第18話 ノーフォーク領主 対応

朝。



領主様は最近寝付かれないのでベッドで疲れた顔をしていた時に、扉がノックされた。

「ノーフォーク様。大変です。すぐに来てください。ハンクス様がご病気です。」

「分かった。今日は仕事を休むということか?心配ない。ゆっくり養生するようにメイドにも伝えておけ。」

「そうではないのです。普通の病気には見えません。お願いですから、ノーフォーク様のご意見を御聞かせ下さい。」

「少し待つように。」用意をした領主と執事がハンクスの部屋に入る。

「なんだこれは。ハンクスなのか。真っ黒ではないか。すぐに医者を呼べ。」

「はい。他にも同じ症状の者達がいます。ハンクス様のメイドと下男、学者二人です。」

「私には見当つもつかない。兎に角医者と、神聖魔法を使える物を頼む。」



「領主様、医者と神官が到着しました。」

「よく同時に来ていただけました。早速お願いします。」挨拶もそこそこに二人をハンクスの部屋へ連れていくと、見た瞬間二人が、

「「ああ。」」

「どんな病気か分かりますか?」と領主が訊くと。神官が、

「こんな偶然があるのですね。我々は少し前にスリージー商会で全く同じ症状の患者を診てきたのです。結論としてこの症状は呪いと判断しました。同じ呪いをかけられていますね。私が解呪しようとしたのですが、無理でしたので、我が教会の司祭にお願いしてまいります。」

「呪いとは…昨晩全員かけられたということでしょうか?」

「だとは思いますが、時間がたってから発動するものもあるでしょうから断言はできかねます。兎に角、司祭様にすぐ来るようお願いしてきます。」

「よろしく頼みます。」

領主は全く予想外のことに茫然としながら執務室に戻った。今自分にできることは何もないと理解したからだ。自分ももしかしたら呪われているのではないか?だから我が領地の経営が上手くいかないのではないかと心配になってきた。この噂が街中、領地中に広がれば、私も罷免されるだろう。

ふらふらと席に着くと、いつもの癖で、目の前に並ぶ書類に目を通そうとし、初めて気が付いた。

「これは私宛の手紙や書類ではない。」

一番上の手紙に私の封蝋がしてあるが、ゲイツ伯爵に手紙を書いてなどいない。領主は開けて読んで、驚きと怒りで立ち上がった。しかし、深呼吸をして座りなおすと残りの手紙や書類に目を通していった。


「全ては私を嵌めてこの領を好き勝手にするためか。畑の不作も農民の無気力も。私を借金漬けにして、罷免し、この領をゲイツ伯爵の影響下の貴族に渡し、鉱山はスリージー商会経由でマイクロフ聖王国に売却し国力を減退させ、最後はこの国ごと飲み込むつもりか!許さん!」


領主は執事に騎士隊にスリージー商会を捕縛するように命令した。ハンクスと他の者も地下の牢屋へ移したころ、神官が司祭を連れて戻ってきた。腹立たしいので苦しんでいるハンクスはこのままにしておきたいところだが、そうもいかないかと司祭に解呪を依頼したが、ハンクスは最後にしてもらう。

「先ずは下男からお願いします。」

司祭は5分ほど詠唱をし、魔法陣が下男を囲んでから

「ヘブンズサンクチュアリ。」

と掛け声をかけたが解呪は失敗した。

「申し訳ありませんが、私の神聖魔法のレベルでは、この呪いを解けません。この領で解呪できる者はいないかもしれませんが、心当たりを探してみましょう。」

「お手数をおかけしますがよろしくお願いします。」


牢屋のハンクスは呻いているが会話できるようで、領主は一言、

「我々を裏切ったのか?」

「すいません。これしか仕方がなかったのです。」


「衛兵長、この者たちの尋問を開始せよ。全ての裏を吐かせろ。手加減はいらん。この領を民を売り飛ばそうとした者達だ。

また衛兵に呪いの噂がどの位、どのような内容で広まっているか調べてもらってくれ。必要なら私は民衆に心配無用と説明しなくてはならないから。」


領主は執務室で証拠を調べ始めた。良く集めたものだ。スリージー商会の物もある。裏帳簿、マイクロフ聖王国との密約、薬の使い方、スラムを利用しての暴動の扇動の準備、あの学者もマイクロフ聖王国で捕まった詐欺師だとは思わなかった。これだけの証拠があれば、スリージー商会の我が領での資産は抑えられる。更に、陛下に連絡を取り、スリージー商会の本社からの被害総額の賠償、もしくはマイクロフ聖王国からの賠償も取り付けられるかもしれない。ゲイツ伯爵にも圧力と賠償を追わせられるかもしれないが、それにはゲイツ伯爵の契約書が必要か。難しいか。私とゲイツ伯爵では力の差もある。第三者に介入してもらわねばならないかもしれないな。

