第44話 作戦終了
次の日の朝。
スマイルの土地で。
母娘は朝起きて外に出てまた驚いた。外は山と草原に囲まれている。外にはニコルが東屋の下で椅子に座って手招きしている。テーブルの上にはパン、ジュース、サラダと肉を焼いたものがのっている。二人が席に着くと、ジュースを注いで、手を合わせてお辞儀をしてから食べ始めた。いつも思うが変わったしぐさで、娘が面白そうに真似をする。二人はきょろきょろしながら食事をすすめる。
「ニコル、ここは誰の家?貴方の家?」
首を振る。
「前の家の持ち主の家?」
首を振る。
「だめかー。感謝したいんだけど、会えないかな?」
首を振る。
「やっぱりだめか。感謝したいのは本当なのよ。」
頷く。
「感謝を伝えてくれる?」
頷く。
「ありがとう。それで十分よ。」
彼女は残りの朝食を終わらした。
サシントン領主城、執務室。
コンコン。
「領主様。今よろしいですか?」
「いいよ。王様からの手紙を読んでただけだから。」
「何と?」
「要約すると、戦争は無し。塀の意味が理解できない。触らぬ神に祟りなし。ユリーザ大国に影響なし。各国とも連絡を取り、例の手紙のこともあり、静観というか手助けする意味なし。断交決定。だからして、損害賠償はあきらめてくれ。国から何とか援助できるように考えるから。という感じかな。」
「成程。しかし一年後の塩について準備を始めないわけにはいきませんね。」
「そうだが。ドミル領が塩の生産を向上できるかどうか話し合いのようだ。マイクロフ聖王国以外から塩を買う可能性も残っているが、国家安全面から考えればドミル領一択だろう。ドミル領はそれを知っているから、塩の値段を落とさないだろう。そこで第三の可能性で我が領が注目を浴びている。我が領も信用がそれ程ある訳ではないが、私が信用されている。そして、何故かある意味カーズも信用されている。私の人徳でスマイルから更に塩を買えないか?その間にドミル領を何とかできないかという話も出ているらしい。此処だけの話だ。」
「まだ先の話ですが、スマイル殿にはお話をしておいた方が良いかもしれませんね。話は変わりますが、牢番から連絡があり、アブデインが話をしたいと言っているそうです。牢屋に来て欲しいと。」
「やっと、我が領のために働いてくれる気になったのかもしれんな。」
「そうだと、助かります。」
「では、早速行こう。」
*****
「おはよう、アブデイン君。気分はどうかね?」
「お早うございます。今日はとても晴れやかな気分です。私の悩みも晴れそうなので。」
「それは良いね。我が領で働いてくれる気になってくれたのかな?」
「昨夜、訪問者がありまして、先ずこの契約書をご覧ください。宜しければ、署名していただきたい。」
領主は内容を丁寧に読んで署名をした。
「ありがとうございます、領主様。この袋は、領主様に私から渡すように言付かりました。手紙が入っているそうです。」
牢番に鍵を開けさせると、領主は中に入って袋から手紙を取り出して、読み始める。
…
「分かった。確約しよう。必ず君の妻と娘を助け出して連れてくる。既に契約したから、君には客間に移ってもらおう。後で呼ぶから、身支度しておいてくれ。いいかな?それと牢番君、悪いがこれを私の執務室に運んでくれ。一人じゃ無理だろうから、5人ぐらいで。」
執務室に戻った領主は、デメトリアスに手紙を渡した。彼が読んでいる間に、重い袋が執務室に届けられた。
「この話は、スレイニー司祭とダムディ隊長にも聞いてもらいたいので、少し後にしよう。」
1時間後。
「ようこそおいでくださいました。スレイニー司祭様とダムディ隊長。」
「お呼びに預かりまして。」
「進展があったので情報の共有をしようと思いまして、お呼びしました。
今朝付でアブデイン君も我が領で働くことに同意してくれまして、参加してもらっています。今朝私はこの手紙と袋をアブデイン君から牢屋で受け取りました。昨夜フードの男が現れて私に渡すようにアブデイン君に指示を出したのです。その時アブデイン君と私が署名するための契約書も渡されていまして、この際だから皆さんにも見てもらいましょう。これです。」
スレイニー司祭とダムディ隊長は契約書を読んで頷いている。
