第8話 エリザベス様 登場

次の日の夜8時ごろ。


今日は朝から奴隷商の犬に擬態して見張っていた。寝た振りをしながら、何とかジョージと会話できないか考えたが思いつかなかった。いや、人間に擬態できれば話せるのではないか?盗賊の体なら吸収してある…いや、無理だろう、スライム呼吸してないしな。いやそうともいえまい。笛だって吹けばなるんだから、声帯を作って吸収した空気を押し出しながら声帯の形を変えれば何とかなりそう。この短時間で人間の擬態は止めよう。問題の種は減らすべきだ。犬の擬態は出来ているんだから、先ずは犬の吠え声のまねから。30分ほどで鳴き声なら何とかなった。実際声帯がどうやって声を出してるなんて『ためして〇ッテン』で見たような気もするが、定かではない。ひたすら練習してAIみたいな声なら何とかなるまでになった。必要ならこれでやるしかない。そして気が付いた。俺は自分に近いスライムを分裂で作ることができる。分身とは以心伝心でき、更にリサイズで小さくできる。その小さなスライムから触手を伸ばして、ジョージの頬骨を通して骨伝導ヘッドホンの要領で会話ができるのではないかと。ジョージは今は屋根裏部屋に隠れている。そこへ俺の分身スライムを送り込んだ。ジョージに触手で挨拶すると腕から肩、頭へと乗り、触手を接触させる。どうだこれで。

『おい。ジョージ。聞こえるか。』

『おお、なんだ。聞こえるぞ。変な声だが。』

『何!そんなはずはない。カッコいい声にしているつもりだったのに。』

『意味は分かるから、別に良い。』

『良くない!かっこいいバリトンを目指していたのに。やはり自分が聞こえている声と他人に聞こえている声は違うのか。』

『遊びたいなら今度にしてくれ。もう妹がこの館にいるんだぞ。』

『心配するな。会話は全部聞こえてるし、メイドが奇麗いにしていたりするだけで、結構良い扱いのようだ。メイドも生かしておこう。きっと鬼畜に渡される前ぐらい優しくしてあげようと思っているのだろう。』

『妹が無事なら良い。今日の出荷は延期になったようだな。まあ昨日のことを考えれば、払う金さえないだろうしな。』

『ざまあみろだ。』


五感向上で聞こえてきた話では、最初は奴隷の出荷が中止になるという話だった。何故なら、昨夜の大事件で城は大騒ぎだからだ。勿論箝口令が出されたが、俺たちは知っている。

ダスキンは最初は延期となったのでのんびりしていたし、俺もゆっくり構えていたが、夜になって急に奴隷を連れていくことになったようだ。まあストレス解消に使うつもりだろう。では、作戦決行だ。


俺は足下にかじりかけの肉片を置いて出発した。


夜10時過ぎ。


『ジョージ、来たぞ。城からの連絡だ。』

作戦決行だが、城からの使者が邪魔だな。俺は使者の馬車の中に眠り茸を投げ込んだ。このきのこの胞子を嗅ぐと寝てしまうという茸だ。辺境の森では、あるところにはかなりある茸で、結構旨いが危険な茸だ。うっかり胞子を嗅いでしまい寝てしまうと、そのあたりは眠り茸の縄張りなので寝続けてしまい、そのまま魔獣に襲われるか、餓死してしまう。その後は眠り茸の栄養になる。魔獣でも引っかかることがあるので、要注意だ。


馬車の中の御者と使者は居眠りを始めた。鼻の下に胞子を塗りたくっておこう。

そして、もう一つが百茸、マジックマッシュとも呼ばれる、辺境で人気の?幻想を見せる茸だ。この茸も眠り茸と似ていて、胞子を嗅ぐと幻覚が見えるという茸。食べたほうが強力だが、胞子だけでも十分で、その幻覚は人によってさまざまだが、自分のドッペルゲンガーを見る場合が多いと鑑定に出た。この胞子もばらまいておく。スイートドリームだ。


