第42話 作戦開始

マイクロフ聖王国の国境警備隊厩舎。



馬は10頭いる。鑑定で一気に調べると4匹が牝馬だ。惜しい。王都への途中の町の騎士隊か教会騎士隊の厩も調べて行こう。先ず一匹はいるはずだ。俺はゆっくり飛びながら、次の街に着いた。騎士隊の厩には2頭の牝馬。聖騎士隊の厩にも2頭の牝馬。これでも十分だが、どうせだからもっと探そう。

次の街では、騎士隊に3頭、聖騎士隊になんと6頭。既に11頭の牝馬か。十分だ。国境も合わせて15頭。次は王都マカロン。ここはさすがに多い。両隊から合わせて13頭。出来れば欲しいが、運び方がな。それぞれの厩舎には分身を置いてきたから、何とかなるか。気持ちを切り替えていこう。

この場所で王様に同じ呪いを発動する。ここから王宮は5㎞もないだろう。これである程度呪術の能力を調べられるだろう。では、皆分裂して目標に合流し、呪いをかけてくれ。その後は目標を監視して、懺悔を記憶しておいて欲しい。俺は王様と、会長と副会長に呪いがかかっているか確認してくる。それと財宝食糧回収もよろしく。手加減いりません。王宮と教会とスリージー商会と会長、副会長の家もです。さらに、商業ギルドにあるスリージー商会の口座、会長の口座、副会長の口座も空にしてください。アブデインさんの家は襲撃しません。家族の名前はリストにもないし、ただ現在どういう状況か確認してきてください。作戦は真夜中に始め、作戦終了後は、西に向かって海と塀がぶつかっているところに集合。馬救出班も馬を抱えて飛べるか分かりませんが、其処に集合してください。くれぐれも命大事でお願いします。解散。」


俺は他の分身達と共に王宮に忍び込んだ。隠形、感知、五感向上コンボで直ぐに俺の目標3人組を発見。同じ部屋にいる。まだ真夜中までに時間が4時間はある。さすがに寝るには早すぎる。他にもいるから皆も気をつけるように。簡単に眠くしてしまおう。そうすれば一人は寝室に行くだろうし、ドアが開いた隙に入り込める。俺はゆっくりと軽い催眠魔法をかけ始めた。すぐ反応したのは護衛の一人だった。次が会長で寝室に行くようだ。扉が開いた瞬間分身達が部屋に入り込んだ。俺は会長に鑑定をかけて、

(よっし、呪いがかかっている!)

呪いを発動した場所からここまでは100㎞以上離れている。それでも呪術が成功したとなると、俺は危険なスライムに成長した。本当に発動するかどうか確認しなくてはいけないかもしれないが。俺は外にいるので分身に王と副会長の鑑定も頼んだ。問題なく呪われている。俺の目標は達したので、3人の監視用の分身を新たに分裂し、王宮を離れた。続々と届く情報を整理しておく。全ての分身が配置についた。


アブデインさんの家だが、アブデインさんが消えたため、人はいるがひっそりとしている。俺の読みではアブデインさんは処刑されないだろう。奴隷になるか彼の能力を評価して、活用するか。マイクロフ聖王国の現状と考え方を上手に説明できるのはアブデインさんだけだろうし。彼の家族も元々この国の出身ではないし、リストに載らなかったわけだからかなりまともな人と思う。アブデインさん宅の分身に人間性を確認するように頼む。


母と娘で暮らしている。蓄えは十分あるはずだが、明日になればどうなるか分からないな。直ぐ懺悔する奴がいれば、スリージー商会が狙われる人間性の国だし。女性二人だと、逃げるのも難しい。人間性は優良か。ユリーザ大国への考え方は普通。分かった。彼女たちも同時に救出しよう。明日以降は読めない。彼女の家全部を収納できるか?可能。それも頼む。我々のことはバレないように。いざとなれば箱に閉じ込めて運ぼう。親子ぐらいなら飛んで運べるだろう。それも良し。商業ギルドの資産回収班、アブデインさんの口座からもすべて回収を頼む。それは母娘に渡す。母娘の人間性判断の為に書類を調査した際に、アブデインさんの性格もある程度把握、そして、スリージー商会の被害請求される金額の計算結果を発見。金貨にして、4万枚ほどだという。塩1.5トンで金貨1500枚稼いだことと比較すると、凄い額だ。4年分は大きい。


