第9話 ダスキン奴隷商会にて

ダスキン奴隷商。


門をくぐったあたりには、犬が寝ていた。犬の近くには肉が落ちている。肉には細かい粉がついているが、なんだろうか。玄関は開いたままになっているので構わず入る。灯もついているがとても静かだ。

「血の匂いはしませんね。」

「二手に分かれましょう。俺は右側を見てくる。エリザベス様と二人は左側から見て回ってくれ。気を付けるように。」


俺はゆっくりと周る。扉を開けると、6人の護衛が寝ていた。奴らの周りには茸が飛び散っている。よく見ると、これは眠り茸と百茸か。危険だ。鼻と口を布で覆う。一度部屋から離れて、お嬢様の方へと急ぐ。こちらはキッチンやメイドの部屋になっていてキッチンの入口で3人が固まっていた。

「大丈夫です。彼らは寝ているだけです。あの散らばっているのは眠り茸と百茸で、人を眠らせたり幻覚を魅せたりします。鼻と口を布で覆って胞子を嗅がなければ大丈夫です。どうやら全員を眠らせたようですね。これならば一緒に調べていきましょう。」


キッチンと隣の休憩室で4人を発見。皆寝ている。

これで10人発見した。この階には他には誰もいなかった。地下への階段を発見したので、地下に静かに進んだ。最初の部屋は見張りの部屋なのだろう。見張りが2人寝ている。此処にも茸。奥の牢屋の扉は開け放たれていた。誰もいない。


「ここに閉じ込められていたんでしょうね。可哀想に。」とエリザベス様。誰も言葉もない。

「2階を調べましょう。」


2階の一番手前の部屋から順々に調べた。最初の二部屋は寝室だが誰もいなかった。三つ目の部屋には護衛二人が茸で寝ていた。最奥の部屋は大きく、部屋には誰もいなかったが浴室にダスキンと女が寝ていた。此処にも茸だ。部屋に戻ると、隠し扉が開いていて大金が手付かずのまま置いてあった。


「何が欲しかったんでしょうかね。金は残ってますが。」

「多分違法奴隷の証拠ではないでしょうか。妹を助けたかったようですし。しかし何もなかったのか、それとも手に入ったのか。」

「ギルマスは彼の身体検査はしましたか?」

「いいえ、体調が悪そうでしたから、起こそうともしませんでした。」

「戻って聞いてみるしかありませんね。セバスチャン、ここに残っている財宝を保管してください。今数えたりしている時間がありません。皆さんもよろしいですか?」と言ってエリザベス様は早速移動を始めた。3人は頷いて後に従った。


玄関を出たところに止まっていた馬車の中をのぞいたダムディは、

「ここにも二人いますよ。この馬車は普通の馬車ですが、この二人は領主に仕えている者たちですね。以前見かけました。」

「ダムディ、ここで寝ている者すべて拘束して、君の部下とともに見張ってくれないか?牢屋に入れてもいい。」

「いいんですか?ギルマス。後で問題になるかもしれませんよ。後ろ盾が領主だと証明されたんですから。」

「その時はギルマスを辞めればいいさ。直ぐに呼んできてくれ。それまでここで待つ。」

エリザベス様がニヤリとするが、何も言わなかった。


暇なギルマスは犬を見て、

「この犬も肉に茸の胞子がつけられていたと知らずに食べたんだな。良く寝てる。」


ダムディを待っている間に、ギルドから連絡が来て、男が目を覚ましたらしい。ただエリザベス様以外と話すつもりはないということで、今待っているが、状態が悪いようで凄い脂汗を流しているという。光魔法を使えるものを呼ぼうかと言ったが金が無いからと断られたらしい。


「申し訳ないが、シェスカはここでダムディと衛兵たちが来るのを待っていてくれないか?エリザベス様と我々はギルドに戻ることにしよう。後は頼む。行きましょう、エリザベス様。」