『ジョージ、こちらは正面玄関からそろそろ侵入するぞ。そちらはどうだ?』

『こっちは、3階は誰もいなかったので、今は2階だ。ダスキンの手下の部屋に茸をぶちまけて成功。ダスキンは風呂で女性と楽しんでたところを茸まみれにしてやった。もう2階には誰もいないようだから、1階で会おう。』

『了解。』

正面玄関を触手で開け、明るい玄関にそっと入り込む。感知から1階の右側には6人ほどいる。左側はキッチン等があるので、そちらの4人はコックやメイドだろう。

『ジョージ、俺は衛兵6人をやりに行くから、キッチンの方を頼む。4人いるはずだ。』

『わかった。』

スライムは足音がしなくていいね。スキルのお陰で壁でも天井でも移動できるようになったし。するすると天井を進んで、酒を飲んでいる衛兵の頭の上から両方の胞子を蒔く。寝たところにさらに多くの茸をばらまいておく。入口辺りからも投げておく。剣を全部回収して、一本はジョージに持たせないとな。宝物庫からの武器を使い続けさせるのはまずい。


ジョージと1階中央で合流。

『ジョージ、そろそろ呪いをかけるぞ。そんなに痛くはないはずだから。大声出すなよ。まだ地下に見張りが二人いる。お前の剣とこの剣を取り替えるぞ。疑われる元になるからな。』

『やってくれ。』

俺は呪いを発動した。何故俺が呪いをかけられるかというと、呪術師を吸収したからだろう。

『うぐぐぐ。』

『これで一週間後にお前は死ぬことになっているが、痛みはそれ程無いはずだ。ある程度痛い振りをしておけよ。ばれるぞ。まあ、鑑定でも呪いとでるがな。』

『あほか。本当に痛いわ。そして一週間後に死ぬわ。』

『静かに。ほら、妹を迎えに行ってやれ。俺は隠形で近くにいるからな。』

ぶっつけ本番だったが呪術がうまくいって良かった。ジョージには言わないでおこう。


ジョージは昨日の下見で見知った地下牢に向かって進む。手前にある部屋をそうっと開け、茸を放り込む。なんだこれとか言ってるようだが暫くすると静かになった。部屋に入り、更に鼻の下に胞子を擦り込んでおく。これで安心だ。

『ジョージ、俺は上で証拠品を探してまとめておくから、子供たちを一階に連れてきたら一度ダスキンの部屋に来い。そこに準備しておく。』


俺は2階のダスキンの部屋で隠し扉を発見し、簡単に開けることができた。元泥棒をなめるなよというほど、難しくもなんともない。そこで見つけたお宝は回収できない。奴隷商とバイン伯爵の契約書などの証拠は入手した。更に他の貴族との違法奴隷の売買リクエスト。そう言えばバイン伯爵は他貴族との怪しい手紙のやり取りがあったな。こいつらは幼児違法奴隷一大ネットワークを築いている。YesロリータNo タッチの精神が無いよ。処罰してもらいましょう。


俺は証拠をひとまとめにして机の上に置いた。4人の貴族の名前と街の名前を暗記してある。


地下では子供たちが解放されたようだ。全部で12人の子供たちを連れて、これから冒険者ギルドまで行かねばならない。衛兵に見つかるなよ。


俺は隠形で列の後についていく。今のところは計画通り。ジョージについていた俺の分身はすでに俺と集合しているため、会話はできない。あとはジョージの演技力に賭けるのみ。


ほとんど真夜中のギルドは宿直と酔っ払いがいるだけだ。

ギギギギギ。

黒い顔をしたジョージは飛び込んで息も切れ切れに、

「この手紙を辺境伯のお嬢様に渡してください。」と受付の男に頼んで倒れる。

職員は何が起こったのか分からないが兎に角ジョージを酔っ払いではないと確認し、後ろにいる12人の子供たちに、

「どうしたんだ?何が起こっているんだ?」

皆泣いていて要領を得ない。皆8歳前後の女の子ばかりで、ここに残すわけにもいかず、会議室に連れて行った。


ギルドにある食堂はまだ開いているので、そこで水と食べ物を子供たちの分を用意させて先ずは落ち着かせようとした。食べ始めてから少し落ち着いたのか、大きめの女の子が質問に答え始めた。

