないな。塩の儲けはドミル領の塩産業を叩き潰して、再生させる時に上前刎ねる仕組みにして金儲けを考えていたのだが、サシントン領でもできなくはない。辺境の開発をしないならば。今は辺境は基本手付かずの状態で残したいと思っている。話がそれたが、領主様にどこまで話すかだろうな。俺は自分の住む環境を安心できて気持ちよい状態にしておきたいだけなんだよ。
先ず、帰ろう。それからだ。
朝食後俺たちは駆け足で家に帰った。ニコルと馬の所で合流し、馬の調子を確認し、家に着いた。風呂から出て軽く昼食を食べてから、ニコルと相談した。独り言みたいなもんだが。結局最初の予定通り、サシントン領にあるダンジョンに行くことにした。ウインクスの妊娠が確認され、シルフィードはお父さんになるので、初産ぐらい一緒にいてやれということで歩きで行くことにした。時間はかかるかもしれないが、それもいい。
明日出発だ。必要な物は既に揃っている。分身にはいつもの情報収集にスポケーンに行ってもらおう。
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