第5話 ジョージ

その人間は黒かった。いや,性格ではなく色が。色黒という感じではなく本当に墨の黒なのだ。そして顔の皮膚は爛れ気味で大層痛いのだろう、うずくまって苦しんでいた。隠形している俺には全く気付いて無い。鑑定をかけてみると、


名前:ジョージ

種族:人

年齢:26

レベル:20

HP:5/40

MP:12/30

状態異常:呪い


おい、ジョージ、お前呪われてるぞ。呪われると真黒くなるのか?

この時点で、俺には呪いを解く知識も魔法もないし、助ける義理もないし、まだ人間とかかわりたくない。呪いの参考として見学する。呪いは解除できなくても、さすがに痛そうで可哀想になる。自分がされて嬉しいことをしてやるか。事なかれ主義と怠惰でホームレスまでいったことを反省するためにも。会話ができないが身振りで何とかなるだろう。


俺はジョージの前に進み出た。ゆっくりと。もう動けそうにないし大丈夫だろうと思って。スライムを見たジョージは、

「俺を食いに来たのか?」俺はただ見ている。

「死に際をスライムに看取られるとは、想像もしてなかったぜ。」

「死ぬ前に酒飲みてー」

酒はないが俺が集めた薬草で作った最上級の薬を飲ましてやろう。味は甘くしてある。甘い草と蜂蜜も殺されそうになりながら手に入れたのだ。

俺は爛れたジョージの手に少し薬をかけてやった。その部分の爛れが収まっていく。効いてるね。びっくりするジョージ。

「おい、それはなんだ?痛みが引いたぞ。」

俺は自分の触手を伸ばして自分の口にもっていく動作をみせる。

「俺にそれを飲めというのか?どうせ死ぬんだ。酒がわりに飲ませてもらうぜ。喉もカラカラなんだ。」

俺は触手をジョージの口に伸ばして、少しづつ薬を入れてやる。

「うめー。甘くて旨い。冷えてるし。」スライムの体温は常温だしな。

見える範囲の爛れが無くなったジョージは、座りなおして頭を下げた。

「ありがとうよ。痛みがだいぶ治まった。それでももうじき死ぬだろうが、痛みが治まっただけでも救われたぜ。あの領主野郎、復讐してやりてー。」

「スライムにこんなこと言っても仕方がないが、俺は領主の騎士の下っ端をしてたのさ。まあ、領主の息子ハンターの失敗のケツを拭くのが仕事みたいになっていたけどな。俺の前任者が行方不明になったんで、俺にお鉢が回ってきた。前任者が行方不明になったって知ったのもつい最近だけどな。俺が甘すぎた。

最後の仕事が幼女の死体処理だったよ。6人も。ハンターが違法奴隷の幼女を買ってきて好き放題した後始末だ。俺が行ったときは部屋は血まみれで6人とも息はしてなかった。腕や足のない娘とかもいて、飛び散った部分も探したよ。死体をマジックバッグ(領主から貸し出された)に詰めてたら、最後の娘が入らないんで、なんだと思ったら、息を吹き返した。きっと最初に首を絞められて殺された娘だったんだろうな。頸にがっちり跡があったし。彼女の体が急に痙攣しだして俺はビビッて叫んだよ。幸いなことに地下室で誰も来なかったんで、娘を休ませておいた。このままここにこの娘を置きっぱなしにできないし、先ず隣の部屋に隠した。戻ってくるから声を出すなと念を押して。

俺は先ずは死体の処理をしにいったん外へ、裏の戸から城外へ出て、林の中で土魔法で穴を掘って埋めてやった。祈りをすまして、戻ってきて門番に挨拶して地下室に戻った。その時大きな外套を来たまま帰ってきた。隣の部屋に外套を置いて、汚れた部屋を掃除していると、ハンターの腰巾着が俺の仕事を見に来た。俺が水で掃除をしているのを見ると、馬鹿にした態度で戻っていった。何か言ってたが気にもしない。俺の心臓はうるさい位鳴っていて、声なんて聞こえなかった。隣の部屋を見られたらお終いだ。

