第16話 不作
朝。
俺は犬になって居間で寝ていた。
「あー、犬だー。」
ジョリーが飛びついてきた。わちゃわちゃされる。
両親にはさっきジョージが紹介してくれて、同じように撫でまわされた。皆朝の準備をして、水を飲んで仕事に出る。朝飯ないんだな。
全員の鑑定結果を見る限り、状態異常(毒)となっている。両親は結構しんどそうだ。ジョリーは若さで何とか回復しているような気もするが、時間の問題だろう。
俺はジョージについて畑に出る。午前中は両親は畑の面倒をみて、ジョージは開墾となり、ジョリーは洗濯と家の面倒だ。
「ジョージ、午後からの予定はあるか?」
「何故牛や馬が補充されないのか町長に訊くだけだな。」
「ならば、その後で狩りに出るぞ。肉でもなんでも食わないと元気が出ないぞ。それと、近所の村の井戸にも毒があった。少なくても、この町のみが狙われているわけではなさそうだ。近所の村の噂は聞くか?」
「この町と似たり寄ったりだと思う。ここ何年か不作で、奴隷に売られたり、餓死者がでたと聞いたな。」
「領主の対応は?」
「話は聞いてくれるし、税の取り立ても丁寧だが、具体的には何もしてくれた覚えはないらしい。」
「なるほど。町長にその辺も確認を取ってくれ。近隣の話もな。」
感知で回りに人がいないことを確認してから、土魔法で天地返しと石などを収納し、短時間で開拓を進めてやった。
「スライムは凄いな。ここにずっと住むか?」
「いつか自分の畑を持つ為の練習だ。此処には住まんぞ。俺がやってしまったら、ジョージのエキサイティングな人生がつまらなくなるだろう?」
「そうかもな…。」
「関係ないが、普通は朝飯喰わないものなのか?」
「今は厳しいからな。余剰食糧があれば別だが。以前は軽くパンぐらいは食べてたな。」
「そこも調べてくれ。町長は食べているかどうか。」
「訊きづらいんだけど。訊かないとだめか?」
「まあ、訊かなくてもいいか。明日の朝俺が調べる。」
「ありがとう。」
昼になったので、一度家に帰る。ジョリーが昼のスープを用意していてくれた。大麦の入った健康的なスープだし、塩が効いていている?バランスはとれてないよな、体が資本の農民なんだし。肉がいるな。狩りの時間だ。
ジョージと一緒に町長の家へ行った。俺は庭から五感向上で話を聞いていた。
「こんにちは、町長。ジョージです。ちょっといいですか?」
「こんにちは。もう此処には慣れたか?」
「はい。両親も体調が悪いようなので、畑の面倒見たりと忙しいけど、慣れました。それで少し聞きたいことがあるんですが、いいですか?」
「勿論だ。若者が質問することはいいことだ。」
「子供の頃牛とか馬とかいたのに何故今はいないんでしょうか?いれば新しい畑の開墾が進むと思うんですが。」
「4,5年前病気で死んでしまったんだよ。その頃から不作も続いていて、買うという意見もあったんだが意見がまとまらなくて見送ってからそのままだ。」
「反対があったんですか。理由はありました?」
「不作だよ。不作なのに畑を増やすより、次の年を待とうという意見だったな。あれからジリ貧になってしまった。」
「他の村はどうでしょう。不作なんですか?」
「ここと似たり寄ったりと聞いたがな。」
「領主様から牛や馬を借りれませんか?」
「今度訊いてみるが難しいと思う。この領はどこも不作らしくて、領主様も頭を抱えているらしい。なんとか鉱山でしのいでるって徴税役人が言っていた。」
「それなのに税金が5公5民では我々は食べていけないですよ。町長さんは朝飯とか食べれてますか?」
「朝は水だけだ。今年はどこもこんな感じだろう。」
「領主様にも具体策がないということですか?」
「ああ。困ったもんだ。肉も長い事喰ってない。祭りもできない。皆の暗い顔見るのがつらくてなー。」
「辺境に肉を取りに行ったりしないんですか?」
