第43話 契約書

2日目の早朝。

早寝早起きである。



俺は又外の椅子に座っていた。まだ起きてこないので、辺境の中で少し薬草を探す。鑑定で新しい薬草を探して採取していくが、胡椒は無い。この世界に胡椒は存在するのか?逆に商業ギルドで訊いてみよう。あるなら探せばある。あ、起きたな。俊足で帰って椅子で待つ。


母娘に釣りを教える。竿は裏から拾ってきた長い棒、糸は俺が作った糸をつけた。針は細く枝を削って爪楊枝のようにして、真ん中を糸に結び付けた。これに海辺で取った貝やカメの手みたいな物を刺しとおして、海に投げる。最初はウキは無しでやらせた。この辺の魚は擦れてないのですぐかかる。針に返しが無いから簡単にバレるところが面白いところだ。

最初は娘と一緒に竿を持って、釣りあげるタイミングを教えてやる。ぐぐーと引っ張られたら強すぎないように、そして一定のスピードで引き上げる。彼女はすぐ理解して、母親に説明してくれた。2人は並んで釣り始めた。俺は土魔法で生け簀を作って、海水を汲み入れて、彼女たちが釣るのを待つ。


8時ぐらいになると釣れなくったので、朝から魚を焼く。浜辺に焚火をおこし。母が魚を半身に開いて、海水で洗い串焼きにした。母娘が楽しそうに焼いてくれるので、俺は海で貝を探した。小さな穴に塩を流し込むと貝が出てくるので、20個ほど掘り出して集めた。これも生け簀に入れておけば砂を吐くだろう。今夜のおかずだ。

少し離れた岩礁に向かう前に、魚が焼けたようだ。一緒に朝ご飯を食べた。

母娘は俺に話しかけては来るが、ここに関しての事や未来の事に関しては質問しなくなった。開き直ったというか楽しむことにしたようだ。危害を加えられる感じもしないことも大きいだろう。

食事の後は探検をした。母親が俺が今朝行こうとした岩礁に行きたいというので、俺もついて行く。二人は穴をのぞき込んで笑ったり、大きなトンネルを見つけてはしゃいだりしている。この二人をサシントン領に連れていくべきか?行くべきだ。今は息抜きでしかない。


俺は2本の銛を作って渡した。杖のように使って移動しては、銛でつついたりしている。そこで彼女たちは大きな貝を見つけた。シャコガイぐらいあるが、見た目は蛤。鑑定によると、ハマグリグリとある。食用。感知をしてみるとたくさんいる。一つ焼いてみる。焚火をして、太い木を2本置いてその上にハマグリグリをおいて、ただ焼く。俺は一度戻ってナイフとフォーク、皿にコップと食べ物を持ってきた。湯気が出てきて暫くすると少し開いたので、中の水を捨てて、ひっくり返してまた火にかけた。じゃりじゃりしてないことを祈る。さらに2分ほどすると、貝が大きく開いた。母娘は大喜び。そこに少しだけ海水をいれてみた。十分火が入ったと思ったので、母親が貝を切り分けて皿に配った。焼きたてのハマグリグリは旨かった。彼女たちも絶叫していたので、俺だけの感覚ではない。最後の海水は無くても塩味は十分かもしれなかったが、俺はこれぐらいの方がいい。パンに汁を吸わして食べたり、貝の殻に残った汁に水を足して干し肉と野菜を入れて煮て、スープにしてみた。これも旨かった。皆、満腹で眠そうなので、俺は家から毛布を持ってきて日陰に敷いたら、母娘は昼寝をし始めた。


俺はボーっと海を見ているようにしながら、王都に居る分身から面白い男がいることを聞いた。その男は呪いを受けているが、平気で活動しているようだ。鑑定をすると呪い(弱)となっている。鑑定しづらかったため、魔力を高めて再度鑑定。状態異常耐性:60がある。レベルも70だから、冒険者かもしれない。このままでは、こいつは生き残るだろう。分身はこの男は冒険者でもあり、侯爵の三男で、以前スリージー商会の護衛でユリーザ大国に3度行っている。その時の積み荷がサシントン領事件の薬物だった。成程、事件に関与しているが、問題は彼が運んでいる中身を理解していたかで、犯罪の重さが違う例だな。分身は話しかけた。

「こんにちは。貴方大丈夫ですか?顔色がかなり黒いですけど。気持ち悪かったら、水を持ってますが。」

「いえ、大丈夫ですからご心配なく。ありがとうございます。」

「今噂になっている呪いですか?私も知り合いがなりまして、すごく痛そうでしたが、貴方は違うのですね。何か痛みを和らげる薬等を知っていたら、教えていたいただけませんか?」

