第17話 裏切者
領主城。一晩目。
屋根の上にふわっと降りて、俺は素早く階段に進む。今の俺はスライムとは信じられないぐらい速く移動できる。音もしないしアサシンとしてかなり洗練されてきている。感知で領主がいそうな部屋を見つけ、扉をそっと開けするりと入る。隠形のかかった30㎝程のスライムが素早く音もさせなければ気付く者などまずいない。領主の反応が無いので、扉も閉めておく。領主は執務室で仕事中、素晴らしいタイミングだ。
「とうとう借金を断られるようになったか。陛下はもう少し頑張るようにというが、どう頑張れというのか。わしは汚いことをしてまで、金を儲けたいと思わん。儲け方も知らん。我が領の鉱山を売ればある程度何とかなるが、それでは他貴族や他国に中身を乗っ取られるだけだ。
とは言え、打つ手もない。自力で何とかできるなら、とっくにしておるわ!どれか一つにでも解決策があれば気分もまだましになるだろうが…大体、なぜ何年も不作が続くのか。補佐のハンクスは鑑定も使って調べて分からなかったという。他領にも勉強するように学者を送り出したが、これと言って進歩が無い。気候が悪い、土が悪いなどといって、試してみても駄目だったでは、農民にどう説明せよというのか。耕作地の拡張も焼け石に水だというし。
何とか鉱山を担保に金を借りてごまかしてきたが、これももう待ったなしの状態だ。借金の返済は半年後。一度か二度の農期しかない。もう一度陛下に手紙をしたためて状況を説明して、借金を申し込んでみるしかないか。」
補佐のハンクスの部屋に覗きに行ってみよう。領主はもう見るに忍びない。悪い領主でもなさそうだし。屋根裏伝いにハンクスの部屋へ忍び込む。
何か書いてるね。俺は天井からぶら下がって中身を覗く。
「
ゲイツ伯爵へ。
我が領は後数か月で破産いたします。
領主はこの責任をとり、貴族階級を剥奪されることでしょう。
次期領主がお約束通りであることを信じ、契約を完了させます。
ハンクス。
」
ハンクスは反逆罪確定。役に立っていないこいつをここで消しても問題ないとは思う。この手紙が残っている方が面白いしな。この領には全く責任を感じないし、ジョージをヒーローにする必要が無いので楽だ。吸収してしまえば、ある程度考えていることも読み取れるし、この手紙以外書かないようなら、終わらせよう。
ハンクスは手紙に封蝋をして横に置いた後、もう一枚書き出した。
「
Sへ。
もう、農村を回る必要はない。下手に気付かれる前に、撤収しろ。
あの方にもよろしくお伝えしてくれ。半年で帰国する。
H.
」
Sねぇ。届ける奴をつけよう。明日まで生かしておくとしようか。
ここで分身して、もう一度領主の所へ。寝てるな。催眠をかけてから、書類を閲覧。借金はゲイツ伯爵とスリージー商会か。この借金を棒引きにして更に慰謝料取ろうとしたら誰が生きてなくてはいけないのか?
