第13話 神は正しい行いをした者を導く

教会で。



教会では司祭が大恐慌を起こしていた。全ての書類と財産と食糧が消えていたからだ。隠し金庫も空だった。あの重要な教皇様からの手紙も消えている。このままでは不味い。司祭は皆を落ち着かせようとするが、どうしてよいのか全く分からなかった。いなくなったものもいなければ、夜中に気づいた者もいなかった。これだけの大仕事、誰かが気が付いてもおかしくない。ダスキン奴隷商に援助を頼める状況ではないので、領主に頼もうと使いをやったが、城が軍隊に包囲されているという。何が起きているのだ?そうこうしているうちに教会には人がやってくる。早朝に礼拝する敬虔な人たちだ。そんな一人から質問を受けた。

「司祭様。幼児誘拐奴隷事件の被害者の子供たちを助け出した男が呪いを受けて死にかけているらしいですよ。我々の神は見捨てたりしませんよね?」

「正しい行いをした者は導かれますからね。神はお見逃しはしませんよ。」

「そうですね。安心しました。その男が救われないのであれば、私のような普通の者が救われるわけがないと考えると恐ろしくて。神を疑ってはいけませんね。」

「その通りです。」

こんなやり取りが、ひっきりなしなのだ。信者が言う話はもちろん分かるが、今は私こそ救われたい。そんな信者の一人が、こんなことを言った。

「司祭様。神が正しい行いをした者を導くのですから、我々も正しいことをした者に正しいことをするべきだと思うのです。」

「その通りです。貴方は今日神へ一歩近づきいてますよ。」

「ありがとうございます。私はその男を助けてあげたいのですが、私は呪いを払う力などはもっておりません。ですが、司祭様にはそのお力がある。私は覚えています。司祭様が初めてこの教会でミサを行った時に言いました。私は教会本部で呪いを払う力を体得し、承認されたからこの教会を任されたのだ。もしあなた方が呪いを受けたり、邪の声にあらがえないと思ったならばどうか頼ってほしいと。幸運にも私は呪われませんでしたが、私は呪われた人を助けるために司祭様にお祈りすることができます。神様の代行者である司祭様が神様の教えを破る訳がありません。どうか、その男を助けてあげてください。」

彼女の周りでは司祭を囲んで多くの信者が祈りだした。司祭は圧倒されたが、ここで奇跡を起こせば、信者が喜び、教会本部の受けも良くなるのではと思いついた。司祭は、

「正しいことをした人を導きに参りましょう。私をその方の元へと連れて行ってください。」

司祭を先頭に信者はぞろぞろとついていった。司祭が辺境伯屋敷で門番に来訪の要件を説明すると、エリザベス様が出てきて、挨拶を交わす。

「早朝からお騒がせして申し訳ありませんが、信者の方々からここに子供を助けた英雄が呪いを受けて死にかけていると聞き、解呪に参りました。」

「それは、わざわざありがとうございます。神官の方に試していただきましたが、効果が無くあきらめていましたが、司祭様ならば成功するやもしれません。よろしくお願いします。」

「はい。私も解呪には経験がありますので、可能性は高いと思います。では、患者をこの木陰に連れてきていただけますか?」

「外の方がよろしいですか。」

「信者の方にも軌跡を体感していただきたいので、申し訳ありませんがよろしくお願いします。」

「分かりました。セバスチャン、ジョージをここへ。」


皆の前に連れてこられたジョージを見て、信者たちは茫然とした。顔が真っ黒で、服には血が着いたままだ。左肩の肉はそげているのだろう。包帯の上からも、薄く見える。両足も真っ黒くはれ上がっている。


「始めます。」

司祭は詠唱をはじめた。3分も過ぎたころ、ジョージの下に円形の魔法陣が現れ、司祭の声が大きくなるにしたがって、魔法陣も輝きを増していった。司祭が玉の汗を浮かべながら最後に叫ぶ。

「ヘブンズサンクチュアリ」

魔法陣が激しく光って消えた。司祭は疲れ切っていたが、満足そうに男を見ている。その男の顔色はふつうに戻り、次のミドルヒールで肩や足の傷まで癒された。信者たちは口々に司祭を奇跡の司祭と褒めちぎった。