「私も呪いだと思うんですが、体調は悪いですが、あまり痛く感じないのです。たぶん状態異常耐性のスキルがあるからだと思います。すいません、お力になれずに。」

「いえ、謝らないでください。万が一と思っただけですから。すると、あなたもスリージー商会の方なんですか?」

「そうではないのですが、思い当たるのは、以前スリージー商会の商隊を護衛をしまして、その時運んだ荷物に何かあったのではと。なんでも呪いで懺悔していた者の中にスリージー商会の者がいて、ユリーザ大国を転覆させようといろいろ送り込んでいたと聞きまして、その関連しか考えられないんです。」

「中身は知らなかったんですよね?」

「ええ、全く。ただの護衛ですから、中身もただの商品だと思っていましたから。」

「貴方の仲間の冒険者は大丈夫ですか?」

「仲間はいなかったんですよ。私一人で受けたので。教会で解呪してもらおうと思ったんですけど、調子が悪いだのなんだの言い訳してるところを見ると、出来ないんでしょうね。信用を一気に落としてました。」

「簡単に言っているようで恐縮ですが、貴方は大丈夫ではないですか?他の方と比べて非常に軽そうですし、冒険者ですから、体力もありそうですし。」

「こういっては何ですが、自分でもそう思っています。では、そろそろ行きますね。」

「お邪魔して、すいませんでした。」


この男は大丈夫だろ。問題は状態異常耐性が60ある者には俺の呪いが効かないということだ。今回のことで呪いのレベルは伸びるだろうが、安心できない。スレイニー司祭のように解呪できる人は多くは無いだろうが、耐えきれる冒険者は多くいてもおかしくない。レベル100以上を目指す。一週間後に生き残っている人の鑑定をするべきだろう。


昼寝を3時間ほどして母娘は起きてきた。俺はその間にタコタコを捕まえた。脅かしてやろうとタコタコを見せてやると、娘は案の定嫌そうな顔をしている。しかし母親は娘に美味しいのだと説明している。彼女はタコタコの足を持つと2本だけ切り取って、タコタコは逃がしてやって、こうするとタコタコは生き延びてまた足が生えてくるし、私たちは足を食べることが出来てありがたい。娘は納得した顔をしている。タコタコは危機には自切するというから、こういうやり方もありか。彼女はタコタコの足を海水と砂でよく洗い、ぬめりを取ってから一口サイズに切って、3本の串に刺して焼きだした。生でも食べられるから半生でも大丈夫と焼けていい色になった串を渡してくれた。俺もニコニコしてかぶりつく。タコタコの旨味が凝縮され、香ばしさとで、本当に旨かった。母親に感謝。娘も喜んでかぶりついていた。


もうすぐ夕方だ。海の夕日を見ながら、明日のことを考え始めた。




夜。



今日の夕方には全ての馬がマイクロフ聖王国の国境を越え、俺の土地に向かった。国境の塀をストーンウォールで再構築。明日は3日目。これ以上アブデインさんの現状が分からないと問題だ。明日はいよいよサシントン領に向わなくてはいけない。先ずは俺の土地に行くべきか?そこまで行けば分身をスポケーン街に送り込める。それとも、スポケーンの宿に泊まらせるか?ニコルはスポケーンに行かせるわけにもいかない。ニコルはここの管理者となっている。決めた。先ずは俺の土地に行く。そこで1、2日待ってもらう間に調整しよう。俺は自分の家にきて、隣に海の家と同じ物を建てた。さらに東屋と竈もテーブルも椅子も。今度の家には冷蔵庫をおいた。冷凍庫に氷を置いて冷やす簡単な作りの物だ。肉を入れておく。感知では馬が何頭もいるが、教えてあるので辺境側に固まっている。この次ゆっくり挨拶しよう。机の上にまた手紙をおいておく。ここでもニコルが面倒を見ること、基本的に何も変わらないこと。



朝。

今日一日海で遊ばせておく。当分海に来ることは無いだろう。俺もこっそり塩を作り足してきた。もう50トン以上のストックがある。魚もこっそり収納しておいた。今度は船を手に入れよう。


母娘は健康的な色になった。


「こんなに気持ちがいいところがあるのね。私は遠い国の海の近くで育ったの。そこでアブデインと遇ってね、彼について行商をしてたのよ。いろいろな街に行って、楽しかったのよ。マイクロフ聖王国にきて、スリージー商会に就職したのは行商に彼が疲れちゃったのかもしれない。生活は安定したけど、楽しくて笑ってしまうことは減ったわ。いつも同じ景色だし。