俺は変わった種や、野菜を探してこようと街の商業ギルドに忍び込んだ。だが、やはり火事場泥棒みたいなことはやめておこう。なんでもやり放題になってしまう。こういう自由は違う。筋が通らない。そんなことを考えていると、王宮の奴らが塀について話しだしたようだ。


「あの塀を作ったのは誰なんだ。1日でだぞ。こんなことが出来る相手が敵側にいるのか。」

「街道の部分だけは丈夫でも、他の部分は見掛け倒しに出来ているかもしれないですから、先ずは調査しましょう。考えようによっては我々に有利ですよ。これで敵側は戦争を仕掛けられなくなりました。」

「それは、お互い様だろう。最初の作戦では、ユリーザ大国の半分はすぐに手に入ると軍務卿は言っていたぞ。」

「その通りですが、陛下、今は状況が変わりました。我が国は自給自足が可能です。これで他国からの介入もなく安心して内政に力を注げます。我々の技術が外に漏れることもありません。」

「そうですよ、陛下。この間に全ての面で世界を跪かせるほど発展させ、準備ができたら乗り込んでやりましょう。」

「そうだな。これから我が国は安定期に入るのだな。国民も安心することだろう。」

「その通りです。いざとなれば、海を渡るという手もありますから。心配には及びません。」


まあ、それでいいのではないかな。国民も内需を中心に生きていければいいし。他の国を凌駕できる進歩云々は気楽に考え過ぎだと思うが、希望は必要だよ、閉じ込められたら。兎に角外に出るな。誰も再教育などしたくないんだから。


国と心中すべき人達は置いておいて、俺は早めにアブデインさん親子を連れに行こう。


集合転移で家の前に着く。分身はすでに彼女たちを寝かせた後で、家を収納するところだった。俺は見学する。かなりいい家だ。土台ごと収納できればそれがいい。

「収納。うううう。」

分身は見事に収納したが、魔力もかなり使った。収納スキルも確実に進歩している。嬉しい事だ。

我々二人いるので、母娘一人づつ抱えて体をパラセール状に広げて、風魔法で空に飛びあがった。国境を飛び越え、海岸にやってきた。以前アブデインさんを捕獲していた箱に彼女たちを寝かせておく。勿論毛布とかを出しておいた。

箱の前は開いているので海が見える。俺たちは常に感知でこの母娘の状態を観察し、見られないように行動する。隠形が高いので、気づけないとは思うが、気は抜かない。


真夜中だ、作戦開始。


さすがに馬を担いで浮くのは難しいらしい。

了解。では馬に乗ってくる作戦だな。怪我が無いようにゆっくり移動してくれ。西に移動すればそんなに人はいない。感知ではほとんどいないと分かる。これは、2,3日かかるな。


俺は、快適な家を建てることにした。

海が見渡せる少し高いところに、土台から土魔法で建てた。中にはキッチン、トイレ、風呂、寝室二つ、ダイニング。机と椅子は木工で作った。ベッドは土魔法で硬化させ、毛布を3枚敷いた。排水システムには捕まえてきたスライムを入れておく。棚には、水、干し肉、野菜、パン、果物を各種入れておいたので、自分たちで食べてもらう。

母娘をベッドに寝かした後、家を囲むように土魔法で柵を作り硬化させた。これで庭から出られない。更に、俺は状態異常魔法をかけて、彼女たちに無人島にいると錯覚させ、国境の柵も見えなくした。これでこの場所を特定しづらくなるはずだ。俺はなるべくカーズとスマイルの関連が疑われないようにしたかった。