これも大事だが、農民たちを救わなくてわ。先ずは井戸水は浄化しなくてはならない。神官に頼むべきか。しかし、普通に毒を投げ込んでこんなにもつはずがない。きっと井戸に残るものが底に沈めてあるのだろう。二か月に一度投げ込めと書いてあるのだから、多分二月で効果が切れる毒の元なのだろうが、確認するに越したことは無い。冒険者ギルドに依頼を出すのが良さそうだ。

スリージー商会の金が入るのだ。何とかなる。畑の方はそれこそ大丈夫だろう。もう邪魔はされないのだ。だが、万が一の為にも新しい畑の開墾を奨励するためにも、2年間無税としよう。現在ある畑は2年間3公7民にしよう。今はわしも貧乏になれたから何とかなるだろう。

「今のわしの独り言を、実践してくれ。」

「直ちに。」


領主様。かなりアバウトだな。でも領民思いなのは伝わるよ。これで経済が回りだせば何とかなる。王室の対応が少し不安だけどな。一度帰ろう。

次の朝は多くの冒険者がギルドから多くの村に旅立っていった。彼らはスリージー商会の馬車が回っていたルートをなぞって村々を回って井戸を調べていくのだ。そのうちの西に向かう一つの馬車の屋根の上で俺は日光欲を楽しんでいる。馬車の中では冒険者のチームが仕事の相談をしている。


「実際どうやって井戸を調べる?先ずはリチャードに神聖魔法で浄化してもらって、次の日に鑑定して大丈夫なら、浄化されたことにならないかな?」

「でも、2,3日経ってからまた毒が溜まるかもしれませんよ。元を取り除かないと安心できません。」

「リチャードは真面目だからな。」

「仕事をしっかりとこなして、後で悩みたくないだけです。」


リチャード、君は正しい。不安になるほどつらいことは無い。将来の不安、人間関係の不安。自信のなさからくる不安。今でも考えるとよく日本で生き残った。


「やはり誰かが井戸に潜るしかないでしょう。井戸の大きさにもよりますけど。」


感知できる人はいないのか?俺は触手を伸ばし、触手を通して4人の冒険者を見て鑑定する。やっぱりいないか。残念。地道にさらってください。途中に寄る村だったら手助けしてあげるよ。最悪でも二か月で切れる毒だから、何とかなる。