「司祭様。本当にありがとうございました。ジョージはもういつ死ぬか分からない状態でしたのに、司祭様の力で解呪できました。これで、彼は妹と仲良く暮らしていけます。」

「これも神の御心に従ったまで。これにて失礼いたします。」

司祭は自分のしたことが誇らしく、また久しぶりに満足した。

信者を連れて教会に戻ると、入口には神官が泣きながら立っていた。その神官は司祭に気が付くと、腕をつかみ司祭を司祭室に連れていった。

「司祭様。これを見てください。奇跡です。」

彼の部屋には食糧以外の盗まれた物が返されていた。その上には、壁にかかっていた『神は正しい行いをした者を導く』のタペストリーが置かれていた。


ジョージはすぐには起きなかったが、寝息は安定していたのでそのまま外で寝かせておいて、ジョリーに面倒を見てもらった。エリザベス達は、城へ向かわなくてはならなかったからだ。


城の包囲をしている者たちで、会議を開いた結果、書状を矢で送ろうとなった。城から出てくれば公平な裁判を行うが、出てこない場合は罪人として討伐するというものである。矢が撃ち込まれるのを犬も見ていた。

犬が欠伸をする。

鳥も鳴いている。

大門が開いて、領主を先頭に皆出てきて、おとなしく従った。全く気力を感じない。あの領主がいくら負けたからと言え、こんなに落ち込むだろうか?エリザベスは不思議に思って見回すと、ダムディもセバスチャンも首をひねっていた。

犬は立ち上がると去っていった。


庭で寝ているジョージの横に来た犬は、もうかなり流暢に話せるようになったので、そのまま話しかけた。勿論。ジョリーはお花を摘みに行っている。

「よお、相棒。調子はどうだ?」

「よお、スライム。呪いも解けて、怪我も治って、ジョリーも子供達も助かっていいことづくめだ。改めて礼を言うよ。ありがとう。」

「気にするな。お互い利用しあったんだ。だが、信用はしてるぞ。」

「俺もだ。恐ろしかったが、今思えば楽しかったよ。もうこんなこともないだろうと思うと、淋しくなるぜ。」

「馬鹿め。エキサイティングな人生がいいなら、そんなのお前次第だろ。ジョージはこれからどうするんだ?多分騎士に誘われるぞ。この領地は辺境伯の管理下になるだろうし。」

「よくわからないな。妹と相談して決めるが、一度は田舎に帰るだろう。」

「まあ、そうか。じゃあ決まったら、お前が最初に俺に会った場所に手紙を置いといてくれ。良い奴とは縁を繋いでおきたいからな。」

「ああ、分かった。お前はどうするんだ?」

「辺境に帰るよ。人間界は恐ろしすぎる。辺境は安心だ。達者でな。妹が返ってくる。」

「スライムも、死ぬなよ。」

「ああ。」

「あー、わんちゃんだ。」

ジョリーが寄ってきて、スライム犬を撫で繰り回している。犬はニヤニヤしてから、顔をジョリーにこすりつけて、更に俺にこすりつけてから一声吠えて去っていった。


この日の夕方、司祭がエリザベス様を訪問して、いくつかの書類を残していった。それは教会が幼児誘拐奴隷事件に関係がある証拠となるもので、司祭は自由にお使いくださいと微笑み去っていった。エリザベスはあの司祭はこの事件に関係ないのかもしれないと思ったが、それは裁判ではっきりさせればよいことと考え、丁寧に見送った。


次の日の昼頃。ダムディ隊長は忙しく働いていた。アリアートが飯に行きましょうよと誘ってきたので、そうする。近くにある一杯飯屋で串焼き三本とパンとスープで庶民的な値段だ。

「隊長、今朝ビビッて来たんですが、首にならなくて良かったですよね。俺再就職なんて自信ないです。」

「俺もだ。」

「俺が知らないうちに、他貴族の軍隊とか来てるし、オバマス騎士隊長は死んでるし、全員の鑑定石審査が義務付けられてるしで、驚くことだらけでしたよ。」

「全くな。俺も全く覚えがないうちに巻き込まれてたんだよ。あの犬のせいなのかなー。」

「そういえばあの犬見ないですね。」

「わん。」

「うお、いつの間に。こいつ俺の串焼きを見てやがる。しょうがねー、世話になったからやるよ。」串焼きから肉を二つ抜いて放り投げると、うまいこと二個とも咥えた。

「俺も一つやるよ。」ほいっと投げて見事捕捉。うまそうに食ったら、ニヤッとして去っていった。

「あいつ、これからも俺たちにたかる気じゃないだろうな。」

「ははは、まさか。まあ、隊長だけにたかってほしいですけどね。」

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