第10話 情報

エリザベス様が起きて遅い朝食を食べ終わる頃には、新たな情報が入ってきていた。彼女は自分の下にいるほとんどの人間を使い情報を集めさせていた。辺境伯が実際に動けるのに早くても3日はかかると考え、その間の防衛の為には情報は不可欠だった。


情報は噂程度から、情報屋から買い取ったもの等、彼女は確度馴に興味深さでテーブルの上に並べていった。


ダスキン奴隷商が何かやらかした。ダムディ衛兵長とその部下が奴隷商に詰めている。

ダスキン奴隷商の犬が行方不明。

騎士たちの動きが激しい。こんなのは見たことが無い。

冒険者ギルドに変わった病人がいた。

老エルフが冒険者ギルドに来ていた。

領主は呪術師を一時雇っていた。

ハンター氏の機嫌が悪い。

最近は子供の誘拐が多い。

最近はこの町の近くの街道でも盗賊被害が頻繁なのに、領主が取り締まらない。

教会で誘拐された子供の親が熱心に祈っているのを見た。

商人が領主館で今日払ってもらえるはずだったが、新しい注文を受けたので、新しい注文ができた時に同時に払うと言われて、困っていた。

領主館で大量の食糧が発注された。

騎士たちがスラム街に出入りしていた。

騎士たちがすごい勢いで街道を走っていった。多くの街道で目撃されている。

教会は正しい行いをした者には施しをするべきではないのか?

ダスキン奴隷商は教会に多額の寄付をしている。

誘拐された子供たちを救った英雄がいる。

エリザベス様は美人。


(あまり知らない情報はないようね。領主が呪術師を雇っていたというのは面白い情報だわ。それに、騎士団は何かを探しているのかもね。教会関係も少しあるわね。怪しい感じがするけど、調べずらいわね。まだ教会騎士団は動いているようではないけれど。あと、すでにジョージの事が漏れているのが不思議と言えば不思議だけど、彼が子供たちを冒険者ギルドに連れてきたときには、まだ酔った冒険者たちがいたのだから、おかしくはないのか?

犬は関係ないと思う。)


「お嬢様、お手紙が届けられました。」

「誰からかしら?」

「差出人は分かりませんが、先ほど街のパン屋の娘が届けに参りました。」

「パン屋の娘は何と言っていましたか?」

「1日前の早朝に、革袋に手紙が入っているので、辺境伯屋敷に届けてもらいたいと銀貨1枚で頼まれたそうです。」

「他には何か言っていましたか?」

「ダスキン奴隷商で何かあったら、直ぐに届ける。何もなければ3日後に届けるようにという指示があったようです。あと、中身は見るな、他人には言うなとも」

「何か起こることを知っていたのですね。どんな感じの男だったのですか?」

「フードを深くかぶった冒険者風の男だったそうで、顔は思い出せないそうです。怖い感じではなく、おとなしそうな感じだったと言っていました。あと、この街から今出るからと、パンを5つ買ったそうです。」

「認識疎外のフードかもしれないわね。手紙を見せてください。

…これは、手紙というか例の事件の証拠、それも領主側にあるべき決定的証拠ですね。どうやってこんなものを手に入れたのか。それも事件が起こることを分かっていた。ジョージとの関係はなんなんでしょう?兎に角これも至急父に送ってください。最優先です。」


昼過ぎには、父から今夜陛下に極秘で謁見することになったという連絡がきた。早い。そして、辺境伯の少数精鋭の先方はすでにこの街に向かっているということだ。早ければ明日には着く。



少し戻って冒険者ギルドでの朝。



冒険者ギルドのギルマスの執務室でギルマスとダムディ。

「ギルマス、折り入ってお願いがあって早朝からお邪魔しました。」

「なんだい、かしこまって。そっちも昨夜から大変だろう?」

「はい。ただこれができれば少しは気が楽になると思います。ギルドにある鑑定石を貸してもらえませんか?それを使って自分の部下たちが幼児誘拐事件に関係ないか確認したいのです。」

「そんなことをして大丈夫なのか?信用してくれないのかと反発されないか?」

「先ず私から受けます。受けない場合には、この件ではこれ以上協力させません。個人の心情を優先できるような事件ではありませんから。」

「私も冒険者にやらなくてはならないかと悩んでいたところなんだ。ギルド職員も含めて…予備の鑑定石を貸し出そう。ただ知っていると思うが、鑑定石は嘘をついているかどうかわかるだけだ。もともと冒険者が依頼を達成したかどうか調べるだけの石だからな。質問の仕方によってははっきりしない場合もあることは理解しておいてくれ。」

「ありがとうございます。先ずは私と私の部下の10人。それからは衛兵隊に広げていけるよう努力します。」

結果として、ダムディと彼の隊員は協力的で、皆潔白だった。空ををじーっと眺めていた犬が奴隷商から出て行った。


犬はゆっくりと裏道を歩いていく。そして裏にある井戸の近くに集まって洗濯している女将さんたちの横を過ぎていく。更に進んで、朝からやってる飲み屋街である。酔っ払いに近づいていくと、