「最近、魔獣の討伐依頼無いね。」


そう言えば、そのこともあった。問題じゃないが、不思議には思っていた。いつか調べてみよう。


ジョージの町に着くまで結構な数の村があるようだったので、最初の井戸だけ助けて、後は逃げた。


ジョージは他の人の畑の開拓の手助けをしていた。

「良い心がけだな、ジョージ。神様に導いてもらえるぞ。」

「びっくりした。スライムか。」

「ただいま。」

「お帰り。また世話になったな。領主様から御触れが来て、毒があるからできるだけ井戸の水を使うなって。村の男たちで毎朝川まで水汲みに行ってるよ。」

「ジョージが井戸をさらってもいいんだぞ。この村には2つしか井戸が無いんだし。」

「毒ってことでみんな怖がっちまってな。今まで飲んでたのに何をいまさらって言ってもだめ。」

「だからこそジョージがやれ。リーダーになれ。人生エキサイティングにしろ。」

「ジョリーが泣くんだよな。だが、スライムも帰ってきたしやってやるか。」

「どうやるつもりなんだよ。」

「そうだな。長い棒に網でもつけて掬うか。うまくいけば入るだろう、何かが。」

「いい発想だ。とにかく挑戦してみないことには前に進まないんだぞ、人生は。お前は知っていると思ったがな。」

「やっぱり俺、まだ毒が抜けてないのかな?」

「かもな。足踏みを止めて、今からやればいいだけさ。」

「おうよ。」

ジョージの頼まれた範囲の畑を一瞬で開墾して井戸にむかう。

「ジョリー、掬うのに使う網ない?」

「何するの?」

「井戸にある毒の元を攫ってみようかと思ってな。」

「大丈夫なの?危ないよ。」

「心配いらないよ。浚ってみるだけだから。」

「本当に井戸には入らないよね?」うるうるしながら、網を渡してくるジョリー。

「ああ。ありがとな。任しておけ。」


ジョージは棒につけた網を井戸の底まで押し込みゆっくりと円を描くように回しては浚った。なかなか引っかからないようで、辛抱強く続ける。鑑定で見る限り水にはまだ毒がある。感知をするとやはり有る。親指ぐらいの大きさになった石のような毒の元が。俺は隠形で隠れながら、触手を伸ばしてその石を網の中に入れてやった。


「お、なんか入ったぞ。」


ジョージが上に持ち上げると、薄く発光している黒っぽい石が出てきた。皆が寄ってきてのぞき込んでくる。


「これだと思うけどな。光ってるし。まあこれで様子を見よう。同じのが次の井戸にあったらまあこれだろうと思う。」

ジョージは皆に褒められて照れているようだ。俺は先に次の井戸に行って感知。あるね。同じのがもう一つ。掬いやすいように、底の砂の上に立てておいてやろう。

ジョージが村人を引き連れてやってきて、早速浚う。

「うん?これはもしかして一発か?」

網を上げると光る石が入っていた。どよめきが起きた。

「お前すげーよ、ジョージ。」

「いやーついてたな。」皆大喜びだ。もう一度鑑定してもまだ毒が残っている。明日もう一度鑑定だな。


その夜遅く。

「スライム、あれで毒の元は全部掬えたのか?」

「そうだ。後は明日もう一度水を鑑定して毒が無ければ終わりだ。」

「冒険者は鑑定できる奴がくるのか?」

「そうだ、心配いらない。」

「お前は何でも知ってるなー。この井戸が綺麗になれば問題は全て解決なのか?」

「やっと半分だな。問題のもう一つは、最初の不作はともあれ、お前たちは同じ場所で同じ野菜や穀物を作っているだろう。これが問題。同じものを作っていると、その作物に必要な養分が減っていくから、次の作物の成長が衰えたり、弱くなる。これ分かるか?」

「なんとなくな。じゃあ、違うものを育てればいいのか?」

「そうだ。前回麦を植えた場所には豆を植えるとか。野菜でも、違う野菜とかな。あとは、森から土を持ってきて混ぜ込むとまだ使われていない養分が入っているからよく育つ。麦わらや野菜とかの食べない部分とかも地面に漉き込んでやれば養分になるぞ。新規開拓した土地は最初は問題ないと思う。収穫後に違うものを植えていけ。その中に豆類は必ず一回はいれろ。豆には土を肥やす能力がある。これはまだお前以外には教えるなよ。失敗したら責任取れないから。この順番を試してみろ。かぶ、大麦、豆、小麦。」

「分かった。今回開墾した土地があるから、何とかなると思う。」

「お前の土地をもっと広げることはできるのか?」

「できるけど、広すぎると面倒見切れなくなると思う。」

「かもな。だが、これから2年は税金無しだ。この後どう変わるか分からないから、やるだけやっとけ、場所があるなら協力するぞ。うまくいったら、みんなにやり方教えてやればいいしな。」

「じゃあ、あとちょっとだけ増やそう。今。」

「お、いいな。思い立ったら即行動。ジョージらしくなってきたぜ。」

俺たちは結果的にかなり増やしてしまった。ジョージは大地主になった。まあレベルも上がって体力も付いて来ているから、畑の面倒はみれるだろう。


俺はその夜、辺境の上を飛びながらどこに魔獣がいるのかを探してみた。魔獣がいないならいないで、家畜を飼いやすくなる。ある程度奥に進めばそこそこいるが、森からは出てこないだろう距離だ。もっと南に行けばマイクロフ聖王国になる。一応見ておくか。国境近くには監視のための建物と門がある。盗賊とかもいないか。