「私たちは誘拐されて、地下牢に捕まってた。長い子では2月も捕まってた。今日売られる予定だったけど、あそこで倒れている人が助け出してくれた。あの人の妹も捕まっていた。あの人に以前会ったことは無いけど、さっき名前を聞いた。ジョージ。街の衛兵は敵だから見つかったら逃げなくてはいけないと言われた。特に騎士は絶対信じるなと。冒険者ギルドに行って、辺境伯のお嬢さんを頼るしか道がないと言っていた。」

こんな感じだ。

「それは酷い。」

職員は驚愕して、子供たちを残してギルマスに会いに行くべきか悩んだ。彼はどうしても衛兵でも仲のいいダムディがこの事件に関係あるとは思えずに、先ずダムディに相談したかった。そこで食堂にいた酔っていない感じの冒険者に頼んで、衛兵隊長のダムディを呼んできてもらった。ダムディは最近誘拐された子供たちがいることを知っており、衛兵たちは調べていた。衛兵の中でも怪しい者たちがいることにも気が付いていた。ただ、証拠がなく手が出せないと。


職員はダムディに、

「俺がギルマスに逢いに行っている間、ギルドで子供たちを守ってくれないか?」と頼んだ。

「言いたくはないが、冒険者の中にも加担している奴がいるかもしれない。」と声を抑えて続けた。

二つ返事で請け負ってくれたダムディに任せて、ギルマスの家を訪れて説明してからは早かった。ギルマスは直ぐギルドに来て、子供たちを保護し、ダムディとギルド職員に緊急事態だからと辺境伯令嬢の家に彼も手紙を添えて送り出した。辺境伯令嬢の執事は最初は拒否していたが、ギルマスの手紙もあることで兎に角手紙を受け取り令嬢に渡してくれた。

コンコン。

「お嬢様。夜分遅くにすいません。緊急の手紙が冒険者夜ギルドのギルマスから来ております。」

「こんな時間に?いいわ。持ってきて頂戴。」

夜中に起こされた令嬢だったが手紙を読むや否やすぐに準備をし、冒険者ギルドに職員、ダムディと執事を連れてやってきた。執事も馬車の中で手紙を読んだ。


ギルドでは、子供たちは一人を除いて皆寝ていた。起きていた女の子は手紙を用意した男に縋り付いていた。男の顔は非常に黒く見えた。男は凄い汗をかいていた。令嬢は男の観察を終えるとギルマスと話し始めた。


「辺境伯ダスカーの娘、エリザベスです。」優雅なカーテシーで挨拶をすると、ギルマスも

「夜分にご足労願いまして、誠に申し訳ありません。エリザベス様。私はギルマスのデクスンと申します。」

二人は向かいのソファーに座った。職員とダムディは後ろに立っている。

「手紙は拝見しました。非常に危険な内容が書いてありましたが、大事なことは先ず現場を抑えることでしょう。まだ手紙だけで一切証拠を見ていないのですけど、少なくとも奴隷商の館では何かが起きているはず。確認しておくべきでしょう。

この男性が妹を助けるために行ったということですが、果たして一人でできることでしょうか?兎に角現場検証ですね。」

「そうですね。ただし、子供達の話によると、騎士も衛兵も信用ならないと言われていたようです。手紙にもありましたが。事件の関係者が手紙の通りならば、納得いきます。」

「また、冒険者の中にも加担している者がいる可能性も示唆していましたが。」

「この男、ジョージ、も信用できるのはエリザベス様のみと思っていても、子供達を引き連れて、ましてや夜中では直接エリザベス様に会いに行くのは無理と判断して、やむなく冒険者ギルドを選んだのでしょう。商業ギルドよりはましな可能性が高いですし。」

「そうですね。私を信用していただき名誉なことと思います。私がいる時で本当に良かった。でなければ彼はどうするつもりだったのか…急いで現場に行きましょう。」

「エリザベス様とダムディは俺と来てくれ。執事さんとネストは子供達の護衛を頼む。もしジョージが起きたら、連絡してくれ。」

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