「あまり魔獣が出てこなくなった。皆も元気がないから、奥まで行ったら危ない。今では、かつて隔週ぐらいで来ていた行商人も、二月に一度しか来ない。この町出身だった行商人は盗賊に殺されたと聞いたし、肉を手に入れる手段もあまりないのだよ。」
「分かりました。あと、一度皆で畑の不作を改善しようとした方法を話し合いませんか?それぞれの失敗を話し合えば、同じ失敗をせずに済みますよ。」
「いい考えだな。皆に話を回しとくよ。」
「お邪魔しました。失礼します。」
「お疲れさん。町長も毒状態だったよ。話は聞いた。確認すべきこともあるが、信じるならば、この領地に問題がある感じだな。鉱山はどのあたりにある?近くか?」
「?鉱山はいくつかあるらしいが、良く知らないから、今度調べておくよ。」
「頼んだ。では、辺境へ行こう。そう言えば、よく朝飯のこと聞けたな?」
「流れで何となくな。」
少し進んだ辺境の中。
感知発動で、魔獣や獣を探す。確かに少ないな。ホーンラビットならどこにでもいそうなのに。スライムも少ない。10キロ奥に結構大きな魔獣がいる。ジョージを掴んで飛び上がり、上から観察する。10m位の蛇っぽい魔獣ブラウンポポタスだ。可哀想だが、晩飯になってもらおう。
「ジョージ、あれが見えるか?ブラウンポポタスだ。お前に仕留めてもらうぞ。」
「蛇か。うまいかな?」
「まあ、鶏肉みたいなもんだ。剣はあるな?」
「剣は無い。全部エリザベス様のところに置いてきた。」
「分かった。これを使え。盗賊から奪った剣だ。やるよ。」
「ありがたい。真上に落としてくれ。」
「了解。」
俺はジョージをブラウンポポタスの頭の上になんとか落とした。ジョージは自分を飲み込めそうなブラウンポポタスの頸に半分ほど切り込んだが、ブラウンポポタスも必死に暴れて威嚇してくる。ジョージも振り落とされてから何とか隙を見つけようとするが、圧倒的な力が無いからうまくいかない。
「ちょっと不味いな。ブーストもいるか?」
俺は頭の上空で威圧を発動して、ブラウンポポタスの注意を引く。そのすきにジョージが何とかブラウンポポタスの頸に切りつけ止めを刺した。
「これを収納して、町の近くの森まで移動。そこからはジョージが担いで帰る。これ60人分あるか?」
「2,3日分ぐらいあるだろう。俺が運ぶ時にはブーストかけてくれよ。」
「ブーストはいいけど、お前ランク上がったから、力増えてると思うぞ。」
「うーん。でもこれ持ち上げる程は力ないな。ブーストよろしく。」
「ああ。じゃあ今は帰ろう。しかし魔獣少ないな。町長も言ってたが。」
獲物を収納してパラセールになって飛んで森の出口近くに降りる。
「ほい、ブースト。俺は手伝えないから。犬だし。」
ジョージはブラウンポポタスを担いで町長の家に向かう。皆がジョージに付いて来る。そこで解体して皆に分けた。それぞれの一家が2,3日分の肉を分けてもらえて本当に感謝していた。
何とかましにしてやりたいがな。
「ジョージ、ありがとうな。本当に助かるよ。」
「たまたま、森に入ったらみつけて、運が良かったんだ。それとこの領の鉱山てどこにありましたっけ?」
「鉱山は3つ。この近くには30km程南のヤフーイ銅鉱山。さらに南に50㎞でググーイ鉄鉱山、そして、東の領境付近にあるアマゾーイ鉄鉱山。ただ、アマゾーイ鉄鉱山で最近ミスリルが発見された噂があるがな。そうなればこのサシントン領も活気づくだろう。」
*****
「お兄ちゃん、美味しかったね蛇のお肉。ブラウンポポタスなんて初めて食べた。」
「俺もだよ。昔からあんな蛇がいたのかな?父さん、知ってる?」
「俺も初めて見たし、食べたな。以前いたのは、ラージボアだとかホーンラビット、スライムとかだった。今は見なくなったが。」
「何だか変だよね。全然違う魔獣が出てきたり、数が減ったり。安全にはなっているのかもしれなけど。」
「そうだな。今日は腹いっぱいで、よく眠れそうだ。先に寝るよ。おやすみ、皆。」