「そのほうが良さそうですわね。」


ギルドに着くとジョージは脂汗を垂らしながら横になっていて、妹は隣で泣いていた。

「大丈夫だから。泣かなくてもいいんだよ。怖かったから泣いてるんだな。悪い奴は捕まえたからもう大丈夫だから。な。」

「でも、お兄ちゃんのお顔真っ黒だよ。酷い病気だよ。こんなの見たことないもの…。」

「それでも大丈夫だから。何とかなるからな。」


ギルマスが、

「ジョージ君だね。私は冒険者ギルドのマスターをしているデクスンだ。こちらが辺境伯令嬢のエリザベス様だ。」

「初めまして。辺境伯ダスカーの娘のエリザベスです。私に話があるとか。」

「横になったまま失礼いたします。ジョージと申します。この子は妹のジョリーです。ジョリーを含め12人の子供たちを保護してもらえますでしょうか?」よほど痛いのだろう目の焦点がずれたりしている。

「今光魔法を使えるものを呼びますから。」

「お金もないですし、時間もありません…保護してもらえるでしょうか?…少なくともこの町から連れ出して貰えませんか?お願いします。」

ジョージが見苦しくないように呼吸する努力をしているのが分かる。

「あなたのお手紙は拝見しましたが、何分証拠がない。この町から連れ出すことは何とかできますが、犯人を捕まえることは非常に難しいと思います。」

ジョージは懐にゆっくりと手を伸ばした。ギルマスが令嬢の前に少し体を入れようと動く。

ジョージはその動きも見えてないように、焦点の合わない目を令嬢に向けながら懐から書類の束を掴み出して手を伸ばす。そのままじっとしている。エリザベス様は身動きが取れなかった。誰もがしばらく固まったままだったが、ギルマスが気が付いて受け取ろうとする。しかし書類の束をジョージは掴んだままで離さない。凄い力だった。エリザベス様が書類を支え、ジョージの手に軽く振れると、やっと手を放して気絶した。


エリザベス様が目を通している間、妹がしくしくと泣き続けていた。


「ふー、これは大変なものを手に入れましたね。デクスンさんしか見ない方が身のためです。どうぞ。」

「それで、光魔法か聖属性魔法の使い手は手配できそうですか?」

「何分時間が時間なので、もうすぐ夜明けですから、教会にも人を送ります。」

「よろしくお願いします。」


もうすぐ冒険者ギルドの開く時間だ。その時ダムディが玄関から入ってきて、

「全員、あのまま奴隷商館に監禁してあります。まだ、起きないので事情聴取はしてませんが、領主城から騎士が来て使者を返せと言ってきていますが、私の権限でとどめています。」

「これがあれば、何とかなりそうだが、我々では抑えきれない。」

「父に頼むことが最良でしょうね。国王陛下とも相談しなくてはなりませんし。セバスチャン、直ぐに魔法連絡でこの事件のことを説明し国王との面会を取り付けるようにお願いしてください。証拠を後ほど送ると。また、子供たちは生き証人、ここにおいていては危険ですね。今はしょうがないので、私の屋敷に連れて行きましょう。さすがに辺境伯の邸宅を襲撃することは無いと思いますし。デクスンさん、直ぐに馬車を用意してください。ダムディさんも大変と思いますが、彼らも生き証人なので領主に渡すわけにはいきません。この案件は辺境伯預かりになったと伝えてください。少しは時間が稼げるでしょう。」

ギルマスとダムディと入れ違いにヒーラーの冒険者がやってきた。

「呼ばれてきたんですけど。ヒーラーのメンフィスです。」

「エリザベスと申します。こちらの方です。診て頂けませんか?」

「なんだか凄い顔色してますね。この女の子をどかしてもいいですか?」

「泣き寝入りしてしまったのね。私がどけます。」エリザベス様はジョリーを抱え上げ、離れたベンチに寝かせて、自分のコートをかけてあげた。

「何の病気か分からないので、ミドルキュアーをかけてみます。天の恵みと精霊の力を借り、我に神の祝福を、ミドルキュアー。変化ありませんね。ハイキュアーいきます。天の恵み、大地の恵み、精霊の力と偉大な神の恩恵を借り、我に祝福を与えたまえ、ハイキュアー。少し顔色が良くなったような気もしますがダメですね。私にはこれ以上のことはできません。すいません。」

「いえ、ありがとうございました。これをどうぞ。」とエリザベス様は金貨1枚を払った。

「こんなにいいんですか?」「ええ、ありがとうございました。このことはご内密に。」

「ああ、そうだ。このギルドの裏にエルフの薬師がいるんですけど、見てもらったらどうでしょうか。以前も全然光魔法が効かない患者がいたとかですけど、あのお婆さんが何か方法を思いついたって聞きましたよ。」

