第11話 ジョージ 奮闘す
辺境伯屋敷 ジョージの部屋。
「おい、ジョージ。生きてるか?おい、起きろ。」
ゆさゆさゆするが起きない。ますます顔は真っ黒で、苦しそうにうなっている。
「しょうがないな、これでも飲め。」
触手の先から液体を口に垂らすと、少しづつ呑んでジョージが目を開ける。
「起きたな。大事な話がある。」
「…スライムか。とうとう俺を看取りに来てくれたか。つらかったぜ。前回のとは違うタイプで。今は割と楽だけどな。」
「俺の薬を少し飲ませたんだよ。そんなことより、もうすぐ騎士隊が皆殺しにするために此処を襲うぞ。子供たちを取り戻して、自由にしてやるんだと。」
「なんでそんなことになってるんだ。辺境伯令嬢は知っているのか?」
「多分知らないだろうな。だから戦える数は少ない。お前も戦え。根性で戦え。体調的には悪いだろうが、俺がブーストしてやる。多分暗殺者も来るだろうがそれは俺が全部引き受ける。お前はとにかく隊長のオバマスに一騎打ちを申し込め。これに勝てば大体の騎士達が引くはずだ。ここで負ければ、妹が連れていかれるぞ。じゃあ、ヒールで体力戻して、全能力10%増加ブーストだ。かけたぞ。だが、あわただしくなるまで出るなよ。お前は呪いがかかって瀕死なはずなんだから、まだ、寝とけ。」
「分かった。頭は割れそうに痛いが、身体に力が溢れてる。感謝するぜ。」
ダスキン奴隷商門前
家でひと眠りしたダムディは、心配で目が冴えたので、ダスキン奴隷商を覗きに来た。門を守っているはずのジオルグ隊が見えない。ダムディはゆっくりと中に入ろとしたところで、
「隊長。非番じゃないんですか?」
「アリアート、お前こそ何してるんだ、こんなところで。」
「犬に餌をやろうかと思いまして。」
すると、犬が寄ってきた。犬は嬉しそうに餌をもらった。犬は耳をぴくぴくさせると、小さく吠えて、ダムディの袖を噛んで引っ張る。
「なんだ、なんだ。凄い力だな。そっちに何かあるのか?」
ダムディとアリアートが犬に連れられて向かいの路地に入ると、犬は回り込んで今度は二人が路地から出ないように道をふさいだ。
「ここに暫くいさせたいみたいですね、隊長。」
「そう見えるが、何なんだかな。」
暫くして金属のこすれる音が近づいてきた。
「ありゃ、近衛隊ですよ。武装して。まさか攻撃するつもりか?止めに行こう。」
「隊長。さすがに待ってください。後を尾行することには賛成ですが我々は2人しかいないんですよ。いざって時にはどうしようもない戦力差です。自重してください。」
犬は欠伸をしている。ダムディに身体をこすりつけたりしているが、耳がぴくぴくすると立ち上がり、小さく吠えてから走り始めた。犬を追う二人は玄関の陰の植木の隙間に入る犬に続く。暫くすると、玄関が開いて、ダスキンとジオルグ隊長とクリント近衛隊長が楽しそうに話しながら出てきた。
「助かりました。被害者である我々が無法にも監禁されて、取り調べを受けるなど言語道断です。私は商業ギルドを通して戦いますよ。」
「ダスキンさんの怒りもごもっともです。冒険者ギルドと辺境伯令嬢エリザベスとダムディ隊を叩き潰してよりよい街を作ろうじゃないですか。」
「同感ですな。ジオルグ隊は何時でも協力いたします。」
「では、領主城へ行きましょう。治安を乱す辺境伯令嬢も今は討伐されているはずです。子供達も解放され、城にいることでしょう。」
意気揚々と近衛隊達は去っていった。
「犬のお陰で助かった。」
「餌はやっておくもんですね。これからどうします?」
「どうしようもないだろう。明日は非番。明後日は普通に来いよ。殺されやしないさ。」
「隊長は度胸がありますね。俺が明後日来なくても探さないでください。」
「ははは。冗談言えるんだから大丈夫だ。いざとなったら、俺が何とかしてやる。」
「冗談じゃないんですけど…隊長、尊敬しますよ。」
「わん。」
辺境伯屋敷、エリザベス様。
「お嬢様、こちらに向かって騎士隊が向かってきているようです。40人ほどもいるようです。どういたしましょうか?」