「ほれっ。」つまみの肉片を放り投げてきた。

犬は空中で見事に咥えて飲み込んで、小さく吠えて尻尾を振った。

さらに進むと木の陰から教会が見える。教会の裏に回っていくと洗濯をしている美人メイド達がいた。この教会はメイドを雇っているようだ。犬がゆっくり寄っていくと、メイド達が少しびっくりしたが、撫でてきた。おとなしくなでられてる犬は気持ちよさそうにしている。神官が出てきて、注意をされたので、メイド達は洗濯を終わらせる。その頃には犬はいなくなっていた。

犬は隠形を使い、メイドと一緒に教会にはいり、迷わず司祭の部屋の近くまで来た。誰も部屋にいないので、勝手にお邪魔した。正面には、『神は正しい行いをした者を導く』のタペストリーが飾ってある。

スライムに戻り机の中や隠し金庫の中を物色すると脅しのネタを見つけた。浄財も山のようだ。盗むのは今夜にして、2匹のスライムを分裂しこの部屋に残しておく。他の部屋は分身達に見てもらう。今は地下だけ確認しておこう。地下に降りると、やはり牢屋と拷問部屋がある。変色するぐらい使われていた。今は牢屋には誰もいない。地下牢には何もなかったが、見張り用の部屋で見張りの記録帳を発見。内容は下種過ぎて、神はお許しになりませんよ。これは欲しい。スライムを分裂し、今夜回収をお願いする。いざとなったら力ずくで回収だ。

この部屋には秘密の抜け穴がある。それを使い外に出ると離れた庭の繁みから出た。庭をぐるっと回って正面から出たあと、来た道を戻る。飲み屋街で酔っ払いに精神干渉錯覚魔法をかけて、教会の情報を少し漏らす。洗濯場に向かっている女将さんの一人にも錯覚魔法を。通りで出店の用意をしている男にも錯覚魔法を。奴隷商に戻ってきた犬はゆっくりと昼まで寝る。


ダムディ達は事情聴取を始めたが、あまり実りがないようだ。彼らはエリザベス様が見た情報を見ていないため、何が起こったか訊くぐらいしかできないからだ。自分たちは強盗にあった被害者だという態度であり、違法奴隷については知らなかったの一点張りで、領主様を呼べと命令してくる始末だ。

鑑定石を使おうとすると、そんなものは信じられないと非協力的だ。ダムディはこの奴隷商には幼児誘拐奴隷化の嫌疑がかかっており、辺境伯の権限で拘束されてると説明し、近いうちに辺境伯の検察官が来るから待てというと、おとなしくなった。

ダムディ隊長が詰め所へ一度戻った時、上司のバー中隊長から

「お前たちも疲れているだろう。ダムディ隊はジオルグ隊と交替し、休養を取るように。」と命令された。

「有難うございます。では、ジオルグ隊に鑑定石を使用してもよろしいですか?そうすれば心配しなくてもよくなるので。」

「そんなことは必要ないだろう。」

「一応念の為にという事で。」

「よし。そこまで言うなら、本人たちが受けると言ったならばいいだろう。」

「有難うございます。」

しかし、もちろんジオルグ隊は全員拒否したが、上司の命令なら受けるという。

ダムディはまた戻ってきて、

「上司の命令なら受けるとのことです。貴方の一言で鑑定石で調べられます。命令してください。」

「今まで一緒に働いてきた仲間を疑うなどおぞましい。ダムディ、お前の悪い噂が広がってるぞ。ダムディ隊は手柄を上げるために無実のダスキン奴隷商を嵌めようとしているという噂だ。火のない所に煙は立たぬとも言う。気を付けろ。」

「それこそ、鑑定石で調べてください。我々は潔白です。」

「しかし、わしが信じていても、民衆が信じないし、領主様とダスキン奴隷商は懇意だ。商業ギルドの中でも力がある。証拠でもあるのか?」

「ダムディ隊は証拠集めも許されてませんので、今はありません。尋問しても良いですか?」

「だめだ。」

「では、誰の許可があればできるのですか?それに、なぜジオルグ隊に鑑定石を使用してはいけないのですか?全ての衛兵、騎士隊、近衛隊も受けるべきだと思いますが。」

「そんなことをすればもめごとの元になるし、今後の共同作業に支障をきたす。」

「失礼ですが、バー中隊長は幼児誘拐奴隷事件に関与してませんよね?」

「いい加減にしたまえ!侮辱罪を適用するぞ!家に帰って休め。明日と明後日はジオルグ隊が警護するから。」

「失礼いたしました。帰らせていただきます。」



エリザベス様、午後の紅茶。



「セバスチャン、新しい情報はある?」

「あまりないですね。ダムディ隊は奴隷商の警護から外されジオルグ隊が任されたようです。ダムディ隊は全員この事件に関係ないと鑑定石で証明したらしいですが、ジオルグ隊は鑑定石を拒否したらしいです。バー上司も同様に拒否ですね。」