「いい情報をありがとうございます。」

職員が教会から神官を連れてきた。状況を説明して診てもらい、ハイキュアーでも本職がやればと思ったが、ほとんど結果は変わらなかった。お布施を払い帰ってもらい。もうエルフのお婆さんしかいないとなり、職員が連れてきてくれた。

「おやおや。エリザベス様、おはようございます。どうなさいました?」

「私のことを知っていただき、光栄です。お名前をお伺いしても?」

「ジュリエットと申します。患者はその者ですか?」

「冒険者と神官にハイキュアーをかけてもらったのですが、改善しているようには見えないのです。」

「どれどれ、診てみようかね。」

老エルフは男の顔を挟みじっと見つめて暫く立つと、息を深く吐いて、

「まずはこの男を奥の個室に移してください。直ぐには治りそうもない。」

「ジュリエット様。如何ですか?」

「奥で話しましょうかね。」

奥の小さな個室に男を寝かせ、その隣の部屋でジュリエットはエリザベス様、デクスンに伝えた。

「この男は呪われてるよ。一週間持つかどうか。何故呪われたのかはわからないがかなり強力な呪いだね。キュアーやヒールでは無理だろうね。此処の司祭ならもしかしたら手があるかもしれないが絶対ではないと思うよ。呪いは精神にかける魔法だから、かけた本人なら簡単に解除できる、もしくはかけた呪術師が死ねば解けるはずだよ。ただその呪術師さえ分からないんでは、難しいねぇ。」

「デクスンさん、彼も子供たちと一緒に我が家に連れて帰ります。すぐ治る方法が無いのであれば、我が家にいる方が安全でしょう。ジュリエットさん、ありがとうございました。これはお礼です。このことは内密にお願いします。」

「呪術師がこの男に何と言ったのか聞きだせれば、ヒントがあるかもしれないよ。」


数分後、馬車に乗って12人の子供たちとジョージとエリザベス様達は帰路についた。



エリザベス様は帰ってすぐにもう一度資料を読み直し、整理して記憶にしまった。本物は父に送って活用してもらわねばならない。この巨大な幼児誘拐奴隷ネットワークは確実に叩き潰さ無くてはならないし、こんな事が世間にもれれば誰も為政者を信用せず、下手をすれば暴動に発展して国の屋台骨に皹が入る。ましてや、このネットワークに領主レベルの貴族が加わっているのである。断じて許すわけにはいかない。エリザベス様は情報のまとめと手紙を書き、セバスチャンに渡して直ぐに父のもとに魔獣郵便で送った。これで明日には届いているはず。しかし、これだけで領主を追求しきれるのかエリザベスには確証がなかった。一方、ダスキン奴隷商の状態を理解したバイン伯爵の反撃に備えなければならない。もしかしたらバイン伯爵の下に呪術師がいて、呪いをかけられるのなら、私に呪いをける場合もある。向こうも必死になるだろう。生死の問題なのだ。寝不足で頭が痛い、少し寝よう。


奥の個室に入れられたジョージの横で、


「おい相棒、死ぬなよ。ジョージヒーロー化計画が台無しになる。」

(呪い返しを教会の司祭がしたら、俺は死ぬのかな。試す価値はあるか?俺には心臓が無い。スライムに呪い返しが効くとは思えないが…呪い返しでジョージが治るなら素晴らしい展開だな。ただ、それはないだろうな。あの教会も一枚かんでるんだから、ジョージには死んでほしいだろう。ジョージの事は知らないとは思うが、もしかしたら領主から連絡がいっているかもしれない。なおさらだな。情報操作でジョージが殺される前に辺境伯に何とかして欲しいが…情報を流すなら、井戸端会議か教会か。人は権威には弱いからな。違うと思っていてもなかなか言えないし。まあ仕方がない。どこの世界でも村八分は怖い。いつかあの教会もつぶさないとな。信者は不正があっても信じないし。そこまでして神様の代行していると言っている人間を信じたいのかね。またいつもの悪い癖だ。直ぐ脱線する。だめ押しに、教会の情報が欲しいな。教会を揺さぶれるかもしれないし。まあ、おいおいやろう。)

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