でも、頑張って本店店長にまでなったのに、行商しましょうとは言えなかった。旅も彼が忙しくてできなかったし。今がすごく楽しくなってきて困ってるわ。あの人、どこに行ってしまったのかな。無事だといいんだけど。娘も今でもベッドで泣いてるし。早く帰ってきて欲しい。

ニコル君はこんな素敵な所で暮らせて良いね。いつか私もこんな生活をするわ。それとも、船で国を回っていくのも楽しいかも。夢ねー。」

俺はにこにこして聞いていた。


今日は最終日だから、大物が釣れないかと、岩礁にきた。もう二人はすっかり漁師である。感覚するどく竿を動かし、どんどん釣る。これは黄色っぽい大きな魚。ハマチっぽいハマチマチだ。俺はハマチマチを針から外して、生け簀に移す。母娘は交互に釣り上げた。4匹釣ったが、終わりに母娘が小さめな2匹を逃がした。家に持って帰り、母親が捌いた。なんと刺身も作ってくれた。流石海育ち。味付けは海水にさっとくぐらしただけ。残りは焼き魚。3人でお腹いっぱいまで食べて、のんびりした。二人を風呂に入れた後、全てをクリーンした。もう真っ暗だ。二人にスリープ、そして二人を抱えて飛んで我が家へ。ベッドに二人を押し込んだ。


俺は、サシントン領主城に舞い降りた。するりと入り込み、デメトリアスの書斎に入る。資料を物色し、目指す被害総額資産を見つけた。金貨38000枚。アブデインの試算より少なくて手間が省ける。書類を戻して、地下牢に行った。感知で分かったていたので、直ぐに牢屋の前に行く。俺はカーズの格好でフードを被っている。


「まだ生きていたか。」

「お前はあの時の。今度こそ殺しに来たのか?」

「お前の命は俺の中にない。何故お前はまだ生きている?」

「活用方法があるのだろう。この領はまだ不安定だ。どこかの誰かが手助けしたようだが、資金も人材も経済計画もまだまだ足りない。この領で働かないかと誘われているよ。」

「何故受けない?」

「受けたいが、妻も娘もマイクロフ聖王国だ。助け出すにも塀がある。誰があんなものを作ったんだ。もし万が一、俺がユリーザ大国で働いている事がバレたら、殺されてしまう。あの国の人間に普通の理論は通用しないんだ。もしかしたら、もう殺されているかもしれない。俺は何とかして一度あの国に潜り込まなければならない。お前なら、可能だろう。俺の命をお前にやるから、妻と娘を助け出してくれないか?無理ならば、俺をあの国に忍び込ますだけでいい。頼む。」

「今、お前の命はお前の物ではないだろう。それにそんなことをする必要が無い。だが、もしここの領主がお前の妻と娘を助け出したら、お前は誠心誠意この領の為に働くのか?」

「俺は何でもして、この領の将来を保証する。」

「汚い手を使ってもということか?」

「いや、誠意をもって、正しい方法で、皆が幸せになれる方法を目指す。」

「分かった。話は変わるが、お前はこの領への損害賠償はいくらが妥当だと思うか?」

「それはスレイニー司祭がマイクロフ聖王国に来た時に計算してみた。俺の計算では金貨4万枚だ。」

「そんな額になるのか?」

「そうだな。実質4年間の麦の収益と経済効果と物流を考え、精神面も考えて多く見積もって4万とした。多めだが妥当だと思う。逆にこれ以上となれば、それ以前の経営状態から見て、ありえないと言うしかない。」

「金貨4万枚あれば、この領の経済を発展させられるか?」

「自信はある。」

「スラム街はどうなる?」

「経済効果が上がれば人の方が足りなくなる。スラム街の人間も働きだすはず。近くにエリザベス様という成功例があるから手本にさせてもらう。」

「わかった。少し待て。」

俺は隣の見張り部屋に入り、紙にさらさらと書いた。牢に戻ってきて、

「お前はこの袋を領主に渡せ。手紙が中に入っている。お前はこの契約書に間違いがなければ、署名をして領主に渡し、署名させろ。」と言って魔法で牢の扉を開け、袋と契約書を置く。アブデインは契約書をみる。内容はサシントン領主がアブデインの妻と娘を救出し、アブデインに合流させることを条件に、アブデインが金貨4万枚の損害賠償を引き受け、領の為に誠心誠意働き、正しい方法で発展を目指すという契約書だ。アブデインは直ぐに署名した。後は領主の署名のみ。


俺は分身を残して去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る