掃除の後、隣の部屋で外套を着なおして、8歳ぐらいの娘を俺の体に縛り付けて、絶対声を出したらだめだからなと伝えると、ゆっくりともう一度外へ。門番に埋めたところに獣除けを蒔くことを忘れたと伝え、もう一度林に向かった。林の中でコースを変え進んだところに小さな洞窟がある。俺が以前見つけたさぼり場所だ。此処には少しだけ水と食料を置いておいたのが幸いした。娘を下ろして、置いてある毛布で包んで水を飲ましてやった。娘は泣き出した。俺だって泣くわ。可哀想に。怖かったろうに。俺には年の離れた妹がいる。明日また来るからそれまで隠れているように伝えて、獣除けを洞窟の前に蒔いて帰ってきた。

午前中は騎士の鍛錬と見回り。午後はハンターの尻ぬぐいだが、さすがに昨日の今日ではおとなしくしていたようで、俺は自由時間が手に入った。俺は、街で8歳ぐらいの男の子の服装と靴と食糧を手に入れて洞窟へ行くと、娘は待っていた。ホッとする間もなく、娘に男装させて、知り合いの行商人に会いに行った。そして、この娘を次の行商に連れて行ってこの町から逃がしてほしいと頼んだ。行商人には、俺が払える全額を渡し頼みこんだ。行商は幼なじみで明日出発するからいいタイミングだったと笑って言ってくれ、この金はこの娘の為に使うと言ってくれた。良い奴だ。」


俺はじっと聞いている。


ジョージの喉が渇いたらしいので、水を口に入れてやる。

この分だとジョージはまだ2,3日は生きそうなので、ジョージに俺の上に乗れと合図してみる。

「お前は小さくて乗れないぞ。」

俺はすでにグレートスライムに進化していたので、大きくなってやった。直径2m位ある。

「うお、こんなでかいスライム初めて見た。」と言って俺の背に乗ろうとしたので、触手で持ち上げて乗せ、移動開始。最近塒にしている川の近くに土魔法で作った豆腐型の家だ。扉もついてる。今の俺の触手はちゃんと手の形にできて、人間のように動かせる。実際指を片手に10本とかもできるが、やはり指は5本が使いやすい。

「おっ、お前の家か?」

触手で戸を開けて、座卓の前にジョージを置くと、俺は標準スライムサイズに戻る。中に入って、いくつかの果物を座卓の上に置き、ジョージの方に押しやる。

「これは見たことあるぞ。オランゲの実だ。ありがたくいただくぜ。」

オランゲの実は日本でいうと蜜柑だな。ジョージはうまそうに食べてまた話し始めた。もうどのぐらい生きられるかわからんのだろうと思う。


「次の日俺は安心していた。二人とも無事であってほしいと願っていた。1週間ほどが経った頃、俺は地下室に呼び出された。また掃除かと思って部屋に入ると、あの娘が首を刎ねられて床に転がっていた。俺は言葉が出なかった。全く何が起こったのか分からなかった。ハンターは俺の顔を見てげらげら笑いながら、娘の頭を俺に向かって蹴飛ばして、べらべら自分がどれ程神に愛されているのかを話してきた。その後の話は聞こえていたが、聴いていなかった。やっと頭に登り切っていた血が少し下がって状況を理解した時には、俺は椅子に縛り付けられた後だった。俺は地下室で娘の死体と向き合っていた。涙が止まらなかった。

何故、こんな子供がひどい目に遭わなければいけないのか?何故ハンターみたいな奴が神に優遇されているのか?俺の幼馴染が裏切ったのか?業なのか?業なんぞ、今のつらさを自分に納得させるための便利な手段でしかないと昔から思っていた。俺の前世にそんな悪いことをしたのか?ならば、魂を消してくれていい。別にやり直したいなぞと思わない。」