「それは直接ダムディさんから聞いたのですか?」

「はい。ですがその前にすでに噂になっておりましたので、確認を取った形です。」

「こんな内内の話が噂になるなんておかしいと思わない?誰が漏らしているのかしら?」

「分かりかねます。」

「他には?」

「ジョージ様はまだ目が覚めません。状態に変化ありません。我が家の周りを調べている者がいますので、警戒はしています。それと、騎士隊がスラムで行った場所は暗殺ギルドのある辺りだったそうです。」

「騎士が暗殺者を雇うとは異常事態ね。ここが狙われているのかしら。その割には堂々とスラムへ行っているわよね。暗殺ギルドにプレッシャーをかけたかったのかしら。他に殺したい相手でもいるのか。全然わからないわ。」

「お嬢様。もしかしたら、呪術師を探しているのかもしれませんね。」

「どうして?今も雇っているのであれば、城の中にいるのでしょう。」

「そうかもしれませんが…。」



領主館にて晩餐の後。



「父上、いつになったら私の奴隷が手に入るのですか?」

「ハンター、いい加減にしろ。そんな状況ではないことは理解しているだろう。金はまだしも、あの書類を持って逃げた呪術師を捕まえないと、いつ破綻するか分からん。辺境伯が証拠をつかむ前に奴を暗殺しなくてならないんだ。」

「ダスキン奴隷商はどうするのですか?」

「あいつらは一蓮托生だから裏切らない。他の貴族との兼ね合いもあるし、我々を裏切れば教会も裏切ることになるのだ。生き残りようがないだろう。」

「そうですね。ならば安心でしょう。僕は早く奴隷で遊べればそれでいいんですよ。直接盗賊たちに頼んではだめですか?」

「馬鹿、いつ裏切るかもしれない奴らを引き込むな。我々の方が失うものが大きいのだぞ。だからこそダスキンネットワークを使い、お互いが裏切らないように証拠を共有して、厳しい審査を通ったものだけが会員になれるようにしているのだ。会員というだけで信用度が違う。同じ趣味を持った同志、助け合うから安全に遊べるのだ。危険を呼び込めば切り捨てられるぞ。」

二人でワインを飲んで、話している間に段々と気が大きくなってきた。

「しかし、我々は貴族で、選ばれた人種だ。何故自分の土地で育った虫けらを自由に扱ってはいかんのか?環境を提供して育てたものを利用、いや、活用することは、農業と変わらないではないか。」

「そうですよ。父上、我々は神に選ばれ、愛されているのです。『神は正しい行いをした者を導く』ですよ。我々は民衆に良くしてやっているのですから、報われて当然の権利を行使するだけです。ましてや、何故この土地を管理もしてない辺境伯に文句を言われなくてはいけないのでしょう?」

「まったくだ。内政干渉だ。多くのものを幸せにするために少し犠牲を出すだけだ。どこでもしていることだ。我々の仲間の教会が容認しているのだから、悪いことがあるものか。そして、民衆はこのことを知る必要はない。我々選ばれた者の判断は常に正しいのだから。」

「辺境伯が子供たちを監禁しているのです。倒して、我が子供達を取り返しましょう。そして、子供たちをこの醜い世界から解放してあげましょう。」

「そうだな。ダスキン奴隷商も不当に監禁されている。解放してやろう。誰かある。近衛兵長のクリントと騎士団長オバマスを呼べ。」


「クリント、オバマス。夜遅くよく来てくれた。現在、ダスキン奴隷商と子供たちが不当に監禁されていることを知っているな?それを助け出してほしい。」

「バイン伯爵、それは辺境伯に弓を引くことになります。お分かりと思いますが、失敗すれば我々は処刑されます。」

「それに、街ではすでにダスキン奴隷商は子供を誘拐していたなどと噂が流れております。強硬手段に出ては危険と思われます。」

「何を言っているんだ。この土地は、我々が育て、我々が護ってきたのだ。何故辺境伯に管理されなければならないのだ。子供達を護るならば、我々がするべきこと。そして、ダスキン奴隷商は我々の協力者だ。救わなければ、この世界が崩壊する。今なら辺境伯の護りも少ない、完全に抹殺してしまえば誰も何も言えないはずだ。」

「その通りです。このクリント、バイン伯爵にお供いたします。」

「このオバマス、辺境伯軍を討伐し、我々の自由を取り返すと誓います。」

「よし、クリント近衛隊はダスキン奴隷商救出を。オバマス騎士隊は子供たちを辺境伯軍から救出してやってくれ。我らの側に神はいるのだ。暗殺ギルドを利用してもよいぞ」

「「はっ」」

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