「先ず門を完全に閉めて、閂をかけてください。近くの木の上と影から弓で狙えるように準備して頂戴。騎士隊でも馬が無ければ、何とかなるはず。門の内側に樹の枝で足止めして。家で戦える人は私とセバスチャン、私の護衛の3人。メイド2人は弓が引ける。7人対40人の騎士か。なかなか厳しそうね。」
「お嬢様、ここは降伏してはどうでしょうか?」
「無理よ。狙いは子供達でしょう。私を人質として父上を封じ込めるために使うでしょうし。この街では、領主、教会、軍が持ちつ持たれつやっているのよ。証拠があるとしても、今はそれを使えないし。明日になれば、父の精鋭も来る。何とか引き延ばすか追い返すしかないわ。」
正門前に騎士隊が整列する。
「私はオバマス騎士隊長だ。辺境伯令嬢エリザベス様、貴女は不当に子供たちを誘拐、監禁している。今までの幼児誘拐の嫌疑もかけられております。この門を開け、公明正大な領主の前で申し開きをお聞きしますから、おとなしく門を開けてください。悪いようには致しません。我々に強硬手段を取らせないでください。」
「好き放題言ってくれるわね。一方的過ぎるわ。言い返してやる。」
「お嬢様、お待ちください。あれは向こうの手です。カッカしてはいけませんよ。」
「全員は配置についているのよね。」
「はい。あとは我々だけです。」
そのとき、後ろのドアが静かに開いた。
そこには片手に剣を持ってふらふらと歩いてくるジョージがいた。
「あなた、起きたのね。大丈夫には見えないけど。」
「いろいろとご迷惑をおかけしました。初めまして、ジョージと言います。外にいるのはオバマス騎士隊長ですね。」
「エリザベスよ。そうよ。騎士隊40人が来ているわ。殺す気満々でね。辺境伯令嬢の肩書も効かなくなったわ。」
「門を開けて、隊長だけ入れてください。そうしなければ戦争だと言えば、呑むでしょう。そして俺がオバマス騎士隊長と一騎打ちをします。俺は元騎士だったんです。」
「その体調で意味があるの?」
「ありますよ。うまくいけば今夜は生き延びれる。だめなら、元々戦争です。巻き込んでしまって本当にすいません。」
「それは気にしないで。辺境伯令嬢なら慣れとかないとね。では、行くわよ。」
辺境伯屋敷の柵の外。まだ騎士隊が到着する少し前。
「10人ほどいるね。俺一人でやるのもいいけど、分身の練習になるから分身に任そう。10の分身、それぞれ好きなようにどうぞ。死なないでね。」
スライム達は隠形、感知、五感向上を確認してからそれぞれの敵を吸収しに行った。2分ほどで10のスライムが本体に戻ってきた。一つに集合して、
「お、結構いいスキルが増えたな。盗賊系スキルはダンジョンに行くときに役立つよ。生活魔法も使い易い。今回の作戦で闇魔法の精神制御も効果的に使えて領主を暴走させられたし、この後のジョージの戦いとその後にも使う予定だ。いい魔法だ。人の精神いじくるなんてぞっとしないけどちょっと後押しするだけだからジョージには許してもらおう。10人の殺り方としては、睡眠からの吸収はやはり王道だな。一人、隠形に気づいた奴がいたか。盗賊スキル持ちだったんだな。もっと精進しよう。まあ分身に気づいても触手の接近を許してしまったので、そのまま刺突で吸収か。お、マジックアロー試したんだね。音しなかったけど、細くして首を狙ったんだ。これで中遠距離攻撃も可能性が出てきたな。マジックアローに今度毒が乗せられるか試してみよう。他には、操糸で頸に糸を巻き付けて縊り殺したなんて芸術点高そうだ。必殺仕事人のようだ。みんなお疲れ様。次は俺がジョージを勝たせる番だ。」
辺境伯屋敷、エリザベス様 庭にて。
「この敷地に騎士隊を入れることはできません。私はハンターさんの幼児誘拐奴隷事件の情報を手にしていますし、これを放置していては民衆は安心して生活できません。ここに保護されている子供たちは、その生き証人。みすみす領主の城へ送れば、命を失いかねない。徹底的に子供たちを守るために戦います。ただし、オバマス騎士隊長お一人でここにきて一騎打ちをするだけで帰るならば、今夜の所は大目に見ましょう。ですが、もし一騎打ちをを断るようであれば、戦争です。」とエリザベス様が睨みつける。
「私は騎士隊長。エリザベス様と一騎打ちはできません。私にもプライドがあります。」