ゲイツ伯爵は王の側にも伝手がありそうなんだよ。そうでなければ、王様が何かしてくれそうだからな。ハンクスは他国の間者で、ゲイツ伯爵と関係あり。それを繋いでいるのがスリージー商会か?スリージー商会の情報も入ってきたね、分身から。
この商会、元々隣のマイクロフ聖王国の商会か。段々でかくなってきたな。
俺に強運様がついているからなのか?国を相手にスライムにできることは暗殺ぐらいでしょう。今回は精神的にジョージの件より楽だが、相手が人間、それも強者がいるに違いない。俺のステイタスで大丈夫かな?悩むならしなければいいだけ。目の前のことに集中しよう。
考え合わせると、このSはスリージー商会だろう。
他にもっと本国からの命令書とかないかと探せば、あるじゃないですか。証拠の毒と特別な石の使い方が。これを領主に見せればいけるはず。ハンクスは邪魔だから閉じ込めておくか、地下牢必ずあるからな。ヒヒ、面白い事思いついた。
分身にスリージー商会で殺すべきリストの制作。それができたら手はず通りに頼んだ。
俺も暫く忙しいぞ。
*****
次の日の朝。
俺は多くの分裂をして、領主城内のすべての人間を見晴らせることにしたが、今の分裂のレベルは24なので、分身は多くて24。数回に分けて監視してもらう。誰が死すべきか否か、この3日間で決まる。俺はゲイツ伯爵に逢いたかったが、そこまで離れると分身が維持できないので、この街でうろうろしては、歓楽街の女将さんの所に居ついている。マイクロフ聖王国の噂とかが特に欲しかったが、そんな都合よくはなかった。冒険者の話が少し面白かった。辺境伯管理地のヒーロージョージとエリザベス様の話。スレイニー司祭が出世した話。
「味を占めちゃったのかね、この犬。」
「居心地が良いのよ。食べようとしないし。外は危険でしょ。」
「まあいいよ。この店を守ってくれるかもしれないし。今日も骨をあげる。それと煮た大麦。」
「私と同じようなもの食べてるのね。」
「どこも同じよ。海が近ければ魚を食べる手があるのに。ずーっと魚食べてないねー。」
「女将さんは海があるところから来たの?」
「そうよ。港町だったんだ。」
「どこどこ?」
「ずっと南のマイクロフ聖王国の田舎の漁村。」
「良いところ?」
「魚はおいしいよ。村人は良い人が多いし。酔っ払いも多いけどね。」
「何でこっちに来たの?」
「若かったからかね。自由に憧れてたのよ。いい国なんだけど、宗教国家でしょう。いつも見張られているみたいで、だめ。一度そう思ったら、なんでも宗教的に正しくなくてはいけないんだよ。そのくせ教会の上の人はそんな風には見えないし。神の下にみな平等ですっていう神父様が私たちを見下したり、獣人を見下したりすのは、納得いかないねぇ。直ぐ宗教裁判で脅してくるし。怖いよ。権力がある理想主義と神の代行者と思いこんでいる人。こんなことマイクロフ聖王国で言ったら、直ぐ宗教裁判で魔女にされちゃうよ。そこへいくと、このユリーザ大国は緩いね。私向きさ。」
「魚は食べたいけど、そんな国は怖くて行けないわ。ユリーザ大国は好きだけど、今は貧しくて困る。早くみんな稼いて、私に貢いで。」
「そのうち、良くなるよ。領主様は頑張ってくれているんだから。」
「でも、その割に税金安くならないじゃない。」
「そんなことないよ。税金は変わってないけど、払えないとこからはとってないじゃない。」
「そうなの。」
「大分前にお触れが出てたよ。だいたい、あんた、自分で税金払ったことないだろう。あんたを雇ってる店がしてるはずさ。」
「ありがたいけど、それじゃあ、領が貧しいはずだ。領主様がんばれ。」
「気楽なもんだよ、あんたは。」
夜まで店にいてまた骨をもらった。
「この犬凄いね。骨も食べちゃうんだから。」
「わんっ。」
するりと店を出る。
二日間で調査は完了した。
先ずはスリージー商会で合流。全員が寝静まったころ、必要な証拠と情報を回収。必殺リストにある18人中16人に呪いをかけた。地元で雇われた孤児の子二人はまだ奴らの計画を知らなかったから、セーフ。明日の朝から苦しみだすぞ。
次は、領主城だ。
こちらではハンクスとそのメイドは完全にアウト。のこりは手紙の配達をしていた下男と学者の振りをしていた詐欺師2人。もっといるかと思ったがそんなことは無かった。こいつらも寝てから呪いをかけ明朝発動させる。スリージー商会からの証拠の品と合わせ、ゲイツ伯爵への手紙(回収済み)も合わせ、領主の机の上に置いておいた。
さて明日の朝が待ち遠しい。ただ今回はただ働き。ここでお宝を取り上げたら、領主様に金がいかない。ゲイツ伯爵の方は時間がかかるだろうし。『神は正しい行いをした者を導く』スレイニー司祭を信じましょう。
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