「この契約書は私にとって願ったりかなったりでした。優秀なアブデイン君には私を助けてくれるように、デメトリアスからもお願いしていましたし、損害賠償金の金貨4万枚はどうせ回収できない金だったのですから、今更です。」
一息入れて、
「こちらが袋に入っていた私宛の手紙です。お読みください。」
スレイニー司祭とダムディ隊長、アブデインは順に読んで唸ったりしている。
デメトリアスが
「先ほど確認しました。この袋には金貨が4万枚入っています。そして、これはアブデイン殿から渡されたお金なので、ここに損害賠償金の返却が終わったこととなりました。スレイニー司祭様とダムディ隊長には証人となっていただきます。」
誰からともなく溜息が漏れた。デメトリアスが、
「これが狙いだったんでしょうか。損害賠償金。私が試算した金額は3万8000枚でした。アブデイン君の試算が金貨4万枚だったのですか?」
「はい、そうです。損害賠償の最高額を4万枚と計算していました。昨夜もこのことをフードの男に確認されました。」
「このためにまさか国境封鎖したのだろうか?」
「たぶんそうでしょう。最初に素直に損害賠償されていれば、彼の呪いは発動してなかったのではと思います。あの後にも、ユリーザ大国の使者に傷害をはたらき、その後に各国にあてた誹謗中傷の手紙。これで戦争しても許すべきではないと思った国もあったでしょう。すると、一晩で国境封鎖の壁ができた。戦争になっては困る理由があったのでしょう。各国は既にマイクロフ聖王国が無いとして扱っている。手紙には書かれてはいませんが、壁の中では呪いが飛び交っているのではないでしょうか?」とデメトリアス。
「私は領主としても戦争には反対でした。今の我が領の経済状態では多くの難民を抱えられないし、アブデイン君とも話して分かったが、マイクロフ聖王国の国民は我が国の土壌には合わない。私は難民は独りも受け入れるつもりはなかった。問題が大きくなる前の再教育など土台無理なことです。」
「となると、壁は非常に効果的だったことになる。ネイラード王国側にも壁が確認されていると聞きました。敵は逃がさないようにしなくては効率的に殲滅できませんから。」とダムディ隊長。
「私はなぜ助けられたのでしょうか?」
「私はアブデイン君には再教育が必要ないからと、この領にふさわしい能力を持っているからだと思っている。デメトリアスとも話ていたが、デメトリアスだけではもう許容限界だ。これから領を発展していくための人材が必要。それで、選ばれたんだと思う。そして、あの男は最後の条件も頭に入れて行動しているのだろう。」
「あの男とは誰なのでしょうか?」
「フードの男のことを我々はカーズという名の呪術師だと思っている。彼の呪術に対抗できる人は今のところスレイニー司祭様しか知らない。」
「どんな人物なのでしょう?」
「私達もそれは掴みそこねています。ただ、私は彼の好きな言葉は『神は正しい行いをした者を導く』だと思うのです。私も以前間違いを犯しました。ですが、その時に彼に気づかされ、正しい行いをした時に、彼に応援されたことがあります。貴方の契約書にもそれらしいことが書いてあります。」とスレイニー司祭。
皆が黙っている。
ノックの音がする。
「はい、何だい。」
「女性とお嬢さんが領主様に呼ばれて来たと門で待っているのですが。面会の予定がおありですか?この手紙を渡すように頼まれたのですが。」
領主はすぐに手紙を開くと、顔を手で撫でる。
「最後の条件がそろったよ。彼女たちをここに通してくれ。」
「分かりました。」侍女は静かに戸を閉めた。
また、皆が溜息をつく。だが、皆の顔はニヤリとしていた。
その後はアブデインにとってはあっという間の出来事だった。妻と娘が会議室に来て、全員に紹介され、アブデインは涙を止められなかった。皆にどうやって来たのか、マイクロフ聖王国はどうなっているか、フードの男に会ったかなどを訊かれたが、
「すいません。残念ながらほとんど思い出せないのです。ただ、凄く楽しいことを母娘でしてきた気がします。」という答え。
「それと、これはお土産です。私たちが釣ったアージです。美味しいですからお食べください。」と全員分のアージを渡した。
料理長にそれを調理してもらい、全員で食べながら不思議なことをすると皆は感じた。魚は全員に喜ばれた。最後に、領主が、