聞きながら俺は思った。輪廻は強制執行だし生まれ変わり先はダーツ次第だと。


「そうしているうちに、さっきハンターが言っていたことを思い出してきた。

あいつはこの領地のダスキン奴隷商と懇意にしていて、奴隷商は違法奴隷を集めるために盗賊と組んで、この領内で商人や旅人を襲っている。捕まってもハンターが裏で手を回して逃してくれるのでやりたい放題らしい。そして、俺の幼馴染も娘も運悪く盗賊に襲われ、幼馴染はその場で殺され、娘はダスキン奴隷商に売られ、そしてハンターに売りつけられた訳だ。娘を発見したハンターは狂喜した。自分の犯行の証人が偶然にも自分の手元に帰ってきたのだから、自分がどれ程神に愛されているのかと狂気した…神なぞ糞くらえだ。


次の日の夜。ハンターは呪術師をつれてやってきた。そして俺を使って呪いの練習をするのだと笑っていた。奴にぴったりの魔法だぜ。先ずは呪術師が手本を見せ、ハンターが真似をする。ただ呪術はすぐ目に見えて結果が出ないらしく、ハンターはすぐ飽きて、呪術師に得意な術で俺を殺して見せてほしいと頼み、呪術師は長い詠唱を続け、俺に呪いをかけた。かかった瞬間は頭を殴られたような気がした。ハンターが嬉しそうに俺の色が黒っぽくなってきたと嗤っている。

呪術師は、この術は3日から1週間位で身体が真っ黒になり、爛れてのたうち回る痛みの中で死んでいく。だがその間に周りにも影響が出るので、こいつは早く放逐した方が良いと説明した。俺はすぐに俺の後任に馬車に詰められてこの魔境に娘の死体とともに捨てられた。娘の体はすぐ埋めた。これぐらいしか、俺にはできなかったしな。街に戻って呪いを振りまいてやろうかと思ったが、関係ない人達を巻き込む気にもなれず、のたうち回っていたらお前が来て、俺の話を聞いてくれている訳だ。」


はっきり言って、可哀想すぎるだろう。刺されて殺された俺の人生のほうがましだ。


俺は土魔法で、コップを作り、水を入れてやった。


「旨いな、水だのに。俺が呪われてから5日目だ。奇跡的に生きているな、お前のお陰で。」


呪い返しが出来れば何とかできるかもしれないが、俺には術が無いしな。別の方法は呪術師を殺すことか?こちらの方が可能性は高そうだが、やる価値あるかな?十分ムカついているけどな。


「後心配なことは俺の妹だ。ハンターは俺に妹がいることを調べるのではないか?俺の同僚は皆俺が妹を溺愛していると知っているから、そんなに難しい事ではないんだ。ああどうすれば。」

頭を掻き毟ってジョージは、抜けた髪を床にばらまいた。

おい!俺の家だぞ。


思いついた。筆談できるぞ、俺たち。


外から砂を持ってきて座卓の上に広げて、俺は触手で

「呪術師を殺せば、ジョージの呪いは解けるんじゃないか?」

「おい、何でスライムが字を書けるんだよ!」

「小さい事を気にするな。ついでにハンターも殺せば妹は安全だろ。」

「小さくないと思うが、大事の前の小事としよう。お前の薬のお陰で何とか今はもっているが、いつ死ぬか分からん。時間との勝負だな。」

「呪術師からだろう、やはり。居場所がわかるなら。」

「いや、妹がすでに狙われているかもしれないんだ。妹を安全な所に移したい。」

「妹のいる町はどれ程離れてる?」

「馬車で10日だから、騎馬なら3日ぐらいか。」

「もうすでに5日経ってるし、微妙な線だな。最悪を想定すれば、妹さんはすでに盗賊につかまっていてもうすぐ奴隷商に売り払われるというところか。ここはジョージには奴隷商で待ち伏せしてもらい、俺が呪術師を殺すしかないんじゃないか?」

「妹を優先してくれ。それでいい。妹の安全だけが大事なんだ。」

「了解。では、早速街に向かおう。」

「街に入る門は閉まってるぜ。俺は堂々と入れないし、お前もそれは同じだろ。」

「心配いらない。街に入る手などいくらでもある。ガハハハッ。ただ街の方角とか分からないから指示出してくれよ。それと、これから飛ぶから便所すましとけよ。」

「スライムは飛べるのか?」

「俺が特別なだけ。たぶん。」

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