部屋に帰ってきたジョージのステイタスチェックをして、レベルアップを確認する。
名前:ジョージ
種族:人
年齢:26
レベル:21
HP:30/44
MP:20/32
…
剣術:23
状態異常:毒(弱)
「ジョージ、今夜はこの領地全体の井戸を調べてみる予定だ。それと領主城はどこか教えてくれ。確認が必要なことがある。あと、お前はもっと強くならないと大事なものを守れないぞ。今度レベル上げしに行くぞ。だが、先ず、畑の開墾を終わらしておく。お前がやるべきなんだろうが、気になって仕方がない。」
「レベルアップは必要だな。頼む。開墾はあと半分で終わりだから、悪いがこれも頼む。」
「今日の体長はどうだった?」
「ましな気がしたが、はっきり言いきれない。」
「まだ、毒が残っているから無理はするな。暫く帰ってこない。おやすみ。」
俺は外に出ると、走って開墾予定地に向かった。夜だから気兼ねしなくて済む。人の方にも擬態できるが、盗賊だし、話しかけられても面倒なので犬にしている。土魔法と収納でさっさと耕した後は、簡単な地図に沿って、空を飛び多くの村の井戸を調べて行った。地方の村の井戸にはほぼ間違いなく毒がある。田舎でも街の井戸には毒が無い。大きな街の井戸には毒が無い。どういうことだ?
*****
次は領都スポケーン。かなり大きな街だが、静かだな。まだ歓楽街や飲み屋は開いてる時間だろう。俺は街の中にそっと降りると、犬の格好でうろつきだした。寂れた街だな。俺に飯をくれる人もいないか。それでも歓楽街らしいところに行くと、人はいた。飲み屋で女が女将さんと話している。俺が寄っていくと、
「あれ、犬だよ。まだ食べられていない犬がいたんだね。ほら、とっとと逃げな。捕まるよ。」
俺はそれでもするすると寄って行って、頭を女将さんの足にこすりつける。
「あー、もう、しょうがないね。こっちの見えない所に来な。一晩ぐらい面倒見るから。これでも食べな。」と煮込んだ骨を数本皿に入れてくれた。小さい声で吠えてかぶりつくと、頭を撫でられた。
「全く、犬でさえ生きるのが大変な領になっちまったんだね。どこかに逃げた方がいいのかねー。」
「でも、女将さん。どこに行くの。この領から出るってことでしょう。」
「いろんな噂を聞くけど、この領はどこもかしこも不作でもう4,5年は経つ。領主様はいい人だけど、かなり借金をして運営してるらしいから、誰かに乗っ取られてしまうんじゃないかねぇ。」
「でも、何でそんなになるまでほっといたの?城には魔術師とか大臣とかいるし、原因が分からないのかな?」
「だめだったのか、大臣が嘘ついているのか。あの大臣大きな家に住んでるもんねぇ。国も国だよ。全然テコ入れしないし。国も怪しいね。」
「疑いだしたらきりがないし、私らにはそんな上のことなんて、どうしようもないけど。明日の食べ物を心配することで精一杯。皆も貧乏だから陰気で、女遊び客が減ってどうしよう。」
「金のありそうな商人の愛人にでもなればいいじゃないか?そう言えば、スリージー商会がこの間スラムで炊き出ししたらしいよ。」
「商人だって貧乏でしょう。スリージー商会?いい噂聞かないもん。せこいとか、上から目線とか。」
「じゃあだめだね。碌な目に合わないよ。田舎に帰って両親でも手伝いな。」
「女将さん、私が孤児だって知ってるじゃない。」
「そうだったね。じゃあ、あたしを手伝うかい。給料あまり払えないけど。」
「そうだなー。考えてみる。」
犬は女将さんの足に頭をこすりつけると、店を出て行った。
「捕まって食べられるんじゃないよー。」
女将さんの声を背に聞きながら、なかなか面白い話を聞けたのでいつか恩返しをしようと思う。スリージー商会が先か領主が先か。迷うことなく分裂し、それぞれがスリージー商会と領主を目指す。
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