「貴方の相手は、騎士のジョージです。」
ジョージがふらふらと歩いてくる。オバマスは彼が呪いを受けていることを知っていたので、まだ生きていることに驚いたものの、人によっては長めに生きるということも呪術師に聞いていた。だから、にやにやしながら、
「ジョージよ。そんなに辛そうで戦えるのか?お前は下から数えた方が早い騎士だったぞ。俺に勝てるつもりか?」
「隊長、お前の顔はゆがんでるな。邪悪に魂売ったらそんな顔になるんだな。俺も片足棺桶に突っ込んでるが、お前もそんなもんだ。俺の命は残りわずかだ。とっくに死んでいてもおかしくねえが、妹だけは死んでも守るって誓ったんだ。付き合ってもらうぞ。俺が勝ったら城へ戻って、領主に罪を自供させろ。」
「偉そうに。俺が勝ったら、此処にいるものは幼児誘拐奴隷事件の犯人として全員処刑、子供らを城へ連れて行く。」
「それでいい。」
スライムよ、仕事の時間だぞ。頼んだぜ。
いきなり凄い高揚感に包まれた。恐ろしいはずの隊長の前に立ってもなんともない。身体にはブーストがかかっている。いつでもこい、隊長。
ふん。俺の前でビビッて固くなれば簡単に処理できたものを。呪いのせいで感覚が狂っているのか?目の焦点もずれているしな。一瞬で終わらせてやる。
「始め!」
ジョージは剣を抱え頭から突っ込んでいった。こんな土壇場で綺麗な剣術なんかできないし、知らない。兎に角心臓をえぐるのみだ。
おお、思ったより早いが、鎧を突き抜く技術などないだろう。死ね。
ジョージの最後の一歩は更に早かった。隊長の剣のタイミングを狂わせる。ジョージはさらに信じられないほどの力で手を伸ばして、隊長の心臓に鎧の上から剣を突き立てる。隊長の剣が降ってきたが、それて左肩をそぎ落としにかかる。ジョージは剣を突き立てたままさらに一歩出る。そのとき、スライムが更にブーストをかけてくれた感じがして力が更に溢れた。足と腕にさらに力を込める。
「おおおおおおおお!」
オバマス騎士隊長は信じられないという顔で、剣が自分の身体に入り込んでくるのを見た。ジョージは力余って吹っ飛んでいった。
エリザベス様はひっくり返った隊長に刺さったままの剣を、また、彼方でふらふらしているジョージを確認し、宣言した。
「それまで。ジョージの勝ち。速やかに騎士隊はオバマス騎士隊長の死体を回収し撤退してください。セバスチャン、死体を門まで運んであげて。」
ざわざわしている騎士隊だが、急にがっくりするとエリザベス様の指図に従い城に引き上げていった。
「ジョージ、大丈夫?肩が酷いから、すぐに手当をしましょう。セバスチャン、お願い。でも、凄かったわよ。あの速さ。最後にさらに早くなるなんて信じられない。妹の力は偉大ね。」
セバスチャンが肩に包帯を巻きながら、
「お疲れさまでした。そしてご苦労様でした。貴方が子供たちの未来を守ったんですよ。」
「ぐおっ。」ジョージは叫ぶとまた気を失ってしまった。
ジョージが家に担ぎ込まれて、ベッドに血まみれで横たわっていると、ジョリーがやってきてまた泣き出した。泣きながら、濡れた布でジョージの血を拭きとっていく。肩の傷に触ったときにぐっと呻いて少しだけジョージは目を開けた。
「ごめんなさい、お兄ちゃん。痛かったよね。ごめんなさい。」
「ジョリー。お前を見れて良かったよ。お兄ちゃん頑張ったんだぞ。今までで一番頑張ったんだ。笑ってくれよ。」
「うん。うん。ありがとう、お兄ちゃん。」
「いいってことよ。お前のお兄ちゃんなんだから…ちょっと寝るな。」
ジョリーは泣きながら血をぬぐい続けた。
「お嬢様。これでしばらく時間が稼げはしましたが、明日はどうなるか分かりません。防備を万全にして、冒険者ギルドに護衛依頼をするべきではないですか?」
「そうね。使える戦力は全て投入したいけど、信用できるかしら?冒険者に門の外で守ってもらう事にしましょう。」
スライムは考える。さて、ジョージは仕事をした。今夜中にまとめたいな。こっちもあっちも予定通りだから。
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