マイクロフ聖王国側の城に入り込んで、話だけ聞いた。碌でもない国だね、やっぱり。早く戦争したい。俺たちは負けない。奴らは俺たちから塩を買うしかない。上から目線の聖王国とはよく言ったもんだが、こいつら明らかに宗教違反してるだろう。相手を思いやれよ。他人に親切にしろよ。イラっとしたけど、まだ今じゃない。スリージー商会の件がこじれてからだ。ガハハハッ。絶対こじれるに金貨一枚賭けるぞ。

この国に喧嘩を売るのは先の話だ。俺はすぐに帰路に就いた。


二日後、冒険者がやってきて井戸を鑑定してくれて、問題は終了した。黒い石を冒険者に渡すと、彼らは感謝して次の村へ向かっていった。


夜。


「また、行ってくる。最後の仕上げだ。また、2,3日かかるだろう。」

「恩に着る、スライム。命の恩人だ。」

「いつか俺の命も助けてくれればいい。」

「これから何が起こるんだ?」

「そうだな。今回も多分ジョージがヒーローになる。直ぐじゃないが。一年ぐらい後か?あとは大したことが無い。領民にとっては良いことだとは思うけど、直接は感じないと思う。」

「戦うのか?」

「そうだな。それはある。領内、領外で。だが問題なし。」

「そうか、助けがいるなら言えよ。」

「そうするよ。また帰ってくるさ。じゃあな。剣の練習しとけよ。本番がいつ来るのかは誰にもわからないんだからな。」


飛んで領主城に着くと、静かなもんだ。一応地下牢を確認。呻めいているから生きてるわけだが、証人としての価値はあるのかな。俺の感知にひっかったやつがいる。5人か。来るとは思っていたが、間に合ってよかった。俺は分身を送り出す。たったの5人ということは精鋭なのかもな。隊長格は強そうだぞ。レベルは俺と同じぐらいある。ああーだめだ。俺の分身を感知できなかったようだ。手足を切り飛ばしたら皆自殺してしまった。このまま警護頼むよ。俺は散歩してくる。感知を最強でかけても何も引っかからなかったが、明日また残りの部隊が来るだろうな。


歓楽街に来るまでには感知しなかった。潜伏するなら此処かスラムだろう。スラムにも分身を送り込んでおいた。いつもの店は開いていて、客もいる。中に入って女将さんに挨拶をしてカウンターの近くに寝そべると少し肉が付いた骨が出てきた。

「食べられたのかと心配したよ。お帰り。」

「わん。」

俺は骨ごと肉を食った。バリボリといい音がする。

「相変わらずきれいに食べるよ、お前さんは。ふふふ。」

今日はみんな陽気に飲んでいる。貧しいから少しだけだ。会話は領主様のこと。大雑把な犯罪の説明と税金の引き下げ。なかなか言いづらいことを言ったんだな。流石領主様。そのおかげで命を証人ごと狙われてるがな。信用できる領主というところで、皆飲んでるんだな。

そこでピンときた。明日かと思ったが今夜来たか。誰も帰ってこなかったからか。今度は20人。必殺だ。十分対応できそうだが、俺も行くことにする。万が一があるし。

俺は背後から回り込んだ。まだ距離は2㎞はある。城ではすでに接敵している。こちらも20に分裂している。一人、また一人と俺の感知から消えていく。俺が歩いて最後の一人の後ろに着く頃には、彼も手足が無かった。自殺しようとしたがスリープをかけ、自殺用の毒を歯から取り外した。そしてまた呪いをかけて、領主の部屋の前の廊下に転がしておいた。朝早く見つかるだろう。



朝。



悲鳴から始まった。

領主は何事かと部屋から出てきて四肢のない黒装束の真黒い顔をした男を踏みそうになり、

「おうお…。誰だこいつは。」

「明らかに暗殺者ですね。それも呪われてます。」執事が静かに答える。

「誰なんだ、これをしているのは?敵では無いのは分かっているのだが、こう簡単に城に出入りされると妙な気分になる。」

「神なのでは?」

「気分的にはそう呼んでも良い気がしている。我が領の守り神だ。」

「衛兵に尋問させて報告を上げてくれ。護衛の人数を増やしてくれ。これから重要な人物が来るから準備しないと。」

「分かりました。」

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