「よく我が領に来てくれた。アブデイン君は私を助けてくれることになり、この領主城で働きます。カーズが最後の条件である、お二人をここへお連れしたので、彼の指定通りの土地をアブデイン君に提供しよう。場所はデメトリアスに選んでもらった。広さも問題ないはずだ。現在は何も建っていないが、カーズには計画があるのだろう。ここだと地図を指した。あとで場所を案内させるから、暫くは宿屋に泊まってくれたまえ。」
*****
午後になって、馬車で未来の自分の家が建つ場所を見せてもらった。城から歩いて20分ぐらいだろうか。静かな場所だ。まだ夢のようだ。
「パパ、ここに住むの?」
「そうだよ。いつかね。暫くは宿屋暮らしだけど。」
「面白そうだよ。」
「仕事はすぐ始まらないから、街を見て回ろうね。」
「嬉しい。パパに時間ができて。」
「私もよ。貴方も少しゆっくりしないとね。今度海に行きたいわね。一緒に釣りをした思い出を作るの。」
「そうだな。いいな。」
馬車が去っていった。このへんは静かな場所だから、もう誰も外にはいない。
「これぞ、計画のしめくくりだ。」
俺は、土台を強化してから排水管を通して、収納からアブデインの家を取り出し接続した。自分なりの改良を加え、風呂も付け足して、風呂釜も施設した。裏庭には井戸も掘っておく。将来畑でもするかもしれないし、庭の大きな石も収納しておく。トイレを見るとただの穴なので、座る型の便器に変更した。流しの配管も排水施設にあわせて拡張、冬がマイクロフ聖王国より寒くなるので、壁の中に空気の層ができるように土魔法で壁をハニカム構造を挟むように拡張した。古くなっていた屋根もスレート式に変更。家全体にクリーンをかけお終いだ。扉には最初に開けることが出来るのはアブデインの家族のみという罠魔法をかけた。
テーブルには手紙でトイレと風呂の使い方、袋の中身は商業ギルドのアブデインの口座から取り出した金と家の鍵と。
最後にアブデインの宿屋で伝言を頼んだ。家を見に行くようにと。
撤収だ。
俺は直ぐネリーに会いに行こうと思ったが、万が一の為に分身をいろいろ残しながら、歓楽街に行った。いつもの犬の姿である。
「わん。」
「久しぶりだね。おいで、おいで。」
女将さんに甘えると、肉と骨が皿に乗って出てきた。さっさと食べる。塩が効いてるかな。
「わん。」
「おや、美味しかったかい。いつもより少し塩を足したんだよ。ちょっとだけの贅沢だね。塩も増えてきて嬉しいよ。最近この領が上り調子な気がするよ。」
「わん。」
「お前もそう思うのかい。気が合うね。」
「わん。」
「うんうん。その通りだ。」
「何、犬と話してるんだ?」
「景気が良くなってきてよかったねと犬と話してんだよ。」
「犬に景気がわかるか?」
「この犬は賢いからわかるんだよ。ね?」
「わん。」
「ほらね。本当に良い犬だよ。」
女将さんがわちゃわちゃなでまわす。俺もいいようにされておく。
俺は大人しく丸くなる。今日は閉店までいよう。
こういうゆっくりしたい時に限ってうるさいのが来る。
真夜中はもう過ぎた頃、表で喧嘩が始まった。2人の男が女を取り合っているらしい。女将さんが、「うるさいね。またあの娘かい。」
(昔この店に手伝いや遊びに来てた娘か。酔ってるね。)
「あんた等いい加減にしな。こんな時間に表道理で。やりたきゃ草原で喧嘩しな。」
しかし今日の酔っ払いはしつこいタイプだったようで、女将さんに絡みだした。
「なんだ、ばばあ。相手してほしいのか?」
「お前なんかじゃ、相手にもならないよ。とっとと帰れ。」
「何だとこの野郎。」と彼女に手を出そうとした。
俺は頭から突っ込んでいって、野郎をフッとばして壁にたたきつけた。まだ生きているようだから、気にしないで振り向いて、女将さんを押して店に帰る。女将さんはちょっと震えていた。俺は又外に出て、野郎の懐から財布を出して、咥えて帰ってきた。
「わん。」
と吠えて、俺の皿を彼女の前に置き、財布を渡す。彼女は笑いながら、財布から全財産をとって、俺に大きい肉と大きい骨をくれた。
「わん。」
「まいどあり。」
彼女も少し落ち着いたようだ。食べてから、丸くなった。
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