分身に監視を頼み、俺は飛んでスポケーンに行けるかどうか試してみた。あと少しまではいけるが、距離が長すぎるようだ。

俺はいまだに、彼女たちを3日間ずっと寝かせておくか、起こして閉じ込めておくか、自由に過ごさせるか悩んでいる。

勿論自分を見せるつもりはないが、閉じ込めおくことに抵抗を感じる。何故リスクを排除しないのか?この女達が善意の人でもユリーザ大国は彼女たちにカーズについて質問するだろう。絶対見られてはいけない…。よし、決めた。俺は彼女たちにここで見たことは忘れるという暗示をかけた。そして、俺の見た目も全く違う下っ端の兵士を使った。名前はニコル。金髪の癖毛。茶色の瞳。小柄な少年で、読み書きは出来ず、口もきけない設定だ。水汲み、薪拾い、掃除、簡単な料理、風呂を沸かすことだけする。後は何もできないし、しないと紙に書いて机の上に置いておいた。家の周りの柵も取り去った。


夜が明けた。


母娘はなかなか起きなかった。俺は家の外の椅子に座って、眠っている振りをしている。10時ごろになり、母親が起きてきた。手紙を見てから、家の中を見て回っている。そして、外に出てきて、俺に気付いた。俺が寝ていると思ったようで、肩をゆすってきた。俺は目を覚ました振りをする。


「起こしてごめんなさい。ここは何処?貴方はニコル?」

俺は頷くだけだ。

「ここは何処?」

俺は首を振る。

「誰の家?」

俺は首を振る。

「どうして私たちはここにいるの?」

俺は首を振る。

「殺されるの?」

俺は首を振る。

「奴隷にされるの?」

俺は首を振る。

「そう。分からないわよね。」と言って、家の中に入っていった。

まともな人だな。

母親は料理を始めたようだ。財産回収班はほとんど戻ってきた。お疲れ様。意識を収納に向けると、凄い額のお宝だ。サシントン領のデメトリアスは被害総額を計算していただろうか?アブデインさんの試算によれば金貨4万枚、余裕で有る。これをサシントン領に譲渡すれば、ほぼ計画終了だ。


料理が終わって、娘を起こしたようだ。

早めの昼食の時間だ。母親は俺も呼びに来た。俺は素直についていって昼食をごちそうになった。娘がいろいろ聞いてきたが、俺が話せないと分かると身振り手振りで伝えようとしてきたのが面白かった。聞こえているんだけどな。


その後は娘と海に行ったりして過ごした。母親もあきらめたのかのんびりしている。海で遊んだので、彼女は風呂に入るべきだと思い、風呂を沸かして、娘に教えたら喜んでいた。クリーンじゃ味気ないだろう。娘の後には母親が入って、最後に俺にも薦めた。俺は遠慮して外に出て、クリーンを使った。


あっという間に夕方だ。俺が釣ったアージを母親に渡したら驚いていた。彼女は魚を捌けた。いろいろな経験があるのだろう。夕食にはアージを焼いたものが出て、なかなか美味しかった。灯が無いので夜になるととても暗い。親子は早めにベッドに行ったので、スリープをかけ、風呂場と湯をクリーンで浄化し、水瓶を水魔法で一杯にし、食料を補充して俺は外に出て、分身達に合流する。馬も何頭か来ていた。俺は一時塀を撤去した。これで馬は問題なくこちらに来れるようになった。来ている馬には、母娘に見られることは望ましくないので、明日の早朝に俺の土地に移動してもらう。


俺は王都に見学に行った。これも勉強だ。先ずは王宮。予定通り国のトップ達は皆呪われて黒くなっていた。かなり痛そうだ。王族にもましな者がいたようで、呪われていない者もいる。一番若い王子がそうだ。まだ成人していないが、何とか切り盛りしているようだ。先祖の負の遺産を継いだな。まあ頑張るだろう。思ったよりは統制されている。

次はスリージー商会だ。ここはひっそりとしている。今日の業務は終わったのか。資産を失ったから、帰ったのか。商業ギルドは普通だな。まだ気付いて無いかもしれない。

アブデインさんの家。家が無いから何も起こっていない。

教会。やっぱりパニックだよな。助けを求めてやってくるし、教皇では解呪できないし。ユリーザ大国に泣きつけない。しかし思ったより大人しいが俺の感想だ。伝染病とは違うし、懺悔している内容を知らないからだろう。

国境への道。ここにある程度いるな。塀を見て絶望しているけど。逃がさない。大人しく檻の中で暮らしなさい。商業ギルドに戻ってこの国の輸入状況を再確認。大丈夫だよ。食糧自給率凄く高いんだから。俺は飛んで帰った。

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